或る一日
8時に研究室に。
メールチェックをして論文の確認をしたのち、8時半から2時間、投稿間近の論文の最終打ち合わせ。図の校正や本文の論旨の確認など。
休みなしで10時半から共同研究プロジェクトの進捗報告会議。途中20分ほど昼食を摂りながらさらに議論。4月までの方向性と発表などの戦略をたてて15時半に散会。
そのまま親友T.T.氏と15分ほどこれから出す研究プロジェクト申請の中身を軽く意見調整。残りは来週の学会のときにみんなでやりましょう、ということでバイバイ。
10分ほどメールチェックして、16時から来年度の配属学生のインタビュー。不作の年と言われていた割りに、インタビューに来た学生のレベルが高く、少々驚く。うちには上澄みが来てくれたのかな、などと教授などと話しながら20時過ぎに終了。
そのまま国際会議で発表する大学院生の発表練習。あまり捗捗しくない出来にやや疲労感を覚えつつポイントを1時間ほど修正。
さらにそのまま別の国内の会議で発表する別の大学院生の発表ストーリーの相談を受ける。22時終了。
23時半に帰宅し、食事をして少し読書(「論より詭弁」、思ったより硬派でいい本かなという感想)。25時過ぎ就寝。
今日から学会のため出張です。
名言
昨日は高校の友人(彼も大学勤務)と、彼の学生3人とおでんをつつきながら会社・社会などについてグダグダと議論して呑んでいました。よその学生だと気楽にいろいろ言えるので楽しかったです。って楽しんではいけないのかもしれませんが。終宴後、友人と2人でいつものカルバドールで12時くらいまでグダグダとまた雑談や悩み相談・愚痴を交し合って呑んでいました。
その割に今日は元気で、研究会では珍しく積極的に質問もいろいろして「存在感を示して」きました。この言葉、スポーツなどでよく使われますが、絶妙の間合いを有する表現ですよね。活躍したわけではないけど、消えていたわけでもなく、という感じで結構好きな言葉かも。
言葉といえば研究会の主催の某大先生と最近よく食事に行くのですが、いろいろと悩み相談をしていただいています。最近の先生の名言は
「自然科学を研究するという精神からいえばだね、「役に立つ」とか「世界のトップデータを出す」とかいう動機からやるのはそら「邪道」や。「世界の誰も知らなかったことを自分が知りたい」という好奇心が自然科学の精神なわけでね・・・」
(学生の指導について相談したところ)「そらぁ○○さん(私の名前)、学生の指導なんて運や。育つ学生はほっといても育つし、育たんもんは何やっても育たんよ。運は大事。湯川さんも「いい研究成果を挙げるには、運・根・鈍、が肝心」というてはる。今はやりの鈍感力が大事、ということを湯川さんは知ってたんやな」
なんかこう肩の力が抜けるというか息がしやすくなるというか、先生のデカさを感じました。
最近読んだ本から
「バレンボイム サイード 音楽と社会」
先日もちょっと触れたように非常に興味深く読めました。特に四方田犬彦の本を読んだ後だけど、パレスティナを巡る議論に興味を惹かれました。それとサイードの学問や教育に対する姿勢や考え方なども。池内恵によれば「サイードは素人評論家」ということになってしまうようですが、それはおそらくパレスティナ問題に関する姿勢が池内氏からするとアマチュアくさい、ということなのでしょう。学者としてのサイードの考え方は私もそれにかなり近いものがあるように感じました。残念なのは音楽の面でバレンボイムとサイードの議論があまりかみあっていないように思ったことでしょうか?これは個人的な誤解かもしれませんが・・・。司会役のグゼリミアンがなんとか収束さえようとしているように思うのですが、もう一つ議論が深まらない・アウフヘーベンしない、という感じの残りました。時間をおいて再読してみるつもりなので、また印象はかわるかもしれませんし、多忙な中で細切れで読んだからかもしれません。
「つっこみ力」
予想通りの怪著で、前作ほどの迫力・切れ味はないものの十分に 楽しめました。「論より詭弁」と同じような方向性。
「太陽の塔」
これは駄作。京都で学生時代を送った人間は部分部分で楽しめる(ノスタルジーに浸るという多分にネガティブな楽しみ方ですが)と思いますが、文体とか内容とか入り込めませんでした・・。ひたすら一人称の妄想がベースというところがダメなのかなぁ・・・。
満月の下、英雄の生涯を聴く
昨日は朝から晩まで休みなしで11時間猛烈に働いたにもかかわらず、まだ半分くらいやることが残っており憔悴しながら帰宅の途につきました。残ったのは論文の修正・理論計算2つ・学会のoral発表の原稿原案作成・学生の論文チェック(長編・・・・)・報告書1通。ちなみに終わらせた仕事は、論文査読・学会招待講演のスライドと原稿作成・その英文変換・今日のゼミのためのスライド21枚(理論計算の途中経過など)・学生のポスター発表のポスター原案チェック(英語チェックも含む)・論文の修正原案作りとfigの修正。書いていたら疲れてきた・・・(笑い)。
大学での仕事なんて、終わらせてから帰ろうなんて思っていたら永遠に大学に住まないといけないものばっかりで、いかに適当なところで見切るか、じゃないかと思っています。論文なんか典型で、そりゃいじっていたら良くはなるけれども、それじゃぁいつまでたっても投稿できないし、どこかで思い切らないと・・・。理論計算だって最後までやっていたら本当に帰れません。だいたい最後ってあるんだろうか・・・。
と疲労して帰っていると、ちょうど満月がきれいでした。雨も上って花粉もあまりまだ飛んでいなくてそんなに寒くもなくちょうどいい感じ。iPodでラトルの「英雄の生涯」を聴いていましたが、マゼールのようなあざとさがなく本当に品のいい演奏だなぁ、と感動。かといって迫力不足でもなく「行くところは行く」演奏。前にもこんな感想を書いたように思いますが、きれいな月の下ではまた人亜jい違う感動がありました。結構元気になって帰宅し熟睡。
確定申告に行き、美しい国を想う
こういう仕事だと講演料だの原稿料だの謝金が入ります。当然確定申告をしないとだめ。おまけにうちは別の理由もあってこの状況で確定申告しないのはかなりまずい状態。大学教官も3年目が終わり、確定申告も3回目となると大分スムーズになってきて、逆に言えば申告書の端々まで目が行き届くようになってきます。それまでは税務署で職員の言うがまま数字を書き込んでいただけってことですが。
で、今年。定率減税の税率が小さくなってのでそれがそのまま差額になり驚きの支払い額に!ちょっと~、ちゃんと使ってよね、といやみの1つも言いたくなります。一足飛びに美しい国なんて高すぎる目標設定をしないで、どうせ挫折するんだったらもうちょっと目線を下げてせめてマトモな国にするくらいの目標設定をしたうえでちゃんとクリアしてもらいたいものです。
ワーグナー協会会員となる
一方理論計算は大学の雑用もあり頓挫。どうも次元があわない・・・。どこかおかしいのですが。もう1つのほうはドイツの友人に新しい宿題をもらい、これから格闘します。雑用もどうやらこれで今年度もほとんど終了のようなので、あと1ヶ月、学会の準備(招待講演があり、これで憂鬱の種)、学生と実験、自分の実験が2テーマ、それに理論計算を2つ、4月までにやりきってしまいたいなぁ・・・・。
梅を見る 他
ようやく一段落した大学。これからは自分の研究に邁進!土曜日は引き続き理論の理解と簡単な計算をして実験のための指針のようなものを掴みました。引き続き2つのプロジェクトで計算を続行中。
合間にテニス。しかし・・・。クラブのコーチがほぼ全員退職(というかクビ?)という非常事態が発生し、とんでもないことになっていました。漏れ聞く話ではクラブの上層部の経営がいい加減で、愛想をつかしたコーチングスタッフのボスが引き上げたのが原因だとか。でも一般のコーチは振り回された挙句に失職してしまい(4月から無職だそうです)、いい迷惑。全くアホな経営者や上司がいるといつも部下は迷惑しますね。個人的にはあきれたのもあり、クラブを変わる方向で検討中。
その後、友人たちとクラリネット五重奏。モーツァルトとブラームス、さらに怪しいシュトラウスの編曲ものや、ベートーヴェンなど。ブラームスはやっと1楽章が最後まで止まらずに通って曲が理解できてきたかな~、という感じ。でもテニスのゴタゴタのあとだったので精神的な救いになりました。
日曜は梅を見に。凄い人手で圧倒されました。早々に退散。
今日は大学本部で極秘任務に従事。早めに終了できよかった・・・。心を鬼にして任務を完遂しました。
始発電車はオペラハウスの匂いがした
大盛り上がりの追いコン。終電がなくなるまで呑んで、研究室で朝までトーク。始発で一度帰ってまた来て・・・・。始発電車とホームは(地下の駅ということもあって)オペラハウスの匂いがしました。ちょっとびっくり。
これで2回目の追いコン、今年も楽しかったです。と同時に学生から熱い情熱トークと忌憚のない意見も出て、よい反省材料もあり自分自身にもいい日になりました。今年も素晴らしいプレゼントを貰い、卒業後もみんなといい大人の付き合いができそうです。
今日は睡眠不足でボロボロですが、ちまちまと理論計算をフォローしながら一日すごします。早く帰って本でも読みたいのですが。パオロさんの新書は爆笑するところは減りましたがキレ味の鋭いところはまずまず残っていて楽しめました。
購入した文庫
「グレン・グールド 孤独のアリア」
「バロック名曲100」(題名うろ覚え、磯山雅先生の本)
「ラカン」(ラカン派マルクス主義に興味があり、まずはそのラカンから、と思った次第)
「太陽の塔」(へたれ京大生小説、というコピーに惹かれ、安かったので)
あと1冊。
新書買い
「音楽と社会」はやはりいい本です。示唆に富む言葉が次々と。実はサイードを読むのは始めてですが、もっとパレスチナした人だと思っていたのですが、相当に西欧化した人だったのですね。池内恵に批判されるのもこの辺なんでしょうか。
さて、生協で新書を3冊まとめ買い。パオロ・マッツァリーノの最新作「つっこみ力」(笑い)、「占領下パリの思想家たち」「論より詭弁」。生協は1割引きなのでいいなぁ。パオロさんは段々つまらなくなる、という傾向ですが笑えなくなるまではチェイスしていくつもり。学生の面倒をみるのも一段落して、落ち着いて研究にも集中できます。今は理論を2テーマ、式の展開などもマジメにやって検討中。ちょっとは賢くなったかな。往復の電車ではワーグナー。結構精神的にも落ち着いてきました。これも仙台効果かも。
発表会終了
あれだけやきもきさせられた修士論文発表会も無事全て終了。これでようやくほっとできます。実際午後にあった発表のほうはもう眠くてしかたなかった・・(苦笑)。なんかほっとしてしまって・・・。
昨日は仙台日帰りで議論。日曜ですが、お互いここしか時間がないので・・・・(苦笑)。現地滞在7時間という強行軍でしたが、盟友T.T.氏と食事を挟んでみっちり実験の計画や相談、はたまた人事のことやら雑談まで有意義な時間をすごしました。こういう出張は楽しくてよいです。ありがとうございました。
往復の機中は読書。「見ることの塩」を読了。高橋睦郎という詩人の「私の見るものは塩である / 私の見るものには救いがない(ここ癒しだったかも)」という詩がタイトルに関連しているようです。著者の四方田氏は政治学者でも国際関係学者でも西洋史学者でもないと理解していますが、自分という主体とパレスチナないしコソヴォ(旧ユーゴ)という客体の間の取り方が絶妙で、入れ込み過ぎない程度の距離感を保ちながら、さらに氏の専門であると思われる映画評論という視点も随所に織り交ぜて、パレスチナと旧ユーゴという、ともすれば「文明の対立」だの「宗教的熱情の果ての暴発」だの紋切り調の結論になりがちなこの根深い問題について静かに考察していました。この「どちらがより悪者か」という(自分も含めて)多くの人が結論を急ぎ勝ちな問題を冷静に検討しており、独特のテイストのある佳作だと思いました。
帰宅後はラグビー日本選手権を録画しておいたものを1試合だけ観戦。東芝の、湧くようなディフェンスや華麗な連続攻撃などあまりのオトナな試合ぶりに「まるで外国チームのようだな」と感心していたら当の相手のヤマハの選手も同じ感想を持っていたようですね。少しは世界標準に近づけるといいのですが・・・。W杯は1勝はしてほしいなぁ。
就寝前にようやくバレンボイムとサイードの対談集を読み始めました。これも名作の予感。そろそろ次の本の選定にかからないと。あるいは「の○め」全巻か???