1月21日を以って、swedenでの留学生活の半分を過ぎた。
有り難いのは、わりと前期が終わってから時間ができ、それを振り返りそこから何を得たのか見直せた事。
自分の日記にすでにその事について書いていたが、出来ればここ何カ月かの筆不精の挽回のために、その罰か少し体調に問題を抱え思うように動けない今の状況に素直に従って、ブログにもそれを載せてみようと思う。
留学に来て、本当に学んだことが多い。
正直、このような経験、変化を自分に得るとは夢にも思わなかった。もちろん留学という文化も言葉も全く違う別世界にぶつかり生活を立てる事で得られる自分の変化があることに希望を持っていた事は確かだが、その反対にただ見たくないものを見ずに済む環境に身を置く「逃げ」になるのでは無いかという恐れがあった事は否めない。もちろんその恐れが本当に当たっているかどうか帰国してからでないとはっきり分からないのだが、ここで得た自分の変化や、自分が育った国を外から見て得た視点が簡単に色褪せるものでないことは、私自身を少し落ちついて見れる経験を得て少しは自分の事が分かる今だからこそ少しの自信を持って言える。
(遊び♪)
私が留学に来た一番の目的は「北欧の教育を学ぶ」とか「福祉を学ぶ」とか「音楽を学ぶ」とかそういったものでは初めからない。こちらの生活をする上で生きていく矢印となるものしてあるのだから、人に伝えるのに分かりやすいし、それらが目的で無いということでもないのだが。
とにかく、私がこの留学で得たかったのは、自分の力で生活し、そこから何が自分にはでき、何が自分には出来ないのかという基本的な事を含め大きく客観的に「自分自身を知る事」であった。大学に入って、その頃一番私のことをよく知っている友達に口にした、これから生きる上で大事にしたいと思った事、見失くないと思った事
「真実が知りたい。こんなに複雑な世の中だから。網が多すぎてその先にあるそれが見えづらい気がする。」
それを覚えていてか、関係なしにか、私は自分なりのその真実を手繰る方法として、色々動き始めたんだと思う。
身体はそんなに強い方でないから、体調崩すことはしょっちゅう。人が止めても、心配しても、自分に話したがってる人の声を逃しても、お構いなし。頑固だしね。一度自分が信じたら、人の言うことなんてなかなか聞かないのね。
そうやって色々なことをやっている内に、経験できる人との出会いが楽しかった。それぞれの世界が持っている違いを見るのが楽しかった。違いはあれど共通して持っているものに触れるのが楽しかった。その共通しているものこそ、「真実」って思ったんだと思う。
そして今思い返してようやく気付くのは、その共通しているものこそ真実と思っていたのだけれど、それは真実でも何でもなく、それらの世界に触れている「自分」だったと思う。さて、それに気付いてか気付かずか、ただ感覚で何となく動く私は自分がなぜ色々な世界を見ようとしたかなんてとっくに忘れ、それらの世界を見ているうち謎となり未知となってきた大きな研究課題を見つけた。
「自分」だ。
こっから私は手当たり次第掴んでいた自分の興味から繋がる世界への矢印を、逆に外から内へと変え始めた。
そこから日記も付け始めたのだと思う。留学が決まってほんの少し後。もう自分のアイデンティティーなんてズタズタにされ、人を否定してみたり自分を責めたり、精神的にボロボロの状態になり始めた3年くらい後のこと。
日記の始めの手記にこう記してある。
・・・大きな目標としては「自分の弱さ」を見つめたいと思ったからです。
向き合って、とことん向き合って、目を反らしたくなるくらい向き合って、そっから「じゃあどうすれば良い?
どんな方法がある?そして、どういった方向に進みたい?」と、丁寧に自分の心と話し合っていけるようになりたいのです。それはきっと・・・色んな面をひっくるめて人を見られる人になりたいから・・見たくない部分に目を伏せるのではなく、目を伏せたくなる時にしっかり目を開いて見せられる人間になりたいです。・・真実をみたいです。だからその始めのステップとして「自分」を題材に取り上げようと思います。一番身近で、一番長い付き合いの相手だから。
手記途中より
今まで、上手く人と付き合ってきたのになんで?じゃないのです。人と向き合ってきたことなんてないんです。
かわし方だけ覚えてきたのです。それが通じなくなったり、人からそうされるのが嫌だなと思って客観的に見えた時
、自分がそうしてるのが嫌で、じゃあどうすれば良いか分からなくなって、さらに逃げたり、ぶつかり方に迷ったり。
そう、大学に入ってから悩み続けているのです。揺れ続けているのです。
私は気付いてしまいました。自分の生き方の卑怯さに。
過去の自分を責めようとは思いません。・・・それはある意味本能的に、社会にどうか見放されないように、上手く仮面を被ることで、自分を守ってきました。・・・でもそれで、相手を見失いたくありません。自分も、この21年間生きてきた角田萌も。
21歳、新たな自分の特性に気付きました。
どうしてこの特性を見つけるまでにこんなにかかったのか。
いや、良いんです。21年なんて長いようで短いんだと思います。
ただ自分を指摘してくれる人がいて、考えなければ気付きませんでした。
こうして私は常に自分のこと発見して変化していけるでしょうか?
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(遊び2)
小さいころから、真似ごとや多少の容量の良さから、得意なことが多かった。何をしてもそこそこの出来まで持っていけ、周りの子から(その子たちの親も含め)何でもできるね、出来ないことなんてないんじゃない?羨ましい。と常に言われてきたお譲様だったから。その中である種人との間に壁を感じ、周りの言葉を鵜呑みにし、自分は特別じゃないかとまで本気で心のどこかで思ってきた。
その根拠のない自分自身を、自分の価値観が出来る前に、ばっさり壊された。大学時代様々な層の人に出会う中で。人の良い部分を見つけてほめるのが上手い両親とは反対に、人の弱さを真正面から指摘する人との出会いで。
一度崩れ始めると、収集がつかなくなった。自分の良さも悪さも、ある人の前ではこう認められ、さっきまで認められていたはずの事が、他の人の前では全く崩れ去る。自分がどんな人間か、分からなくなった。
上で人と向き合うためと日記に書いてますが、それは良い響きになるための口実で、単純に私自身が私を捉えようとあの時は藁にもすがる思いだったと思います。
ここで何を学んだかに至る自分が探していたものを書くのに、文章が大変長くなりましたが、
つまり私はここで、自分を見つめることが出来ています。育った環境が、今までの自分の触れてきた範囲を大きく超えて背負っている人たちとの出会いに触れ、自分の育った環境を外から見るにつれ、sweden人のゆったりとした空気の中で、一人暮らしという大きく自分自身の明日に責任と自由と時間を持つ環境の中で。自分の良さや悪さというより、他の人にもあったりなかったりする自分の特徴に。
そして、もっと大きな自分の変化は、それを見つめれた上で、より多くの人を尊敬できるようになったこと。
今までであれば、自分に無いものを持っている人を見ると、どうにかその人を否定するか、自分への不満や焦りに変えることが多かったものの、それをコントロールして単純に「すごいな」と思う事が最近多くなりました。(まぁ、自分でコントロールしたと言えば聞こえが良いですが、恐らくは単純にあまりに自分とは違う人に出会ったからでしょう。)一つ自分の力がそこにあったとすれば、人に出会えば始めは必ずその人を肯定から入ろうとするある種天然の親から受け継いだ姿勢でしょうか。
尊敬は尊敬で終わりません。
その人のすごい部分、良い部分、自分に見習えないか、試してみます。
例えば・・・
相手の言っていることに適当でも自分なりの感想を含め相槌を打つ。
話している途中であっても自分の中で質問が浮かんだらすぐに声にする。(丁寧に聞きすぎない)
自分とは意見が違うなと思っても聞き続ける。
ずうずうしくも話しかける。その際取り合ってくれない人→悪い人。
真面目になりすぎない。適当な会話も。
時間に余裕を持つ。
頭の良い人:物事をじっくり考えられ、色んな視点から見れる人。
頭の悪い人:人をすぐにバカにしたり物事の見方が狭い人
すでに自身の国へ帰ってしまったのですが、どこに行っても相手を引き出すのが上手く、たくさん知り合いが出来る小学校英語の先生を目指すスペイン人の子から学んだ上手な会話方やものの考え方。いくつかどうしてもなかなか自分には当てはまらなかったのですが、いくつかは学べたみたいで、人との会話がより楽しくなった今日この頃です。
(遊び3)
そんなこんなです。そんな自分や人に関しての小さな発見がちょっとずつちょっとずつあって、良いなと思う部分は
素直にそれを受け入れ、変えたい部分はちょっとずつ試してどうだったかなぁ?って見返しながら、毎日楽しんでます。
そうそう、来る以前に随分ストレスとなっていた家族との関係にも変化が起きました。
旅行に来た際お互い明らかにその変化を感じたと思うのですが、向こうは私を手をかけなければならない末娘としてではなく、一人の人間として見てくれてるようになってます。自分たち同士の価値観をお互い話しますし、連絡をあまり取らなくもなりました。以前に増して信頼をしてくれているように思います。
仕事も家の事もほぼ完璧に出来て、好きな事を好きにさせてくれて、信じられないほど優しい家族がいる場から離れて、私にとっては良かった。甘えられる場所があり、そこへ甘えてしまう自分に、もう耐えられない時が来ていたから・・2009年の目標に立てた「自律」。少しは達成できてきたかな?
さてさて、そんなこんな大きな変化が見て取れた留学生活前半、実は寂しい事に、私が学べるなと思っていた
尊敬する友達の多くは国の留学制度の違いからほぼそれぞれの国へ帰ってしまったのです。
ここに残った私は果たしてどうするのか。
もうそろそろ、自分研究に没頭するのにも飽きてきました。自分の見つけ方や人の見方、変化のさせ方への自分なりの取り組み方が分かって来たところで、そろそろしっかり自分の触れてきた世界をもう少し深く見れると良いなというところでしょうか。
sweden?教育?音楽?
この前半の留学生活から学んだことを見ても思うように、私は極めて「視点を持つ」ということに大きくざっくりから入る入り方が好きで、その上そこへ真面目に時間を割いた割の小さなほんのひとかけらを「見つけたよ~」と取ってきて人に伝えることに幸せを感じる性質なので、まぁそこまで深くなどと自分でも期待しないものの、不器用なりに後悔の無いよう出来る限り当たって行こうと思います。(逆にこのような過程を通さずに私の世代を過ぎ生きている方がいれば器用に生きてはるなと尊敬するほどなのです;;)
こちらに来て一週間。初めて泣きながら記した手記より
小さくても大事な一歩。
ゆっくり、ゆっくり。
大学4回生の とか 21歳の とか
じゃなくて
私の一歩
角田萌の一歩をね。
(遊び4)
とりあえずこれから決まっている楽しみな事として、
Japanese Dinnerという日本文化を海外の人に紹介する大学行事の中で、三味線を弾く方と伴に歌を歌わせて頂く事にしました。歌に自信なんてかけらも無いのですが、沖縄の音階や三味線の音を海外の人がどう感じるのか!?興味深いし、ただ伝えたいのです。
また、以上の話にも出てきた私のアイデンティティーをめった切りにした方が(笑)来月か再来月かにデンマークへ来られるそうで、お会いできるかもしれません。
私・・・まためった切りにされるのだろうか;;
次号に続く、ですね。
まぁそんなこんな、偶然できた時間から6時間をかけ留学生活前半振り返りがやっとこさup出来ました!
頭の中をさらけ出すのが苦手と言われているY香さまと正反対の、頭の中全開にしたがる角田の留学生活前半振り返りです!これはこれで、押しつけがましく感じないですかね?
P.S. Dear バンドの皆さま
こんな長く堅い文章を書いて、他の方に書きずらい思いをさせてしまったら申し訳ないです
私は皆さまそれぞれの文章から伝わる皆さまが大好きなので、どうか書きづらい思いをされたとしても、そこから一歩踏み出して頂けたら嬉しいです
Har ar det sa bra liv med alla er!!(みんなそれぞれに充実した生活を!)
tack for din resa!!Hejda!!Vi hors!!(読んでくれてありがとう!バイバイ
また話そう!!)
萌