憶測だけで行動するのは止める
いつまでも行動を起こさない初心者に多いのですが、
自分勝手な憶測だけで物事を判断しようとする人がいます。
行動もしないのに憶測だけで質問する。
こんな方法では稼げないと憶測だけで諦める。
会ったこともない特定の起業家を憶測だけで盲信する。
ほとんど実践しなかったのに憶測だけで詐欺商材だと叩く。
あなたもこんな事をしているのではありませんか。
もし心当たりがあれば、直ちに考えを改めるべきです。
ネットビジネスは実践と検証無くしては語れません。
「楽天なんかじゃ稼げないよ」
そんなことが言えるのは、最低でも300商品のサイトを
作って検証した人だけです。
「PPCなんかじゃもう稼げないよ」
そんなことが言えるのは、最低でも300広告を出稿して
検証した人だけです。
「●●●は詐欺商材だ!」
そんなことが言えるのは、正しい方法で最低でも半年間実践して
検証を繰り返した人だけです。
実践する前から他人の意見などに影響を受けてしまうと
こうした事態に陥ることが多いようです。
初心者のうちにこれがクセになると、実践もせず批判ばかりの
評論家になってしまいます。
こうなったら最後、その人はいつまで経っても稼げません。
あなたはそうならないように「実践と検証」の人を目指して下さいね。
稼げていなかった自分に向けて書く
ここしばらく反省していることがあります。
5カ月前、私はこれから係っていく初心者の方には1万円でも
2万円でも多く稼いで頂きたい一心でこのブログを始めました。
その気持ちはもちろん今も変わっていません。
でも5カ月経って改めて考えると、
「ブログやメルマガの記事が独りよがりになっているのではないか」
という猜疑心を抱くようになりました。
「本当に初心者さんが読みたい記事になっているだろうか」
「ちょっと稼げるようになって自己満足になっていないか」
「何かズレていないだろうか」
「今書いている無料レポートも分かり難くなっていないか」
そんなふうに疑心暗鬼になることがあります。
そこで思ったのは、「昔の全く稼げなかった頃の自分」が読みたくなる
記事を書いているだろうか」という事です。
思い起こすと、以前の自分はなかなか稼げない中で葛藤し、
不安や迷いを抱えていました。
そんな状況で出会ったブログやメルマガの中には、
「ネットビジネスの実践を続けていこう!」
と思わせてくれるものもあったんですね。
そんな読み手に勇気を与える記事を書かなくちゃいけないんだな。
5カ月目にして改めてそう思いました。
そして、どうすれば伝わる記事を書けるだろうと考えた時、
「昔の稼げなかった頃の自分」に向けて書けば良いんだ、
と気付きました。
その頃の自分が読んで役立つと思える記事なら、多くの
初心者さんもきっとそう思って下さるはず。
文章力を一気に上げることはできませんが、気持ちの面では
出来るだけそうした方向で書いていきたいと思います。
「国の責任」発言の軽々しさに思うこと
政府・民主党はこのほど、福島第一原発事故の賠償策を巡り、
東京電力が負担する賠償金に充てるため、電気料金の値上げを容認
する新たな仕組みを設ける方向で調整に入りました。
いずれこうなるとは思っていましたが、東電一社では賠償金を払い
きれないため電気料金の値上げという形で国民に負担してもらおう
というわけです。
もちろん原発事故で迷惑を被った近隣住民の方々には、十分な補償を
する必要があります。
何の罪もない人達が故郷を追われたり、風評被害にさらされている
のですから。
しかし、事前に何の説明やお願いもなく、国民全体に一連の東電・国の
責任を負わせてしまうのには納得がいきません。
管首相はこう言いました。
「東電が償いきれない分は、国の責任において賠償をしていく」
賠償金は数兆円規模と想定されており、東電一社では当然払いきれません。
ですから誰かが払わなければならない。
世界一の借金国のわが国には剰余金などありませんから、
結局は国民が新たにねん出しなければならないのは目に見えています。
私自身は今回迷惑を被っている人達を助けるために身銭を切ることには
なんら異を唱えるものではありません。
むしろ、進んで助けてあげたいとさえ思います。
しかし、そこに一点のもやもやを感じるのは、管首相の発言の
軽々しさです。
前段で述べたように、「国の責任で払う」というのは、言葉を換えると
「国民に払ってもらう」ということです。
ですから、発言する際にはこう言わなければならなかった。
「東電が賄いきれない分は、国民にお願いして協力を頂きながら
賠償をしていく」
なぜそう言えないのか。
事故を起こした原発があの場所にあるのは、東電、国(原発を推進
してきた政治家)、福島県のそれぞれの思惑があってのことです。
東電と政治家の責任はある意味、一蓮托生です。
そして今回、責任の一旦があるはずの政治家はそれを放棄し、
「国の責任」という便利な言葉に転化してしまった。
すなわち、説明もお願いもなく国民におっかぶせた。
誠実さがない。
日本の政治においては、これまでも「国の責任」という言葉が
無能な政治家にぞんざいに扱われてきました。
でも、今回ほど軽々しく、腹立たしく思ったことはありません。
我々は政治家のこうした不誠実さを反面教師として、ネットビジネス
に対峙していかなければならないとつくづく思います。