「ついにみなしごになってしまったよ。」
雄一が言った。
「私なんて、二度目よ。自慢じゃないけど。」
私が笑ってそう言うと、ふいに雄一の瞳から涙がぽろぽろこぼれた。
「君の冗談が聞きたかったんだ。」腕で目をこすりながら雄一が言った。「本当に、聞きたくて仕方なかった。」
私は両手を伸ばし、雄一の頭をしっかり抱いて「お電話ありがとう。」と言った。
(p73より)
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さて、世界的なベストセラーのキッチンの続編です。
キッチンと同じく、読みやすい内容です
![ニコニコ](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif)
ここでも一応あらすじを話しますと…
田辺雄一の父(ニューハーフなので母?)であり、みかげも母親と思ってきたえり子さんがストーカーまがいの男に襲われ突然亡くなってしまいます。
みかげは一気に2度も愛していた人を亡くし、雄一にとっては唯一の肉親をなくしてしまうと言う状況に置かれます。
しかし、そのことを雄一は、すでに家を出て一人で生活していたみかげにしばらく知らせることなく(知らせることが出来ず)、放心状態。
みかげに知らせてもなかなかえり子さんの死を受け入れて前に進むことが出来ない雄一。
みかげはそんな雄一を放っては置けないけれど、自分もえり子さんの死にショックを受け、日常の生活を抜け出したいと言うことで、偶然仕事先の上司から持ち出された伊豆での取材を受け、向かいます。
そんなときに雄一はふらっと家を出て失踪したということを聞き、みかげは雄一と連絡を取るも、何かふと嫌な予感を感じます。
もしかしたらこのまま家に帰らないんじゃないか、最悪の場合・・・ということも考えたみかげは伊豆の宿泊先を抜け出し、雄一の下へとタクシーを走らせるのです。
では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。
- キッチン (角川文庫)/吉本 ばなな
- ¥420
~1回目 2010.3.10~
さて、タクシーを走らせ、雄一に会いに行くみかげ。
その手には、雄一に食べさせようと思った伊豆で見つけた美味しいカツ丼が。
雄一にカツ丼を手渡し、やるだけのことはやったというみかげ。
実際、このみかげの行動が、雄一を、そしてみかげを前に進ませることになるのです。
伊豆での取材を続けるみかげに一本の電話。もちろん相手は雄一。
雄一は東京に戻り、みかげの帰りを待つという内容でした。
それがすべての答えなのです。
さて、感想ですが、まずうなった部分。
カツ丼を渡しに行ったみかげの回想シーン。
いつか雄一が言った。
「どうして君とものを食うと、こんなにおいしいのかな。」
私は笑って、
「食欲と性欲が同時に満たされるからじゃない?」
と言った。
「違う、違う、違う。」
大笑いしながら雄一が言った。
「きっと、家族だからだよ。」
えり子さんがいなくても、二人の間にはあの明るいムードが戻ってきた。雄一はカツ丼を食べ、私はお茶を飲み、闇はもう死を含んでいない。それで、もうよかった。
(p138)
ほんなささいなことですが、ここから2人が前を向き始めた(特に雄一にとって)、といえる場面で、なかなか印象的です。
『キッチン』、そしてこの小説のもうひとつの作品『ムーンライト・シャドウ』にも共通して言える、愛している人の死。
愛している人物の対象は違えど、共通しているテーマを持つこの作品群にあって、この『満月』は、とても苦しい。
雄一の弱り方は、直接的には描かれていないけれど、その分、言葉にはならない辛さがひしひしと伝わってくる感じがしました
![しょぼん](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/144.gif)
しかし、やっぱり「続編」ということは拭いきれず、つまり「余計なものを付け足した」感は若干あります。
別に『キッチン』だけで十分作品として通用するので、あえてえり子さんの死を提示するこの『満月』はその意味で『キッチン』に並ぶものでも、ましてや越えるものではないという印象を受けました。
逆に言えば、別に登場人物は別にみかげ、雄一、えり子でなくてもよいのではないかな。
総合評価:★★
読みやすさ:★★★★★
キャラ:★★
読み返したい度:★☆