「トキワ荘の青春」 | こだわりのつっこみ

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 1996年に公開された市川準監督、本木雅弘主演の日本映画です。
実在した「トキワ荘」と、そのトキワ荘に住む後に有名になる
駆け出しの漫画家たちの青春を描いたフィクション映画です。

ストーリーや感想については、ネタバレが含まれますので、下記をご覧ください。



ストーリー★★★★
配役★★★★(おそらく、今では考えられない豪華な布陣です)
音楽★★★★☆
オープニング★★★☆



スタッフ
・監督 市川準
・原案 梶井純『トキワ荘の時代―寺田ヒロオのまんが道』
・脚本 市川準、鈴木秀幸、森川幸治
・撮影 小林達比古、田沢美夫
・美術 間野重雄
・音楽 清水一登、れいち

キャスト
・寺田ヒロオ                本木雅弘
・安孫子素雄(のちの藤子不二雄A)  鈴木卓爾
・藤本弘(のちの藤子・F・不二夫)    阿部サダヲ
・石森章太郎                さとうこうじ
・赤塚不二夫                大森嘉之
・森安直哉                  古田新太
・鈴木伸一                 生瀬勝久
・つのだじろう               翁華栄
・水野英子                 松梨智子
・手塚治虫                 北村想
・つげ義春                 土屋良太
・棚下照生                 柳ユーレイ




~2010.4.18~

アップストーリーダウン

「トキワ荘」というアパートには、「マンガの神様」と言われる手塚治虫が住んでいたことから、やがて彼を慕った漫画家たちがこのアパートに住み着くようになります。
例えば藤子不二雄石森章太郎赤塚不二夫
彼は一時期同じアパートで暮らし、ともにその才能を研磨しあったのです。

そして、寺田ヒロオ、この映画の主人公、彼もまた漫画家であり、このトキワ荘の古株として、
また兄貴分として、若き才能たちを時にやさしく、時に厳しく見守っていました。

真面目で、きちんとした生活を送る寺田の描く作品は、性格を反映しているような、純真な子供心を育む、柔道や相撲、野球などを題材に描くスポーツ漫画。
登場人物もいい人ばかりで、ストーリーも優しい。

しかし、時代は映画のような刺激的なストーリーを求めるようになっており、そんな「古い」タイプの寺田の作風は次第に
、時代から遅れだしてきたのです。

同じトキワ荘に住む漫画家たちの卵も、すでに頭角を現し始めた藤子不二雄や石森章太郎たちと、なかなか芽の出ない赤塚不二夫や森安直哉鈴木伸一たちの売れない漫画家に二分されつつありました。

さて、物語中盤では、泣かず飛ばずだった赤塚不二夫がようやく認められるようになったものの、鈴木伸一はアニメーターとして生きていくことを決意、森安直哉も漫画の道から足を洗い故郷へと帰っていくことでトキワ荘を去っていきます。

売れてはいたのだが次第に時代に取り残されていく最年長の寺田ヒロオ。
時代に合わせた漫画を「描けない」のではなく、「描かない」という自身の美意識を捨てることをせず、彼もまた漫画界から身を引いていくのでした。



音譜感想と見所音譜

さて、この作品は、あくまでもフィクションとして作られたものなので、若干現実とは異なる部分があるとは思うのですが、
そうであっても、あの時代の雰囲気、今は取り壊されてしまったマンガの聖地「トキワ荘」と、そこに暮らす若き漫画家たちの青春を見事に描いたなぁと感激いたしましたビックリマーク


①ストーリーについて
まず、ストーリーですが、寺田ヒロオを主人公にしているので、やはり重くなりがちで、サクセスストーリー的なものを味わえるものではありません。
さらに、成功してきている石森や藤子よりも、売れない側の赤塚や森安にスポットが当たっているために、その感もひとしおです。

むしろ、作品に流れる雰囲気は非常にもの静かで、盛り上がるという場面はほとんどありません

しかし、それだけに寺田の心理描写、活躍していく漫画家とそうでない漫画家の悲哀を良く伝えているのです。

なんだか「新漫画党」の結成の場面や飲み会の場面では、おどろくほどあっさりした関係で、ぜんぜんべたべたしていないのですが、
こうした関係にありながらも、お互いはライバルとして、一つ屋根の下に暮らす者として、漫画同士で繋がっているという部分の表現はすごく細やかだと思います。
例えば寺田の赤塚にかける言葉や、石森の赤塚への優しさ。
さらに寺田の森安の作品への寸評や、寺田が石森の姉に語る、石森章太郎という天才について。

しかし、当の寺田も、時代に取り残されてきているとはいえ、彼の実直な漫画を否定するシーンばかりではありません。
例えば…
 ①石森の姉が、「私は寺田さんの作品、好きです」と語る。
 ②(漫画家志望?の)学生が寺田の部屋で、寺田に感想を語る。
 ③ラスト・シーン、土手で野球を観ていた寺田のもとに流れ飛んできたボールが。それを取りにきた野球少年のユニフォームは「背番号0」(これは寺田の代表作の一つなのです)。そして、少年が発した言葉は2つの意味に取れる「ありがとうございました」

特に、③に関しては、寺田がトキワ荘を出る直前、藤子らとともに相撲を取る(これもおそらく寺田の代表作「スポーツマン金太郎」のオマージュに思えます)シーンともあいまって、胸がつまりますしょぼん

寺田はかわいそうな人ではなく、プライドをもって漫画を描き、その漫画が多くの人に愛されていたのだ、ということがひしひしと伝わるのです。


②キャラクターについて
キャラクターも、ほんと、きっちりうまくはまっているなと思います。

古田新太さんや阿部サダヲさん、生瀬勝久さんなんかは公開当時(1996年)はそんなにテレビに出ている印象はなく、まさに役者としての彼らの立場と、トキワ荘の駆け出していく才能の立場が重なっている気がして、演技も非常に面白いです。

特に、森安直哉役の古田新太さんの憎めない感じと、赤塚不二夫役の大森嘉之さんの才能を開花させきれない感じの演技はすばらしいですよ目


漫画家として売れないために、牛乳屋でバイト(?)をしている森安。
その牛乳屋での主人と森安の会話。

主人「やめとけ、売れない漫画家なんか。やめろやめろ。」
森安「これがなかなかやめれんのですわ。」
(85分付近)

この森安直哉に、監督の伝えたかったことがあるんじゃないかなぁ、という気がしてなりません。
この言葉、実際に色んな夢を見てきた人が現実にぶつかる際に、親・友人・恋人なんかに言われる経験があると思います。

ああ、そうそう、
もちろん主役、寺田ヒロオ役の本木雅弘さんの演技もすばらしいです。
頼れるが、実は無理をしている部分もあり、現実と理想に悩む青年漫画家をよく演じていると思います。


③音楽について
次に音楽ですが、オリジナルの音源もありまして、それもまた綺麗なのですが、それよりも漫画家たちの部屋から聴こえる当時の歌謡曲などがそのままBGMとして多用されています。
それがまた高度成長のあの雰囲気を伝えるようでいいんだまた。

それに、演出としての音楽の使い方もすばらしい

例を挙げると(とはいえ、ここは私自身の思い込みかもしれませんが汗)

(1)
藤子不二雄や石森章太郎が聴く音楽=ジャズやクラシック音楽=当時の最先端。

一方、

寺田が聴く音楽=歌謡曲=ちょっと遅れている。

というのがそのまま彼らの作風を表しているよう。

(2)
石森と赤塚の食事中に(といっても石森は漫画を描いているが・・・)、流れている音楽はバッハ。

赤塚が出て行った後、石森と石森姉だけになった部屋にに流れる音楽はモーツァルト。

バッハは今でこそ有名な音楽家、「音楽の父」と称されていますが、メンデルスゾーンと言う作曲家が発掘するまで埋もれていた存在。
つまりここでバッハ=赤塚を想起させます。

モーツァルトは神童・天才、多作として有名で、
同じく神童と呼ばれた石森と重なるのです。


そういえば、この映画を観ながらなんだかふと、あの映画史に残る大傑作『アマデウス』を思い出してしまうのでした。

もちろん、モーツァルトは石森や藤子、サリエリは寺田ですが。

寺田もサリエリも、同様に

「才能があり、それなりに尊敬もされているが、その才能は天才的とは言えず、身近に現れた天才が作る潮流に、次第に離されていく」

という切ない運命を背負っています。

しかし、寺田は自らのプライドを捨てずに、自ら消え入るように去っていきます。

さ らに、同じような「天才と秀才」という構図は同じではありながら、『アマデウス』はキラキラと華やかな宮廷が描かれているのに対し、この『トキワ荘の青 春』では古きよき日本のけっして華やかでない漫画家が集うアパートを描いているという異なった点も非常に面白いなぁと思いました。

漫画に(特に黎明・発展期の漫画に)まったく興味ない。という人にはお勧めできませんが、そうでない方は1度は観た方がいいと思える作品でした!!