ナリ心理学の

ナリくんがThreadsに


 下矢印




自分を信頼できていない親は
子供を信頼できるわけもなくもなくて

子供を信頼できないから
子供に無駄な心配をしてしまう。
過干渉。

無駄な心配をされた子供は当然、
「自分はできないやつなんだ」と思い込む。
当たり前。

よって自分を信頼できなくなる。
信頼できない自分は
「やっても無駄」だと思う。

だから最初から何もしない。





と書いていたんだけど

自分に当てはめて考えながら整理してみた。








自分を信頼していないっていうのは、
ありのままでいいと思えていない状態で


ありのままでいいと思えていない状態っていうのは、


これは良い、これは悪い
こうするべき、こうするべきじゃない

を無自覚にもっていて、



その価値観から外れる自分を否定している状態。




否定するのはなぜか?


それから外れると、

自分の存在が危険だと感じるから。

ここにいてはいけないと勘違いしているから。(生存戦略)






これは良い、これは悪い
こうするべき、こうするべきじゃない
ってどんなことだろ?


例えば


真面目は⭕️不真面目は❌️

と思っていると

不真面目に過剰に反応する



誠実は⭕️不誠実は❌️

と思っていると

過剰に不誠実に反応する



責任は⭕️無責任は❌️

と思っていると

過剰に無責任に反応する


正義は⭕️不正や不公平は❌️

と思っていると

過剰に不正や不公平に反応する。


こうなると弱さやズルさとか

ダメ❌️だと否定している一面

消そうとしてしまう。



見ないようにしてしまう。
隠してしまう。

(これが自己正当化や自己欺瞞が起きる仕組み

仕組みなだけでダメなことではない)




自分の悪い一面をダメにしていると気づくきっかけになった記事

下矢印






そして、


真面目とか
誠実とか
責任とか
正義とかって言葉で安心するし


約束を守る(真面目)
嘘をつかない。(誠実)
なげださない。(責任)
間違わない。(正義)


それをしている自分(子ども)なら

存在していていいと思い込む。



だから、
そう出来ていたら安心する。

出来ていないと不安。

不安を落ち着かせるために心配する。





その結果、



これは良いこれは悪い
こうするべき、こうするべきじゃないを、


更に
自分にも求めるし

子どもにも求める。

コントロールしようとする。

だけどそうならず、
不安になる→心配する。ループ…



「悪い一面=ダメ」じゃなくて、
人間には両方ある、

これが体感的にわかってきたら、

(怖さが出てくるたびに感じて認めていくと)



自分を信頼できて
子どもを信頼できて
心配する必要がなくなっていくのかと思う。


つまり
自分を信頼するとは
ありのままで存在していい自分で大丈夫だと思える状態で


子どものことが心配になるなら、

まず先に自分(親)ってことなんだな。



子どもを心配する理由は

自分が不安だからってことなんだな。

不安が減って

安心が増えると

心配も減ってくるってことだな。









私が子どもを心配する構造整理



⭕️❌️の価値観

⭕️からはみだすと存在不安

自己否定

更に不安

心配・コントロール

信頼の欠如が子どもに連鎖



良い悪い両面を認める体感

(不安を悪者にしない、怖さを感じて認める)

安心

信頼

心配が減る




子どもを心配する仕組み

自分の不安を落ち着かせるために、子どものことを心配している。












おしまい飛び出すハート