楕円球空間 -61ページ目

ドイツは春?

ドレスデンに移動した。

予想外に暖かい。天気もいい。研究所の秘書さんに「あなたが春を連れてきた」と言われた。さすがヨーロッパ人(笑い)。

どうやら来週の帰国までずっと暖かいらしい。花粉もないし緑は芽吹いて綺麗だし空気は綺麗だし、いいことばっかりだ。ただ風邪だか喘息だかの後遺症で体重が減っていて体力が不足気味。すぐに疲れるし、眠くなる。

明日は郊外の研究所を訪問してコロキウムをする。相当に郊外で、どんなところ?という感じだ。そこに1500人働いているそうだ(もうなんだかわからない)。

10日間

の出張でドイツに来た。

まずはヴュルツブルク。フランクフルトからICEで1時間半くらいと至近。途中、雪がのこる野山とかあったが、着いてみるとさほど寒くない。昨晩はまずはJulius Spitalの直営レストランで美味なフランケンワインを堪能。今日はまずショップでワインを買ってからワークショップに参加の予定。

ワークショップでは自分は今日発表。tutorialなので万遍なくだらだらと話す予定。大学は郊外なのでバス移動かな。晴れると気持ちいいんだろう。

1ヶ月、さんざん苦しめられた咳は吸入のお陰でほぼ完治。声がかすれるので講演の差し障りになるといけない、ということでステロイド系の吸入薬はやめた(勝手にやめちゃまずいのかもしれないが、あれだけ声がおかしいと講演にならん)。

また医者の世話になる

シカゴから帰国してすぐに風邪をひいたのは既報の通り。

その後咳がなかなか抜けず、ようやく夜の発作もおちついたと思ったらまたぞろ水曜から咳が止まらなくなった。さすがに風邪だけではないと思い、渋々呼吸器科を受診。結果は、驚愕の「軽度の喘息」。喘息って先天的なものだけだと思っていた・・・。無学だった。そういえば疲れたときに風邪をひくと最後のほうで咳が何週間も抜けない、ということが何度かあった(環境が変わる、とかストレスが多い、とか)。どうもそういうことらしい。診断したおじいちゃん先生も55歳と発症したそうで、「あなたはまだお若いから(おじいちゃんからみたらそう見える)まだ大丈夫だが、10年したらストレスの山が来ますよ、ハッハッハッ。私は恥ずかしながらそれで発症した」とのこと。

いやぁ刻一刻体にガタがきているようだ。ストレスの原因はだいたい予想がつくので(複数ある)、まぁ時間が解決してくれるのかも。3年間、健康を犠牲にして研究成果を求めてきたが、ちょっと犠牲にしすぎたかも?

メディアに掲載される

某業界紙やら、マイ◯ビニュースやらに研究成果が載り出した。

13日にプレス発表したときは日経・読売・時事だけだったんだけど、なぜかそれ以外のに先に載る。今日は読売の人がもう一回来て特集記事の原稿の打ち合わせをした。3月中には載せたいらしい。記者の人は相当に勉強熱心だった。珍しく記者の人としては気があったので仲良くなれるかも。

そういえば子供の時の夢は指揮者か新聞記者だったのを思い出した。その後は医者⇒弁護士⇒物理学者、と変遷したんだっけ。バカな子供だったんですね(苦笑)。

無罪放免

シカゴから帰ってから健康問題で翻弄されつづけた。

帰国して人間ドックの結果を開くとあちこち赤字が!一番やばそうなのが2つで、要精密検査となっている。対象は消化器内科なので、大学の先輩(消化器内科医)に電話し、両方を同時にチェックできるところを紹介してもらったところ、結果的に母校の付属病院行きが決定。

そんな中、酷い風邪をひき、全く声が出なくなる。しかも咳がひどく、夜もロクに眠れず・・・。体力消耗するなぁ、咳って。2007年にRegensburgに行ってすぐに同じ類の風邪をひき、一気に5kg痩せたが今回もじりじりと体重が減少。まさかガンなのでは!とは思わないが。

で、風邪の中、大学病院に行き「えらい待つから。1日仕事やと思って」と言われたのになぜか5分と待たずに問診を受け、検査日程を決定。先輩(&ドクター)、ありがとうございます。昨日精密検査を受け、無事無罪放免。結構痛いことを覚悟していたが、紹介してもらったドクターは評判通りいい腕をしていてほとんど痛むことはなし。ただ気の弱い私は途中で気分が悪くなった・・・・。看護婦さんは慌てていた(すみません)。自分の中を「ブーン」と振動しながら物体が動くのは気持ち悪いなぁ・・・・。自分でも画像を見られるんだけど、そういう趣味はないので2秒くらい見て飽きて終了。

5分くらいで終了し血液検査の結果を聞いて、2つとも問題なし、ということに。まぁもうしばらくは元気で頑張ってこの分野を引っ張れ、という神のご意思ということに勝手に決め付けて気分よく帰宅。体重計に乗ったら63.8kgだった。やっぱりね・・・。

遂にaccepted

投稿してから1年半かかって遂に。

思えば迷走の始まりは一昨年秋のEnglandでの学会中に謎のreferee 4が現われたところからだった。案の定あの困ったアイツで、editorが引っ張られN系をボツに。捲土重来でPRLに挑戦にこれも1年弱かかったが今日無事acceptに。嬉しいんだけど、あまりに長すぎる春、ってやつでいまいち嬉しさも普通・・・(苦笑)。

本当なら風呂場でビールかけやってもいいくらいだが、あいにく酷い風邪をひいていて声も出ず、おまけに年末の人間ドックでいろいろひっかかり金曜には精密検査なので自重しないと。

3月にはいよいよ一大決戦も控えることになったので、このPRLはデカイ!プレス発表に燃える。

厳寒

のシカゴにて。

気温は最低がマイナス11度とかで驚く。明日から暖かくなるみたいだが。発表のほうは学生が非常に頑張っていい発表になった。論文もN系に発進目前。いよいよ勝負だ。

昨日の夜は息抜きにシカゴ交響楽団を聴きにいった。ムーティの予定だったがインフルエンザ(という言い訳)でキャンセル。エド・デ・ワールトが代打。演目は変わらずで、All Beethoven。レオノーレ3番・ピアノ協奏曲1番(独奏はルプー)・エロイカ。前半の2つはアンサンブルが細かい点で詰め切れず、いい音なんだけど演奏としては今ひとつ。ルプーのピアノも枯れすぎていていいんだか悪いだか微妙な演奏。ちょっとがっかりしていたが、後半のエロイカは出色の出来。シカゴといえば金管を筆頭にパワーで押し切る演奏、という先入観があったが弦楽器がいい音を出していて、演奏もまるで室内楽のような密度の高い演奏。終楽章の最後で1楽章のテーマが帰ってくるところも不覚にも感動した。

明日もジュピター・ブラ4。これも楽しみだ。同じく明日は助教の人の発表。これはまぁ心配いらないだろう、ということでもう終わったようなものだ。

嵐は過ぎ去った(はず)

懸案の某審査は終了!

なんとか締め切り前に終わらせて、これでシカゴに行ける。しかしシカゴか・・・・。酷寒。マイナス7度とからしい。シカゴ交響楽団演奏会が楽しみとは言え、人生は厳しい。

懸案だった4回生はようやく焦りだし、休日実験やっている。遅いけど、まだやらないよりまし。散々文句を言い続けてようやく効き目が出たか。こっちも論文を山ほど抱えて忙しいんだから下らないレベルで文句言わせないでほしい。

論文のほうは最新作が近日発進予定。N系かな、という感じ。まぁあまり自信はないけど、まぁ挑戦だ。PRLも最終段階でこれでダメならもうお先真っ暗だ。人生は厳しい。

Neujahrskonzert 2013

いい意味で「普通の演奏」だった。

ウィーンフィルはウェルザー=メストとの相性はやはりいいらしく、細かい縦などはあまり気にせず流れを重視する演奏でのびのびやっていた。正月気分を満喫。椅子にかしこまって聴くのではなく、お酒でも呑みながら、ないしは踊りながら指揮しながら聴くのがよい、というスタイル。

このままずっとウェルザー=メストでいいかな、という感じ。

2012年終了

いろいろあった12年だが無事?終了。

とは言えかつてなく歳末感なし。理由は人には言えない期間限定の仕事がやんごとないところから降ってきているから。来年もあるなんて信じられなーい。まだ1/3しか終わってない(正確にはまだ入力だのなんだの作業があるので1/3以下)。暗い・・・・。

ということで13年もがんばります。どうぞ宜しく。