どうも( ^_^)/
今は遠き2019年、しばらくは車でこればかり聴いていた者です。
tacica
panta rhei
『万物は流転する』と名付けられたアルバム。
猪狩さんは「ちょっとフックのある(話題になりそうな)タイトルを付けたかった」みたいなことを言ってましたが、tacicaみたいにさまざまな解釈ができる楽曲を生み出すバンドにとって、タイトルなぞそのくらいでいいのかもしれません。
tacicaはいつだって流転してます。常に刻々と変化し、良い曲を作り続けています。
未だ青臭い光抱えている、冒険者たちが第一ラウンドを終えた。太陽が燃え上がる黄昏時。明日から、第二ラウンド。
01.トワイライト
微妙にシンコペーションするベースのリフが気持ちいいです。
一曲目は、tacica流の応援ソングと思しきジワジワと盛り上がっていくミディアムロックできました。
いきなりビシビシとパンチラインを抉ってくる歌詞が連発しますが、≪もうずっと前の明日を 本当は待っているから≫ってところが特に良いですね。
望んだ未来など、来ないのが当たり前で、そういう物語の主人公になってしまった不運を嘆きながら、戦うことをやめない人に送る、激励の歌だと思います。
未だ蕾の未知を咲かす、そのための刹那を探し続ける。
02.刹那
tacicaは本作の一つ前のアルバム『新しい森』のレコーディングでバンド全員が「せーの」で合わせる一発録りを敢行していたそうですが、この曲もそうなのかなと思います。ギター・ドラム・ベースグルーブが最初から全開です。
個人的な解釈ですが、難航する曲作りについて歌ったのではないかと思いました。
ぜんぜん納得いかなくていろいろと小手先で工夫するんだけど、本当に大事なことは直球ど真ん中にしかなかった。
つまり、とにかくデカい音でガシガシ楽器を鳴らせ。気持ちいいラインで歌え。ってことだったんじゃないでしょうか。
鼓動を使い切れ。体温を上げて紅い血を巡らせ。煌々と、光れ。
03.煌々
軽やかなハンマリングプリングを使ったギターリフの心地よさに導かれて、tacicaお得意で必殺の穏やかな歌モノソングです。
こういう曲を聴くと、猪狩さんのボーカルは反則だなって思います。ちょっと小難しい歌詞でも、溢れんばかりな声の生命力に説得されてしまうのです。
でしょう?
≪嵐に笑い さぁ手を叩け≫なんて、言葉だけを読めばやけくそになってるだけなのに、この声で歌われると、本当にどんな嵐の中でも愉快に笑っていられそうな気がします。頑張れる気がします。
逃げ出したい、帰りたい、檻のような部屋に向かって、何度も名前を呼んでくれる人がいる。
04.name
tacicaは無駄な音を鳴らしません。
サビの始めにアコギの「ジャカ」という音が鳴るんですが、そのあとはあまり聴こえない。アコギの音をきっかけに曲を始めたかったんでしょう。
いわばエンジンに点火するためのイグニッションです。シンプルなバンドサウンドならではのミキシングから放たれる意思ですね。
≪最期の最後へ絶え間なく鳴り響く鼓動 途切れて初めて差し出す今日までを≫
全体的にポップでメジャーな雰囲気の楽曲の中に、こうして死の気配をしのばせるのが憎いです。いつか終わってしまうからこそ、怖くても進むのだという、これもまたバンドの強い意志のはずです。
平凡な日々を、僕らは笑い、歌い続ける。なんて美しいでしょう。
05.ordinary day
ずっと聴いてきたバンドの新曲にここまでびっくりしたのは初めてです。この曲の思いのたけは↑にけっこう書きました。
でも足りない。ロックバンドのロックバンドらしい楽器の音しか使ってないのに壮大なオーケストラを聴いているかのような気分に浸れるこの曲が、めちゃめちゃに好きなんです。
≪宝物は 君が居る今日と同じ色の明日≫
素敵すぎて、付け足す言葉が思い浮かばない。楽曲の美しさと相まって、音楽に優しくぶちのめされる感覚を味わいました。
こんな凄まじく素晴らしいアンセムを、まだ知らない人がいるなんてもったいなさ過ぎるとすら思います。
中央線は今日も遅れて、もう戻れない僕にもう戻れない日々を思わせる。
06.中央線
≪道端の蒲公英に唾を吐いた友達をまだ愛してたいよ≫
この歌詞があまりにも好きすぎて、聴いてた車で思わず落涙しかけました。
“ordinary day”で盛り上がり過ぎた余韻をさますような楽曲という曲順なんでしょうが、これもまた、名バラードです。
その最期がたとえ、凡庸なエンドロールだろうと。本能が命じるまま、脇目も振らずアクセルを踏み込む。
07.WAKIME
全体的に音の重心が低いですが、特に底なしの洞窟で鳴らしているようなドラムに耳が惹かれます。まさか大樹さんがsyrup16gのレコーディングと間違えたわけではないでしょう。tacicaの新たな音です。
≪たかが借りた身体 空になるだけ≫
“死”にも色んな表現の仕方があることを教えてくれます。なるほど、娑婆を這い回る生臭い衆生たる我らの身体は借りものなんですね。死とは身体を返却する日だということですか。
孤高のリュンクスの生き方はできない。孤独な旅人の僕らは、生を踊る理由を求める。
08.Lynx
tacicaは楽曲リストで動物図鑑でも作るつもりなんでしょうか。タイトルはオオヤマネコのことだそうです。群れは作らず、単独で行動する動物に孤独という題材を重ねたのでしょうか。
なかなかなスピード感の中に目まぐるしく拍子も変わっていくし、音色もいろいろ使っていて飽きさせない工夫が見えます。
≪流す涙の代わりに鼻歌歌うから 日々の嘘 鱈腹心に仕込んで置こう≫
シニカルな歌詞です。
一人で生きて行くしかないのに一人では生きられないと結論付けるのもある意味では厳しさを歌っているし、心のままに流す涙の代わりに嘘を歌って詰め込むんですね。生きることの不条理さみたいなのがテーマなのかもしれません。
空々の身体に光を満たして、絶え間なく共に行こうサニー。
09.SUNNY
打って変わってキラキラしたギターサウンドです。それでも、ほんの少し歪みを効かすのがtacicaシェフのこだわりの味付けです。
≪死んだ振りでも生きてる≫なんて歌われちゃったらもう言うことなんてありません。
≪闇を見ないまま終わるのも癪だったから≫なんて小生意気な歌詞も嫌味には聴こえません。
まばゆい光に向かって、どうぞどうぞ連れていってくださいって感じです。
もう帰る場所じゃなくなっても、真っ白な国の景色、時々は思い出して。
10.ホワイトランド
美しい音で飾りながら、「来た道が帰り道じゃなくなった」こと―――夢を追うため、日々を(やり)過ごすために捨ててきたことに気付く痛みを歌っています。
ここまで率直に「歌いたいんだ」と歌ったことも珍しいと思いました。普段は幾重にも重ねた比喩や暗喩に覆われた歌詞を書くだけに、こういうたまの直球が泣けます。
書きながら今気づいたんですが、ホワイトランドって彼らの故郷北海道のことですかね。
不思議な川に沿って、僕らは揃って失くした未来に向かう。
11.Wonder river
イントロ、淡々と刻むベースと浮遊感あるギターの組み合わせがやや不安な気分にさせます。
全体的に茫漠としている音です。雨が降るわけでもない、とはいえ青空は見えない寒い曇天といった雰囲気のアレンジです。
≪初めから最後の上を歯車になって生きる魂≫
最後は最初から決まっている。そんな歌詞の後に、錆びた歯車がギシギシ動く音のような、とんでもなくローファイなアコギのストロークが飛び込んできます。確信犯でしょう。
アウトロでは珍しくピアノも使って、寂しさ、哀しみ、仄かな光を表現しています。
お別れは最後じゃないから、“その後の歌”を歌おう。君が最後まで、強がっていられるように。
12.latersong
モールス信号みたいな音と共に始まるアルペジオ。ノイジーなボーカル。生々しいベース。そうした一つ一つ立ち上がってくる音すべてにドラマがあります。
やがてノイズは晴れて、いつも通り、血沸き肉躍るバンドアンサンブルがやってくる。
ツーコーラス目に入ると、再びノイズ、そして幼児楽器みたいなベース。ノスタルジーの塊です。
アウトロでは、胸が締め付けられるくらい美しいギターリフ。音はだんだん止んでいく。最後の最後はピアノとこのアルバム一デカい声で歌う。最後の最後まで最高でした。