『男子の本懐』/城山三郎 | こだわりのつっこみ

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 浜口は断乎として、この男を蔵相に据える肚である。どんな反対があろうと、この男は譲らぬ。義理とか行きがかりとか、その他もろもろの思惑によるのではない。この男の専門的能力を買うからである。この男なくしては、金解禁を実行し得ないと信ずるからである。
 仕事を進めるために、この男が必要であった。国家権力の頂点で、仕事のために男と男が結ばれる。浜口は、そのロマンに賭けて、強行突破をはかった。
(p17より)


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男の友情や、「男らしさとは何ぞや」の答えを求めて、今回、男子の本懐を読みました。
ストーリーは、現実にあった出来事や関係性を丹念に取材し、そこに人物に対して作家が脚色をするという、ノンフィクション小説というべきものです。
この種のジャンルは、史実の一部分を抜き取っていることが多いのですが、この男子の本懐も、1930年前後の浜口雄幸(おさち)首相と井上準之助蔵相の時代を題材としています。

あらすじはというと、

日本が泥沼の戦争へと突き進む寸前の1930年代前半、首相となった浜口雄幸と、彼を支えた蔵相である井上準之助の2人にスポットを当てて、それぞれの幼少時期から政治家として活動するも、やがて銃弾に倒れていくまでを追っていくものです。
2人をつなげるものとして、「金解禁」という政策があります。
細かな説明は省きますが、この「金解禁」を行うことは、当時世界的な常識となっていました。
それを行うことで、日本は世界の経済にこれ以上の遅れをとらせないということで国際的な信頼を獲得し、そして不況続きだった経済状況を改善するという意図がありました。

しかし、この政策を行ってもすぐに景気がよくなるわけでもなく、かなりの期間、国民の生活にはかなり無理が生じてしまいます。

浜口&井上コンビは「金解禁」を断行しますが、結果的には、現在ではこの「金解禁」政策を採ったことは失敗と言われており、この失敗が日本を戦争に走らせる遠因にもなったとも言われています。
そのあたり複雑な、あの昭和の戦前の政治史も小説を通じて分かりやすくなっています。



では、以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。











男子の本懐 (新潮文庫)/城山 三郎
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~1回目 2009.12.1~

この本は確かに歴史や経済に興味がないと全然面白くないかもしれません。
また、多少の経済的な知識を必要とするので、その点でも読みにくいかもしれません。
私自身も経済的な知識はさほどないと言っていいので、正直斜め読みした部分もありますガーン

しかし、そうでなくとも、日本にはこんな気骨のある政治家がいたのかということ、そして、2人の友情を越えた熱いものが日本を動かしていくということを念頭において読み進めると、かなり面白いと思います

浜口と井上は、

「静の浜口、動の井上。一言足りぬ浜口、一言多い井上」(p69)


と評されるように、性格がまるで好対照です。
が、芯の通っている部分はよく似ています。

まず、序章では、浜口が内閣をつくりあげるところから物語ははじまり、蔵相には井上準之助を口説き落として就任させます。

いったい何がはじまるのか、読者をあおり、1章へと入りますが、1章で語られるのは、浜口雄幸の生い立ち。
序章でクライマックスを持ってくるとはビックリマーク

章立ては序章と13章に及びますが、そのうち浜口個人の生い立ちと、井上個人の生い立ちが1章から7章と、半分を費やしています。
しかし、それらの章の中でも、浜口と井上の接点がちらほらと触れられており、小説のまとまりは損なうことがありませんし、むしろ浜口と井上の相違点を浮き彫りにするのです。

そして8章からは、序章の続きともいえる、浜口内閣の動静です。
幾多の困難を提示しながらも着実に「金解禁」へと向かっていく姿は、はらはらでもあります。

その後、10章では浜口は銃弾に倒れ、重体となってしまいます。
11章では、主人公の一人である浜口が死亡、その後は井上が政治を引っ張っていくことになるのですが、彼も銃に倒れます。
歴史的な出来事なので、結末は小説を読まずとも分かってしまいます。ただ、その分、それをいかにドラマチックにするか、いかにクライマックスをつくるか、という部分においては作者の力量次第だと思うのですが、脱帽してしまいました。

浜口が死去したことを井上が知った件、

「玄関に入ると同時に、大声を上げて泣き出した閣僚が居た。井上準之助である。見えっぱりでスタイリストと見られた井上のその姿は、ひとびとの目には、あまりにも異様であった。たとえ肉親を失っても、井上なら見せない姿に思えた。」(p432)

そして、井上も銃弾に倒れ、小説としては締めの部分、

「青山墓地東三条。木立の中に、死後も呼び合うように、盟友二人の墓は、仲良く並んで立っている。位階勲等などを麗々しく記した周辺の墓碑たちとちがい、二人の墓碑には、「浜口雄幸之墓」「井上準之助之墓」と、ただ俗名だけが書かれている。よく似た墓である。」(p464)

この2つの文章、自分の中で印象深いです。

2人の睦まじいというか、親友っぽい描写はほとんどないのですが、それがなくとも、
この2つの部分だけで、この2人の仲を語れるような気がします。

その政策の評価云々はともかくとして、この小説を通して、いかに気骨のある、志あふれる政治家達が戦前には多かったかビックリマークということが分かります。

歴史に「もしも…」はタブー、とはよく言われることですが、

 もし、金解禁がもうしばらく続けられていたら・・・
 もし、世界恐慌が浜口や井上の予測通り、すさまじいものではなかったら…
 もし、関東軍が暴走せずに中国の安定がはかれていたら…

などと妄想せずにはいられません。

ただ、もう一つの「もしも…」も頭によぎります。

 もし、浜口や井上が世界情勢のみならず、国内の悲惨な状況に対して何かしらの方策をとっていてくれたら…

もしかすると、浜口や井上はテロにあわなかったかも知れず、その
気概でもって日本を救ってくれたかもしれません。

そんな妄想を書き立てさせてくれる、男くさい小説なのです。







総合評価:★★★☆
読みやすさ:★★
キャラ:★★★★
読み返したい度:★★★