どうも( ^_^)/
オリンピック観すぎな者です。
ちゃんと自分の時間も持とうと思い、こんな短編集を読みました。
フレドリック・ブラウン/真っ白な嘘

以前はこの本を紹介し、その後SFの短編集も読んだので、ブラウンをすっかりSFの人だと思い込んでしまったのですが、こちら『真っ白な嘘』はミステリ短編集です。
むしろ最初に名声を得たのはミステリー方面だったようで、ブラウンの才気煥発が伺えます。
短編ごとに軽く語っていきます。
笑う肉屋
“コービーヴィルの恐怖”と呼ばれる肉屋リンチ事件を回想する形で進行する話。
元サーカス団員たちの街。
小人症の男。
黒魔術に傾倒している噂を持つ肉屋。
その肉屋に妻を誘惑されている心臓病を抱えた男。
といった要素が見事に絡まり、ひとつの完全犯罪を成し遂げていくキレ味抜群のミステリーでした。
当時の倫理観としてリンチがだいたい許容されていた世相もあるんでしょうが、それなりに博打でもあるのですが。
四人の盲人
四人の盲人が、象とはどんなものかを知るために、実物に手をふれるんだ。一人は鼻に触って、象はヘビに似ていると考える。ひとりは尻尾に触って、象は縄に似ていると考える。ひとりは脇腹に手を置いて、象は壁に似ていると考え、四人目は脚の一本に手をまわして、象は木に似ていると考える。その後、生涯ずっと、四人は像についての意見が合わないままだった
そんな話を前提に展開される、不可解な殺人の話。
オチはなんとも狐につままれたかのような、「象の話が枕になったからって犯人まで象にするこたぁあるめぇよ」と言いたくなります。ネタバレしてしまいましたが、その過程を読むのも楽しみということです。
世界が終わった夜
ネタに詰まった新聞記者が「今日世界が終わる」と号外を出すことを計画しているところから話は始まります。
「やめときゃいいのに」と思っていると、そこには酒びたりな一人の男、ジョニー。彼は終末を真に受け銃を手に取るが、弾みで知人を殺害してしまう―――
軽はずみな行動のツケを最終的に払わされる話なので多少はスッキリしますが、殺された方はたまったもんじゃありませんね。
メリーゴーラウンド
オチがあまりよく分からなかった話その一。
メリーゴーランドで働くひとりのさえない中年男の恋と感傷を描きたかったなら、もうちょっとストレートに行ってしまっても良かったのではないかと思いました。それがテーマではないとすると、なかなか複雑で、俺には上手く解釈しきれません。
叫べ、沈黙よ
『笑う肉屋』と同じく完全犯罪モノ。耳が聴こえなくなった者が、その特性を利用して企てたと思われる犯罪を、親類が暴こうとする大変緊張感のある短編でした。
犯人は本当に耳が不自由なのか。それは最後のセンテンスまで辿り着いても解釈の分かれるところでしょうが、上手いです。
アリスティードの鼻
オチがよく分からなかった話その二。
語り手は探偵と思われる人物に、かつての名探偵の武勇伝を聞かせるわけですが、最終的に探偵は映画監督になってしまう。「実際の事件を追いかけるより架空の事件をでっち上げて撮影した方が儲かるぞ」みたいな身も蓋も無い話なんでしょうか。探偵とミステリー作家は同じようなものという風刺的なことでしょうか。
背後から声が
思い込みと予断は恐ろしいことを思わせる寓話。こういう「思い込みの愚かしさ」をブラウンはよく書いている気がします。
闇の女
突然民泊にやってきた怪しいミス・ダークネスを巡る物語。あからさまに怪しいので「これはひっくり返す布石ですよ」と暗に示してくれる親切設計です。ひっくり返し方が丁寧なので良いのです。
キャスリーン、お前の喉をもう一度
小説家は誰でも「怖い女」を書きたがる性癖を持っていると思っていて、ブラウンもなかなかえげつない話を考えるなと思った作品です。
とはいえ女もファムファタールにはなり切れず、残酷な最期を迎えるわけですが。
街を求む
最後の締めはやや説教臭くもありますが、これくらい直球にマフィアと政治の癒着、その危険性を指摘するくらいには、ブラウンは真面目な人だったのかもしれません。
歴史上最も偉大な詩
物語には入り込まなきゃいけませんが、事実を伝えることを生業とするなら冷静にならなきゃいけないよ、と、現代の全人類総ジャーナリストな時代に刺さるショートショートだと思いました。
むきにくい小さな林檎
幼少の頃からその凶悪さに誰もが気付きつつ、しかし決定的な証拠を残さないがゆえに一人の男がすべてを失う悲劇に見舞われる。
ハードボイルドな復讐ものとして話を畳みますが、その内容は深く描かれない。描きたいのはジョン・ウィックみたいなアクションではなくある種のスリラーだったのでしょう。ちょい悪趣味ではあります。
出口はこちら
どうもブラウンは「自殺に見せかけて……」なトリックを好む作家だったようで、この短編ですでに三回も使ってます。しかしどれも自殺の「使い方」が異なっており、いろいろネタはあるもんだなと感心しました。
自分の内側から声が聞こえてきたら、まずは幻聴を疑うものですが、もうひとつ自分の周りに声帯模写が上手い奴がいないか確認することも大事なようです。
真っ白な嘘
表題作。タイトルは物語中で重要なアイテムである苛性ソーダと嘘をかけたもの。どちらも“ライ”というらしいです。なるほど。英語ネイティブじゃないとピンときませんな。
「疑心暗鬼が極まって……」みたいなネタも好きみたいです。『背後から声が』は悲劇的な結末でしたが、こちらはハッピーエンドです。
危ないやつら
列車の待合室で偶然出会った二人、お互いがお互いを刑務精神病棟から逃げ出してきた殺人鬼だと思い込んでしまうコントみたいな話。
一度怪しいと思うと、ちょっと珍しいくらいの名字から何の変哲もない背格好まで怪しく見えてくるバカバカしい緊張感のある下りは笑えるし、最終的に本物の殺人鬼が現れてガチで緊張感が出てくるあたり、見事です。そしてオチでまた笑えます。
カイン
善良な弟を身勝手な理由で殺した犯人のこれまた大変に身勝手な独白と、看守の状況説明から成る話。タイトルは無論、旧約聖書で弟のアベルを神への嫉妬で殺害したカインでしょう。
刑罰という法学上の考え方からは外れるのかもしれませんが、真の刑罰とは死刑そのものではなく、「死刑の前日」が永遠に続くことだというオチはなるほどと思わされます。
ライリーの死
およそ警察官としてまったく無能としかいえない外反母趾持ちのデブオヤジライリーは、その死に際の英雄的行為によって街に銅像が立つほどの偉人となった。
などという死後のサクセスストーリーに、強烈な冷水を浴びせてくる爆笑のオチが待っています。英雄を欲しがる人心の裏をかいてきます。
後ろを見るな
小説を書く者ならば一度はやってみたいネタなのかもしれません。
「この短編は殺人者が書いたものです。彼はあなたを本屋からずっとつけてきています。物語を読み終えたとき、あなたは死にます」
小学生の冗談じゃないかという程度のものを、最上級の文章力で表現するとこうなります。
しかし残念ながらフレドリック・ブラウン、友よ、俺は悪い読者なので、この本を図書館で借りてしまったんだ。すまない。
でも面白かったです。ありがとう友よ(図々しい)。