ドラマがあばいた(かもしれない)動物行動学の欠陥 その2
↓yahooトピックスからの引用です。
日本は科学研究に対し、米国の半分の資源を費やしながら、4分の1程度の成果しか生み出していない――。日本学術会議は17日、棚橋科学技術相に対し、科学技術政策に関する提言を行い、日本の研究効率の悪さを指摘した。
同会議は、政府が第2期科学技術基本計画(2001―2005年度)で重点分野に指定した生命科学、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料の4分野について、2002年度の最新データを基に分析した。
研究資金と研究者数を投入した「資源」として計算する一方、論文の出版数、引用回数、特許出願件数などを「成果」ととらえて比較すると、米国は日本の約2倍の資源を投入して3―4倍の成果を得ていた。欧州各国は日本の2―4割の資源投入で、8割程度の成果を引き出していた。
昨年、英科学誌ネイチャーに掲載された同様の分析でも、先進7か国中、英国は投入予算などが少ない割に成果が最も大きく、日本は投入予算などが比較的多いのに、成果は最下位と判定されていた。
(読売新聞) - 2月18日0時42分更新
ん~
お互いにがんばりましょう。
ドラマがあばいた(かもしれない)動物行動学の欠陥
以下の【】内は「科学者へ等身大のまなざし」と題された、朝日新聞(本日付発行)文化面のドラマ評の抜粋です。
評者は佐倉統 東京大助教授。
既に読まれた方はすっ飛ばしてください。
長くてすみません。
【(前略)
月曜九時のテレビドラマの道具立てに使われるなんて、動物行動学が普通の存在として認知されたようで、なんだかホッとするではないか。
もっともこの学問は、たとえばデズモンド・モリスの『裸のサル』のように、人間を「動物」として相対化する語り口が昔から人気のあった分野だ。
その延長線上に、このドラマの中で浮気の言い訳として引用される「利己的な遺伝子」説のような現代版の理論も、社会に普及定着した。
「不機嫌なジーン」は、その帰結として立ち現れたのだと見ることができる。
もちろん、専門家のはしくれとして、ドラマの細部に違和感を覚えないわけではない。まさかあんな本は教授は使わないだろう、とか、学者の名前が違うぞ、とか。でも、全体としてみれば、そういったところがさして気にならない。
科学者への等身大まなざし、みたいなものが感じられるからだろうか。
(以下略)】
あとは、研究室の風景が僕の大学院時代と似ている、とか、ドラマと違って実際は学会主催の受賞パーティーはこんなに豪勢じゃない、医学や産業、経済学の学会は豪勢だが、などと研究にお金が下りない不遇さの話が続く。
ちょっと失望したよ。
だって、「利己的な遺伝子」説が浮気の言い訳にされてるのに、それが動物行動学が社会に定着した証だと言うんだから。
本能なんだからしょうがない・・・わけないと思うんだけど。
この人は「さして気にならない」なんて言えない問題を見過している。
動物行動学は、ヒトの理性を考慮しないのだろうか?
理性は後天的な性質かもしれないけど、それでもヒトが実際に生活する上で、重要な基盤になっている事に疑いはないだろう。
ヒトを動物行動学的に見るなら、ヒトの後天的性質をも考慮しなければ意味がない。人は本能だけで生きているわけではないのだ。
動物行動学の研究のために条件を制限している(この例でいえば、理性をないものと考える)のならまだ分かるけれど、それにしたって、特殊な条件から導き出された結論を一般論にすりかえるのは間違っているだろう。
「利己的な遺伝子」説を浮気の言い訳にするのは、むしゃくしゃして人を殺すのは本能的な衝動だから仕方ない、と言っているようなものだ。
動物行動学というのは、大学の金を使って浮気の言い訳を裏付ける学問なのでしょうか?
これでは、予算がつかないのも無理はない。
むしろ、予算がついていることは奇跡だと言ってもいい。
念のために言っておきますが、僕がここで言っているのは、ドラマの中で理性という、ヒトの側面が考慮されていないということを、当の動物行動学者が指摘していないということであって、浮気の倫理性を問題にしているわけではありません。それは別の問題です。
動物行動学が不毛な学問だと言っているわけでもありません。
ドラマはフィクションなのだし、所詮テレビでやることですから目くじらを立てるつもりはないです。
「不機嫌なジーン」観てないし・・・。
この記事、もうちょっとなんとかならなかったものでしょうか。
新聞向けに話題を持ってきたのかもしれないけど、動物行動学の面白い話とかならもっと良かったのにと思いました。
評者は佐倉統 東京大助教授。
既に読まれた方はすっ飛ばしてください。
長くてすみません。
【(前略)
月曜九時のテレビドラマの道具立てに使われるなんて、動物行動学が普通の存在として認知されたようで、なんだかホッとするではないか。
もっともこの学問は、たとえばデズモンド・モリスの『裸のサル』のように、人間を「動物」として相対化する語り口が昔から人気のあった分野だ。
その延長線上に、このドラマの中で浮気の言い訳として引用される「利己的な遺伝子」説のような現代版の理論も、社会に普及定着した。
「不機嫌なジーン」は、その帰結として立ち現れたのだと見ることができる。
もちろん、専門家のはしくれとして、ドラマの細部に違和感を覚えないわけではない。まさかあんな本は教授は使わないだろう、とか、学者の名前が違うぞ、とか。でも、全体としてみれば、そういったところがさして気にならない。
科学者への等身大まなざし、みたいなものが感じられるからだろうか。
(以下略)】
あとは、研究室の風景が僕の大学院時代と似ている、とか、ドラマと違って実際は学会主催の受賞パーティーはこんなに豪勢じゃない、医学や産業、経済学の学会は豪勢だが、などと研究にお金が下りない不遇さの話が続く。
ちょっと失望したよ。
だって、「利己的な遺伝子」説が浮気の言い訳にされてるのに、それが動物行動学が社会に定着した証だと言うんだから。
本能なんだからしょうがない・・・わけないと思うんだけど。
この人は「さして気にならない」なんて言えない問題を見過している。
動物行動学は、ヒトの理性を考慮しないのだろうか?
理性は後天的な性質かもしれないけど、それでもヒトが実際に生活する上で、重要な基盤になっている事に疑いはないだろう。
ヒトを動物行動学的に見るなら、ヒトの後天的性質をも考慮しなければ意味がない。人は本能だけで生きているわけではないのだ。
動物行動学の研究のために条件を制限している(この例でいえば、理性をないものと考える)のならまだ分かるけれど、それにしたって、特殊な条件から導き出された結論を一般論にすりかえるのは間違っているだろう。
「利己的な遺伝子」説を浮気の言い訳にするのは、むしゃくしゃして人を殺すのは本能的な衝動だから仕方ない、と言っているようなものだ。
動物行動学というのは、大学の金を使って浮気の言い訳を裏付ける学問なのでしょうか?
これでは、予算がつかないのも無理はない。
むしろ、予算がついていることは奇跡だと言ってもいい。
念のために言っておきますが、僕がここで言っているのは、ドラマの中で理性という、ヒトの側面が考慮されていないということを、当の動物行動学者が指摘していないということであって、浮気の倫理性を問題にしているわけではありません。それは別の問題です。
動物行動学が不毛な学問だと言っているわけでもありません。
ドラマはフィクションなのだし、所詮テレビでやることですから目くじらを立てるつもりはないです。
「不機嫌なジーン」観てないし・・・。
この記事、もうちょっとなんとかならなかったものでしょうか。
新聞向けに話題を持ってきたのかもしれないけど、動物行動学の面白い話とかならもっと良かったのにと思いました。
TV番組「爆笑問題のススメ」に宛てたメール
昨日の放送は失笑モノ。
秋元さんの発言は80年代の軽薄さを思わせます。
「東大なんて大したこと無い」なんて、東大出身者しか言わないのではないでしょうか?
せいぜい第一志望が東大で、入れなかった人が悔し紛れに言っているくらいではないでしょうか。
偏差値の低い人たちは高学歴の人たちが思っているほど、学歴にコンプレックスを持っていませんから、こういった発言はしないと思うのですが・・・。
自分は相手が偏差値高いといって特別どうとは思いません。
「この人、特大激辛カレー10分で平らげるんだ、すごい」ぐらいには「この人、頭良いんだ、すごい」とは思いますけれど。
ところで、自分の経験上、偏差値の高いバカも少なくないというのが実感です。
以前、僕が会った早大の出身者は、学生時代「日本女性の地域別処女喪失年齢」を調べたと、とてもうれしそうに話してくれました。
早大に行ってまで研究するテーマでもないだろうと思いました。
田辺聖子さんによれば、セックスにコンプレックスを持った男は処女志向が強いそうですが、あの人の場合はどうだったんでしょうか。気になるところです。
政治家や六大学出身の役人たちは、予算の見直しよりも先に増税を推し進める。不況のために、リストラや経営不振から自殺者は10万人に達したというのに、未就労者に税金を払わせるため法律を改正するという。少子化で年金の基盤は揺らいでいるというのに、社保庁は掛け金を使い込む。
これが頭の良い人間のすることだというなら、頭の良さとは一体なんでしょうか。
あの偏差値の高い人たちは、大学で一体何を学んできたのでしょうか。僕にはわかりません。
あと、秋元さんは、爆笑問題は分かれて仕事をしたほうがいいというけど、
談志師匠が、お前は天才だけどコイツ(田中さん)を離すなよと太田さんに言ったのを、僕は知っていますよ(笑)
秋元さんの発言は80年代の軽薄さを思わせます。
「東大なんて大したこと無い」なんて、東大出身者しか言わないのではないでしょうか?
せいぜい第一志望が東大で、入れなかった人が悔し紛れに言っているくらいではないでしょうか。
偏差値の低い人たちは高学歴の人たちが思っているほど、学歴にコンプレックスを持っていませんから、こういった発言はしないと思うのですが・・・。
自分は相手が偏差値高いといって特別どうとは思いません。
「この人、特大激辛カレー10分で平らげるんだ、すごい」ぐらいには「この人、頭良いんだ、すごい」とは思いますけれど。
ところで、自分の経験上、偏差値の高いバカも少なくないというのが実感です。
以前、僕が会った早大の出身者は、学生時代「日本女性の地域別処女喪失年齢」を調べたと、とてもうれしそうに話してくれました。
早大に行ってまで研究するテーマでもないだろうと思いました。
田辺聖子さんによれば、セックスにコンプレックスを持った男は処女志向が強いそうですが、あの人の場合はどうだったんでしょうか。気になるところです。
政治家や六大学出身の役人たちは、予算の見直しよりも先に増税を推し進める。不況のために、リストラや経営不振から自殺者は10万人に達したというのに、未就労者に税金を払わせるため法律を改正するという。少子化で年金の基盤は揺らいでいるというのに、社保庁は掛け金を使い込む。
これが頭の良い人間のすることだというなら、頭の良さとは一体なんでしょうか。
あの偏差値の高い人たちは、大学で一体何を学んできたのでしょうか。僕にはわかりません。
あと、秋元さんは、爆笑問題は分かれて仕事をしたほうがいいというけど、
談志師匠が、お前は天才だけどコイツ(田中さん)を離すなよと太田さんに言ったのを、僕は知っていますよ(笑)