マイノリティ・リポート -41ページ目

ケータイでスナップ

ケータイ5

 



 デジタルの手始めに、ケータイで写真を撮り始めました。
便利ですね。

何でいままで気付かなかったんだろう。

 デジカメはいらないかも知れない・・・。

どうでもいいこと

竹馬 面接に持っていった写真はこれが最後です。

 去年、シアトルに行く前か後に撮った写真ですね。

 祖父の葬式と「シアトル」で、群として一つにまとめるいう事が自分でも出来るということがわかってから、写真をほとんど撮らなくなった。何がどう写るかは見当がつく。わざわざ写真に撮らなくても、自分がその場で見て楽しめばいい。

 いま住んでいる地域はどうしようもない、息苦しいぐらいの田舎で、撮るべきものはもうなく、というのは撮り尽くしてしまったからで、残ったのはネットの世界でした。「CENTER OF THE WORLD」は必然だったと言えます。

 トーマス・ルフも案外田舎者なんじゃないか、と思ったりして。

 といいつつ、彼の「基層」というシリーズは見たことはなくて、ただインターネットを題材にしたものらしいということだけ、多分ポートレートではないな、ということにして「CENTER~」を制作することになっていくわけですね。

 最近はデジカメのカタログを読んでいろいろ研究しています。デジタルは面白いことが起こりそうです。

 やっぱり買うとしたらダポンさんが使っているミノルタかなあ、とか。これでも結構本気で尊敬しているんですよ。

存在とそのディテール

写真にする 面接に持っていった写真その5、揺らぎ(自分の言葉でいうと、一枚の写真における連続性や動感の幅)を意識した頃の写真です。

 端々雑然と写り込んでいる感じはフレーミングがアバウトなライカならではですが、こうしてみるとホンマタカシの写真により近いです。

 ホンマさんは、撮影する際に表現意識を排除することで写真に(写真と被写体との間における)普遍性をもたらすわけですが、自分のこの場合は普遍性の獲得なのか、ただ単にホンマさん、もしくはアラーキーや中平卓馬の影響なのか、自分でも分かりません。

 楽観的に考えれば、誰の影響か特定できないということは、普遍性を得た証拠である、とも言えます。