コロ散歩⑭ 決められること、決められぬこと、それでも引き受けねばならぬこと。 | ライブハウスの最後尾より

ライブハウスの最後尾より

邦楽ロックをライブハウスの最後尾から見つめていきます。個人的な創作物の発表も行っていきます。

どうも( ^_^)/

 

やることがなくて腹筋が割れ始めた者です。

 

ひきこもっている間に健康になる。

これぞニューノーマルではなかろうかです。

 

 

 

今日もバンプのアルバムを聴きながら。

 

昨日は中学校の方に行ったので、

今日は高校の方に行こうかなと思い立つ。

 

GWで帰省が云々がかしましいですが、

すべての親戚付き合いが

隣町の範囲で済むという、

菌糸の如く土地に根付いた

我が一族は乗れない話題。

 

 

行きつけの中華料理屋も、

一旦クニに帰りましたかね。

 

 

 

目から鱗がポロポロし過ぎて、

もはやただの目ヤニです。

 

病気と経済、

どっちかという話ではないのですよね。

 

 

目鱗ポロポロ。

 

 

電柱(なのか?)の形もいろいろ。

人生いろいろ。

 

歩く。

歩く。

 

ちょっと走る。

 

スポーツクラブが

臨時休業してから、

走る機会がなくなっていて、

足がなんだかむずむずします。

 

明日からは走りに変更か。

しかし明日は雨だという。

 

というか、

この“緊急事態”は

相変わらず来週も再来週も

続くんでしょうか。

 

持たないんじゃないでしょうか。

 

 

「緊急事態宣言」延長は国民のせいか 経済的補償なく進んだ政権の責任は

緊急事態宣言は安倍政権にとって、はなから「国民を統制する手段」でしかなかったふしがある。だから「医療崩壊を防ぐためにPCR検査の件数を増やす」などの「政権がやるべきこと」でなく「外出自粛要請」などの「国民がやるべきこと」ばかりがやたらと強調された。ろくな「見返り」も用意せず、一方的に国民に義務と負担を求め、目標が達成できなければ「国民のせい」と言わんばかり。営業を自粛しないパチンコ店の店名公表(公表の権限は知事にあるが、各知事は政権と緊密に連携をとっている)などは、その最も分かりやすい例だろう。実際、西村経済再生担当相が4月27日の記者会見で、休業に応じないパチンコ店の事例に触れて「罰則を伴う強制力のある仕組みの導入」を検討する考えを示している。

 

何度も書きますが、

自分で決める(=゚ω゚)ノ

 

生き方は選べない。

死に方も選べない。

 

ならば、我らにできるのは、

道一本歩くことさえ

自分で決めて引き受ける。

 

もう、政府という連中に対しては

「勝手に吠えてろ」

としか思いませんね。

 

高校までついた。

 

特に語るべきことはない。

 

さて、帰るか。

 

 

通学路、

何度も通って、

一度も入ったことのない

店がひっそり廃業。

 

自分で決められないことも

たくさんある。

 

その理不尽さえ、

引き受けねばならないのですなぁ。