9月は
学会の季節。今年も世界を飛び回る〜。結局毎週出張があった。
スペイン(サン・セバスティアン)、大阪、東京、盛岡。他に旅行で広島も。スペインでは具合悪くなって危うく救急車のお世話になるところだった・・・。ときどきなるんだけど、脳貧血。気をつけないと・・・。
出張の楽しみはゴハンだ。スペインではバルを堪能し、東京ではシャンパンバーや隠れ家イタリアンを発見。盛岡では「番屋ながさわ」という店で美味しい魚を堪能し、苦手だったホヤも食べられるようになった。旅行では広島の「かき傅」という店が秀逸で、いままで知らなかったのが惜しまれる・・・・。松山の「大入亭」も安くて量が多くて魚が美味しくてこれも◎。
10月はすこしゆっくり勉強&研究して、また11月からの出撃に備えるか。
甲子園2
生観戦してきたので、広陵と大阪桐蔭と仙台育英は気になるね。
で、今日。広陵の中村捕手は、もう「持ってる」以外に表現不能。いい場面でことごとく回ってきて、しかも一発で仕留める。最後の決勝HRはどこまで飛ぶの か、という圧巻の一発だ。もうプロ入り確定。応援したくなるなぁ。面構えもいいし。
で、そのあと。野球は下駄を履くまでわからない、とはもう何千回も言い古されたフレーズ。九分九厘勝っていたのに、というのも、これまた何千回も言い古されたセリフ。しかし、今日の大阪桐蔭ー仙台育英は、九分九厘どころか九分九厘九毛九糸、大阪桐蔭は勝っていた。でも審判はよく観ていた・・・。自分もテレビ観戦していて、ファーストの足運びが変で、あれ?と思ったらやはりセーフ。ショートはなんでセカンドに投げなかったんだろう・・・。フォースアウトだし、距離は近いし・・・。ファーストランナーのスタートがよかったのか・・・?
ともかくこれで二死満塁。1-0で大阪桐蔭リード、だが、いくら歴戦のセミプロ集団、金属バットでなら大学生にも、ヤクルトにも勝てそうなチームでも、ここでもう一度切り替えて、というのは無理だったんだな・・・・。
本当に野球って怖い。勝った仙台育英が校歌斉唱で泣いていたのが、来た。佐々木監督も何言ってるのかわからない感じ。自分も痺れたよ。
甲子園
去年は準々決勝に行った。家から始発では出遅れる、と思い、神戸に泊まって5時半くらいの電車で行ったら既に甲子園駅までの大行列で中央特別自由席は取れず。3塁側アルプスで2試合観て帰った。
ということで、17日、広陵ー秀岳館、大阪桐蔭ー智弁和歌山、仙台育英ー日本文理。そりゃ普通じゃ無理。ということでノボテル甲子園に泊まって4時起きして4時半に参戦。でも既に列は前回と同じくらいところまで。でも列の1/4くらいは徹夜組でマットで寝ているので、ちゃんと列になればかなり前になるかな、と思って期待していると、幸運にも前回の半分くらいの位置だった。無事にチケットをゲットしていざ観戦!
広陵は中村捕手が図抜けていて、ボール回しの2塁送球の速さは出色。おまけに、ここで一発!、というところで本当に打てる。秀岳館の野望を粉砕。これでプロ入りは確定だな、と。大阪桐蔭と智弁和歌山は、試合前のノックから既に超高校級。おまけにブラスバンドもどちらも超高校級。うちのオケの金管は全員交換したい(笑い)。で、試合も実に濃密で、下手なプロ野球よりも内容充実。これぞ高校野球!で堪能した。これで疲れ切って、仙台育英ー日本文理は途中で帰ったけど、どちらも守備が素晴らしくて、本当にいいねぇ。
「部分と全体」
Werner Heisenberg著。
不確定性のハイゼンベルグが老年にプラトンの対話集のような本を書きたくて書いたらしい。哲学に明るく、ピアノの名手で、22歳で博士号を取って31歳でノーベル賞だっけ。もう、世界の知性が1人に集中したような人。
なのに筆致に偉そうなところはなく、アインシュタインの講演を聞いて悄然として宿に帰った、とか、この難しい問題を考えるには疲労しすぎていたので1ヶ月しっかり休暇を取った、とかボーアとスキー休暇を過ごして楽しかった、とか、隣の家のMPI所長と室内楽を楽しんだ、とか人間的にも魅力ある。
訳が物理学者なので、いまひとつ訳が熟れていないのが玉に瑕だが、一読すべき本。
「愚行の世界史」
バーバラ・タックマン著。
「8月の砲声」も読んだので、もう1つの名著と言われるこれも。要するに人間はどういう失敗を飽きもせず繰り返してきたか、という分析をトロイ戦争・宗教改革・アメリカ独立戦争・ベトナム戦争を題材に分析した本。独裁者の愚行は対象にはなっていない(特殊な事例なので普遍化する意味がな いから、とも言えるし、独裁と愚行はnearly equalだから、とも言える)。
トロイ戦争では思い込み、宗教改革では貪欲、アメリカ独立戦争とベトナム戦争では高慢と偏見が愚行の源、ということみたい。でも世界中でこれらによる愚行は頻発し続けているので、歴史からは人間は学んでいない(学べない、自分だけは大丈夫と思うからか、過去の歴史をわざと忘れちゃうのか)、という結論。記憶では、「過去から教訓を学ぼうとする姿勢そのものが愚者の証拠だ」とかいう箴言もあったようななかったような・・・?
実際自分の周りを見ても、上の類型にしっかりハマっている人は多数いる。ああはなりたくないね。
本文中で気に入った箴言1つ。
「側近が有能でない場合、支配者に対して良くない評価を下してよい 」(マキャベリ 「君主論」より)
イエスマンとかお気に入りという理由で准教授や学科の取り巻きにバカを揃えた前職の関係者を思い出した。
日本語は難しいのか
別にたいした記事じゃない。
最近引っかかる言葉で、メディアではなぜか突っ込まれていないので本紙で突っ込んじゃうんだが「腹心の 友」って間違いでしょ。
「腹心の」と来れば「部下」、でしょ。「友」なら「竹馬の」。でもあのケースでは幼少時からの友人じゃないので「竹馬の」はない。「友」のニュアンスなら「肝胆相照らす仲」か「刎頸の交わり」。でもあの低能低学力宰相の語彙にはないから言えるはずがない。まぁ友というよりは、自分の周りにゴマンといるゴロツキのような取り巻きの1人なんだろうから「部下」間隔で「腹心の」と出たってところか。
とにかくあの御仁、語彙が足らなすぎる。本読まない(漢字が読めないからかも)から。だもんで最近覚えた言葉を嬉しがって何度でも使う。「李下に冠を正さず」。みんな知ってるよ、偏差値60以上は。なんかの物知りのつもりか。小学校や中学校にいたよなぁ、そういう奴。日本語って難しい人には難しいのね。
小学校といえば、正に「腹心の部下」の某大臣。自称優等生の腹黒ぶりっ子が、ズルがバレてクラスで糾弾されて「先生〜助けて〜」「お前ら、覚えてろよ〜」という思いでクラスの端っこで「じと〜〜」っと黒いオーラを発している、そのまんま。太平洋の向こうでも学級会もどきの騒動だが、こちらh真性(学力面も含めて)学級会レベルだな。
バイロイト
始まったね。
初日がマイスタージンガー、2日目がトリスタン、と重量級の滑り出し。2日とも最初のほう(1幕+αくらい)をBR-Klasikで聴く。
マイスタージンガーはジョルダンの指揮。序曲で金管が1拍早くでた(間違えたのでなくバイロイト特有のピットによる時差)ように、アンサンブルがもうひとつまとまらず、ワルター役のVogtもおつかれなのか、いつもの伸びがあまりなく。ジョルダンは実は好きな指揮者なんだが、マイスタージンガーには合っていないのかなぁ。もう少し美しくて繊細な曲が合っているんじゃないか。これまでに聴いたアラベラとマーラー4番はどちらも名演だったので、あまりワーグナー向きじゃないのかも。
その点トリスタンを振ったティーレマンは、もうあざといくらいの大見得切りまくりの指揮。媚薬を飲んだあとなんてオケ待ちきれずどこかのパートが飛び出すくらいの(止まっちゃったんじゃないのくらいの)タメ。ここが自分がティーレマンを嫌う理由なんだが、音色とかは極太厚切りのタクアンみたいなぶっとい音で、まぁワーグナーだな、と。グールドとラングもどちらも調子良さそうで、昨日のフォークトはマイクのせいじゃないな、と理解。
昔は、いつか行くぞ!と思っていたが、椅子が硬い、空調がない、などで、そこで5時間も耐えられなさそうで、もういいか、という気になっている。ワーグナー協会の会員なんだけど、どうするかな。
ハーゲン・カルテット
1997年のザルツブルグ、2008年の大阪、に続く3回目のハーゲン・カルテット。今回はショスタコの3番と14番、ベートーヴェンの16番。前回はベートーヴェンのセリオーソと14番、あとはドビュッシーだったんだね。
選曲からして「極北」感あふれているんだが、最初のショスタコ3番から震え上がるような出来栄え。真空から漏れだしたような究極の弱音でスタートし、ショスタコ的な諧謔味と圧制感のバランスも絶妙。最初から凄いものを聴いた!次のベートーヴェンは20年以上前にやったことがあるが、必死で(ギシギシと)弾いた記憶しかない。あぁそれなのに、なんて力の抜けた、でも音は充実した演奏なんでしょう・・・。このへんから、どんどん演奏も会場の雰囲気も温まってくる。
休憩後んショスタコ14番は、これはもう凄絶な名演。それなのに、終曲部分は「まぁいろいろありましたが、みなさんこれでさようなら」というショスタコのメッセージのような、言葉は悪いが微笑ましい終わり方。これはソ連のファルスタッフなのか!
アンコールはハイドン「日の出」。アンコールなしで真っ暗なまま終わってもいいと思ったが、現世にうまく引き戻してくれる意図なのか、僕たちこんなのもちゃんと楽しく弾けますよ!、という明るいメッセージなのか、ともかく微笑ましく終了。
10年くらいづつ間を空けて聴くと、彼らの進化も感じられ、同時に時間で変わらない彼らの「芯」の部分も感じられ、大変深みのある演奏会を聴いた、という後味抜群。もう少しマメに聴きたいものだ、と。やはり移住か。
備忘録的に
海外出張の機内で読んだミステリーの記録(未掲載分)
ネレ・ノイハウス
「悪女は自殺しない」
「死体は笑みを招く」
これに「深い疵」「白雪姫には死んでもらう」を加えた4部作が最初に刊行されたシリーズらしい。4部作の最後の「白雪姫・・」までのストーリーがようやく完成。続編の翻訳が楽しみ。
フィリップ・カー
「変わらざるもの」
ドイツ人私立探偵(元ベルリン警察刑事)が事件に巻き込まれて・・・。というシリーズもの。イギリス人が著者なので主人公が妙にシニカルなのがドイツ人っぽくないんだが、背景はドイツの歴史そのもので(著者はドイツ史を専攻したらしい)、面白かった。絶版になっている最初の3部作をあわてて中古で購入。順番に出張で読んでいく予定。
「楽都ウィーンの光と影」
岡田暁生著(小学館)。
いつも独自の切り口で品のいい本を出す岡田先生。今回はCD評論誌の連載記事を本にまとめたためか、「リングを時計回りしながら、名所とウィーンフィルの逸話をまとめる」という視点は面白いものの、切れ味には少し欠けたか。偏差値50に合わせた雰囲気濃厚で、もっと教養主義的(いい意味で)な内容を期待していたので少し残念。