誰の娘であろうと、どんな血を引こうと、濡れようが濡れまいが、イカが好きでも嫌いでも、人は等しく孤独で、人生は泥沼だ。愛しても愛しても愛されなかったり、受けいれても受けいれても受けいれられなかったり。それが生きるということで、命ある限り、誰もそこから逃れることはできない――。
(p201より)
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大好きな作家さんの一人が森絵都さんなのですが、今回は大人たちの世界を初めて描いた小説とされる、いつかパラソルの下でを読みました。
あらすじは、
主人公の野々の父親が死んでもうすぐ一周忌。異常なほどに堅物だった父親でしたが、死後に不倫をしていたという疑惑が持ち上がり、母親はそのことで気を病むものの、野々も含め兄妹はいまいち釈然としません。
そこで、不倫の真偽を確かめるべく、証拠集めをすることに。
野々も最初は戸惑いなどがあるものの、兄と妹の飽くなき探究心に巻き込まれ、最終的に父の生い立ちを知っていくことになります。
結果として、父の死や不倫疑惑をきっかけにして、野々を含め家族一人ひとりがなんらか変わっていく、
というものです。
ストーリーとしてはどこにでもありそうな感じなのですが(いや、むしろそのなんでもない日常を面白く巧みに描くのが森絵都さんの真骨頂だと思うのですが)、その展開や主人公たちの心情の表現がうまく、文章としてすごく素敵なので、一気に入り込んで読み終えてしまいました。
では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。
- いつかパラソルの下で (角川文庫)/森 絵都
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冒頭でも触れましたが、森さんは本来、子供の目線で子供のちょっとした成長や、ふと触れる大人の世界を書いてきており、それが無理なく自然と作品になる稀有な作家さんの一人だと思うのですが、今回の小説も、同じように楽しめることができました。
大人を主人公としている、といっても、この小説の目線はあくまでも「父や母―子供」という目線で書かれており、今までの「大人―子供」目線とさほど変わる点はありません。
もちろんいい意味でです。
逆に、今まで設定として子供では描写しづらい、結婚であったり、性の問題であったりという部分を付け加えることができたので、より小説としての幅が広がっているのではないか
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さて、内容ですが、まず個々人のキャラクターがしっかりと立っていて、すぐに小説に入り込めるという点がすばらしいと思います。
例えば、厳格な父のもとで育った主人公たちなのですが、父親を好いても好かなくても、父親の教育の影響を受けています。
以下の通りです。
兄=父親への反発からか、いい年なのにチャラチャラしている。
妹=上記2姉兄を見て育ったためか、父親に従順し、そのまま頑固で地味に成長した。
野々=性に対しての過剰なほどの抑圧のせいか、不感症(濡れない)。
さて、物語が進み、父親の不倫疑惑は父親の生い立ちまで遡ることになります。
簡単に順を追うと、
不倫疑惑 → 不倫確定 → 「暗い血」 → 伊豆 → 佐渡(父の故郷)
となります。
「暗い血」に関して言えば、父親の父、その男は佐渡の遊び人として伝説的な男として語られます。
そして、父親が生前子供たちをこれでもかというほど異常に抑圧していたのは、そういった「暗い血」が子供たちにも引かれているということからだったということが分かります。
しかし、その淫蕩でふしだらな男の「暗い血」を受け継いでいる、と思い込んでいた野々の父親は「暗い血」が騒ぐといって、自ら会社の部下と関係を結んでしまうのです。
そこで、その伝説的な男の情報を求め、さらに父親が嫌い、生前上京してから再び戻ることのなかった、生まれ故郷の佐渡に行くことになります。
いよいよ話が大きくなってきました。どこまで話が広がっていくんだろう、どこで終着するのだろう、とドキドキなのですが、日常のふとした変化やありふれた事を面白く書く森さんの真骨頂、ここで発揮されます。
結論を言ってしまえば、「暗い血」というのは尾ひれがついていったもので、実際のところ父親の祖父は、女好きで母性本能をくすぐるタイプではあったものの、島の男たちが叶わぬ夢をその男に託していただけだった、というオチ。
なんという落とし方
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でも、そのありがちなリアリティが、「え~!?」ではなく「確かにそういうことってあり得るかも!!」という風に納得させられてしまいます。
「暗い血」だのなんだの大きく広がっていても、結局父親もただの男で、「暗い血」のせいにはしつつも、実際、単に女の人と関係を持ちたくなったのだろうということで落ち着きます。
作品によっては、このオチの部分が大きすぎて現実味が湧かないというタイプと、オチがあまりにも弱すぎて納得できないというタイプになってしまうのですが、森さんはそのどちらでもない「ああ、確かにそんなもんだよな~。」と納得できるタイプなのです。不思議です。
さらに、父親をめぐる冒険(?)を通して、主人公たちがなんらかの変化を見せていきます。
兄=チャラチャラ → 卒業して結婚、もうすぐ父親にもなろうとしている。
妹=頑固で地味 → 服装がオシャレになっていき、髪もパーマをかけるようになった。
野々=不感症(濡れない) → その理由が父親の抑圧だったことが分かり、自分を見つめなおしてきた。
という部分です。主人公の野々が不感症ではなくなったとまでは書いてありませんが、性に対しての抑圧から解放されたことでなんらかの変化をもたらすことは間違いないでしょう。
しかし、その変化も、無理ない程度に落ち着いているということで、非常に好印象です。(例えば妹が父親の抑圧から解放されて、見られる側の女優を目指す、なんて言われても、そんなに人って短時間に大きく変わってしまうのかな?とか思うだろうし。)
主人公たちの心境の変化と、父をめぐる真実が絡まりあうことによって、ほんの日常・ありきたりの日々の一片をつむぎとっているだけなのに、飽きることのないストーリーが、この小説にはあります。
総合評価:★★★★☆
読みやすさ:★★★★☆
キャラ:★★★★
読み返したい度:★★★