どうも( ^_^)/
深海は怖い者です。
『スターウォーズEP1』も『マリオ64』も『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』も、全部好きなんですが、「海の中に何か得体のしれない巨大な生物が潜んでいるみたいなのがどうしても怖かったです。その割に、泳ぐのは好きだったりするので性質が悪い。
だから、というわけでもないかもですが、フランスのナント生まれの海洋冒険小説は、ずっと読まないままでした。
でも、これはタイトルが悪いと思います。
まず、『二万里』や映画やアトラクションのタイトルになっている『二万マイル』という単位が正確ではない。原題は『リユー』という聞きなれない単位なのと、作者のヴェルヌがその単位換算すら不正確な設定で通しているので仕方ないとしても、『海底』は絶対に間違いです。そんなに深く潜るわけじゃない(よく考えなくても当たり前の話)。主人公たちが旅をした航路が『二万里』なのです。
それを、幼い俺は馬鹿正直に自然光の一筋も届かないド深海を旅して巨大なタコやクジラに襲われる恐怖小説のように思っていたのです。
実際のところ、(生物学的に常識的な大きさの)巨大タコは出てきます。鯨類の中で最も深海に潜ると言われているマッコウクジラとのバトルもあります。特に、実物のマッコウクジラなど身体の割にえらいおちょぼ口でガッカリするのですが、結構な怪物っぽく描かれていて、それはそれで手に汗握るものはあります。
ですが、まぁ、深海に対する未知の恐怖というよりは、基本的に少年心をくすぐる海洋冒険ロマンが小説の主題です。そして、謎の潜水艇ノーチラス号の謎めいた船長ネモ。優れた航海士であり研究者であり、聡明で剛健でユニークながら、胸のうちに隠しきれない黒い憎悪を抱くという特異なキャラ。ネーミングからしてラテン語で『誰でもない』を意味するネモを名乗る。そんな彼の船に行きがかり上、人質として乗船してしまったアロナクスのレポートという体裁で、物語は進行します。
最新の翻訳版を読んだのですが、膨大な固有名詞や独特の表現に、一つ一つ丁寧な注釈がついていて、細やかな仕事ぶりに感心するとともに、ヴェルヌの、ある種オタク気質なところが見られて楽しいです。
「そんなに綿密に発見した魚の種類を事細かに書く必要ある?」と思った次の瞬間には、オオサンショウウオが何故か海を泳いでいたり、タコがイカになっていたり(訳が分からないが、実際にそうなのです)、結構、筆が滑ってるところもあって、「ああ、この作者は、何より楽しんで書いてるな」と思いました。
ノリノリで書いているときほど、文章の正確さがほんの少しなおざりになってしまうのは誰もがそうです。大ダコのシーンなど、「何でそこでイカが出てくるの?」と思う以前にただひたすらに面白いのです。
主人公アロナクス教授が、「巨大タコなんているはずがない」という相棒のネッド・ランドに事実に基づいた演説(何故かイカの話)をぶち始めるのですが、それをアロナクスの使用人であるコンセイユが止め、こう言い出します。
「1861年に、テネリフェ島北東の、私たちが今いる緯度のあたりで、哨戒艇アレクトン号の乗組員は巨大イカが泳いでいるのを発見した。(
イカ以下省略)」「ようやく事実が出てきたな」とネッド・ランドが言った。
「確かにこれは議論の余地のない事実だ、ネッドくん。そこで、この怪物は“ブゲールのイカ”と名付けられたんだ」
「長さはどのくらいあったんだい?」カナダ人(注釈・ネッド・ランドのこと)が訊いた。
「六メートルくらいじゃありませんか?」と、ふたたび窓際に陣取って、崖のくぼみを観察していたコンセイユが言った。
「そのとおりだ」と私は答えた。
「頭に」とコンセイユが続けた。「八本の触手が付いていて、それが蛇の巣みたいに水中でのたうっているんじゃないですか?」
「そのとおり(注釈・イカの足の話なら基本的に触手は十本の筈。作者がイカとタコをうっかり取り違えてしまっているらしい)」
「目は頭すれすれに付いていて、かなり発達しているんじゃないでしょうか?」
「そうだよ、コンセイユ」
「そして、口はまさにオウムのくちばしそっくりで、恐ろしいくちばしなんですよね?」
「たしかにそうさ、コンセイユ」
「それなら、旦那様のお気に召すかどうかは分かりませんが」とコンセイユは平然として続けた。「そして、ブゲールのイカではないかもしれませんが、少なくとも、その兄弟が一匹この窓の外にいるようですよ」
私はコンセイユの顔を見、ネッド・ランドは窓に走り寄った。
長年使い古されてきた「珍しい生物や想像上の化け物の話をしていたら目の前にいた」体のちょっとしたコメディシーンですが、何しろ150年も前の小説です。これが初出かもしれません。
問題は、この面白い大ダコのシークエンスにいくまで大体800ページくらい読まないと辿り着かないところです。いや、それ以外にも面白いシーンはたくさんあるのですが、特に“縦軸”の強い物語ではないので、ダレる人もいるかもしれません。それでも我慢して読む価値のある小説ではあると思います。
中でも、当時ようやくちょんまげを切って明治維新だ文明開化だとやっていた日本の描写が詳しいのも面白いです。少なくとも、フランスとは長年貿易を絶っていたはずですが、よくぞ調べたものです。
ノーチラス号のオーバーテクノロジーぶりにも(当時の)科学的考証がかなり深くなされており、全体的に科学分野での調べ物と博物学的な取材が行き届いているのが、古典的名作となった理由なのだろうなと感じました。
古典は、いまいち面白くないものも多い中で、十分に楽しめました。まだ読んでいないという方は1800年代の海の旅を小説で味わってみてはいかがでしょう。