シドニーの老人ホームでボランティア | のほほん介護士、海を渡る。

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日本、ニュージーランド、オーストラリアで介護して10年あまり。職場、国を転々としながらも介護を続けてるHarumiの奮闘記録とつれづれなるままに日常のことも書いています。2013年7月娘が生まれました。子育てのことも書いてます。

2002年4月。

シドニーで語学学校に行き始めました。

期間は9ヶ月。


一番下の下の下の、エレメンタリークラスからです

最初はホストファミリーが何を言ってるかも、ぜんぜんわかりませんでした。


エレメンタリーレベルの癖に、先生がめっちゃくちゃ早口で、

授業中も「ぽかーん」ってしてました。


それでも慣れてくるもんなんですね、耳って。


なんとなく、教科書のここのことを言ってるのかな。。。

こんなことをやってるのかな。。。ってくらいはわかるようになってきて、

楽しくなってきた3ヶ月目。


思い切ってボランティアを始めることにしました。


仕事仕事で忙しかった2年間、もうそうなると余暇の使い方をどうしていいのかわからなくなってきます。


英語もまだまだできるわけじゃないし、そしたら、日本食レストランとかのバイトしかできないし、

そしたら結局日本語しゃべっちゃうし、

だったら、見てみたかった老人ホームへ行ってみよう、と思ったのがきっかけ。


小さな30人くらいしかいない老人ホーム(介護レベルはかなり高)だったけど、

夕方から遊びに行ったら、

散歩に行ったり、おしゃべりしたり。。。

食事介助なんかもさせてもらいました。(12年前だからできたんでしょうね。今はたぶんボランティアでは食事介助はできません)


なんだかゆったりした時が流れてたな。。。


それに、もんのすごいでっかいソファーみたいな車椅子?をはじめてみた!!


オーストラリアの人はそうゆう移動式ソファー、いっぱい使ってます。

すわりごこちも抜群!

長時間座ってても結構平気。(床ずれができないわけではないです)

イスの中で体位交換もできるし。


そして、こんな私でも待っててくれてる人がいて、

なんだかうれしくなって帰国前までちょくちょく通いました。


9ヶ月なんてあっという間に終わってしまって、

お金が底を尽きたので、

「絶対ここを母国にする!」と誓って帰国したのです