『春琴抄』/谷崎潤一郎 | こだわりのつっこみ

こだわりのつっこみ

素人が音楽、小説、映画などを自己中心的に語ります。

---------------------------------

 程経て春琴が起き出でた頃手さぐりしながら奥の間に行きお師匠様私はめしいになりました。もう一生涯お顔を見ることはござりませぬと彼女の前に額ずいて云った。佐助、それはほんとうか、と春琴は一語を発し長い間黙然と沈思していた佐助は此の世に生れてから後にも先にも此の沈黙の数分間程楽しい時を生きたことがなかった
(p64-65より)


---------------------------------

まさかの純文学ビックリマーク
買ったはいいものの、なぜか読む気にならなかった谷崎潤一郎の春琴抄を気合を入れて読んでみました。
気合を入れたといっても、馴染めなかったのは最初だけで、慣れたら一気読みすることができました。

あらすじは有名な作品なので、知っている方もいるので結末まで触れてしまいますが…

春琴という容姿、琴の技術に優れた良家の女性がいましたが、彼女は幼い頃に失明してしまい、その彼女の世話を丁稚の佐助という男がすることになります。

失明のせいか、もともとのお嬢様気質のせいか、良家ゆえの甘やかしからか、春琴はとてもわがままで贅沢。
しかし、佐助はそんな春琴に愛情を感じていて、文句の一つ言わず彼女に尽くします。
春琴は琴の腕は一流で弟子をとって教えるほどの技量の持ち主。
佐助も、あるきっかけから丁稚であったにもかかわらず、春琴に琴を教えてもらうようになりました。

しかし、そんなある日、性格が災いしたのか、彼女は恨みを持つ人から顔に熱湯をかけられてしまいます。
失明している春琴にとってはさらなる災難。
春琴は佐助にすらその火傷した顔を見せたくないと言い出します。

そこで佐助が採った行動は…

自分で目をついて、失明する


そこで、春琴はやけどの傷を見られなくてもすむようになり、心置きなく以前のように佐助に世話をしてもらえ、そして佐助の方も一生涯、麗しき春琴を心に留めながら以後も一緒に生活していけたのでした。






では、以下は個人的な感想です。











春琴抄 (新潮文庫)/谷崎 潤一郎
¥300
Amazon.co.jp











~1回目 2009.11.30~

この本の特徴としては、何をおいてもその実験的な文体がまず真っ先に挙げられるでしょう。

極力句読点がないということ、そして改行がされていないこと

私が今まで読みにくかったのは、まさにこの点であり、しかし、読み進むにつれて興味が引かれたのもこの点なのです。

「筆でさらさらと書いたように見せる」というのがその一つの理由なのですが、この小説は、架空の「春琴伝」という冊子について、作者が引用したり、自分の感想などを入れながら、話を進めていく、というある種のノンフィクションを装ったドキュメンタリー風物語なので、まさに毛筆調の書き方と合っている気がするのです。

さて、内容ですが、「抄」と名が付くだけあって、非常に短い。
しかし、決して物足りないという意味ではなく、巧くまとまっていると思いました。
登場人物も、春琴と佐助に重点を置いているので、他の人物には細かく触れられてはいませんが、逆にそこがいいと思います。

私は、この作品に対し、佐助と春琴の純愛物語という風にはとれませんでした。
あくまでも、佐助の偏愛物語という方が適切なのではないかなぁと思います。
ここでいう偏愛というのは、
春琴の気持ちは佐助を思おうが思わないでいようが関係ない」という意味です。

佐助は、自身のその自虐的ともいえる春琴への献身的な行動に快楽を得ています。
しかし、それをさらに満足させるものとして、春琴がありがたがるそぶりを見せず当たり前のように振舞うところにあったのではないか、と思うのです。


そこへいくと、例えば、冒頭でも触れた、佐助が自らの目をつぶす場面。
これは春琴を喜ばせるという意味もあると思いますが、それ以上に目をつぶすというその行為自体がまず彼のマゾヒスティックな欲望を満たすものだったのではないでしょうか。
さらには、自慢の一つだった顔がただれてしまったということで春琴はプライドが砕かれて、それまでの高圧的ともいえる態度がなくなってきた様子を佐助は感じたことから、これまでの上下関係を崩さないようにした一方策ともいえるでしょう。

それは、火傷を負った跡の春琴が佐助との結婚に対して軟化したことに対し、佐助の方が懸念を示したということがその一つの根拠になると思います。

「佐助はそう云う春琴を見るのが悲しかった、哀れな女気の毒な女としての春琴を考えることが出来なかったと云う畢竟めしいの佐助は現実に目を閉じ永劫不変の観念境へ飛躍したのである彼の視野には過去の記憶の世界だけがあるもし春琴が災禍のため性格を変えてしまったとしたらそう云う人間はもう春琴ではない彼は何処までも過去の驕慢な春琴を考えるそうでなければ今も彼が見ているところの美貌の春琴が破壊される」(p70)

ここが、佐助の本心であり、目をつぶし、関係を壊さなかったことで彼自身は彼自身の欲を満たし、春琴もプライドを崩さず春琴として居られ続けたのです。
春琴はよく「ツンデレ」と言われますが、おそらく「デレ」を示した時点で、佐助は嫌がったのではないのかなぁと思います。
ゆえに佐助は「ツン」の部分に惹かれ、その「ツン」の部分のみを欲しがり、「ツン」の部分に快楽を見出した、と感じます。

子を授かりながらも、他人には結婚同然の生活を送りながらも、結婚ということで2人の関係性が壊れてしまうことから、敢えてしなかった2人。
まさにこれは2人の、2人だけにしか分からない関係性であり、愛情なのでしょう。

そう思うと、佐助もさぞかし幸せだったのだろうなと思います。





総合評価:★★
読みやすさ:★☆
キャラ:★★★
読み返したい度:★★★