Göteborg旅行~オーケストラを聴きに~ | OUR PACEのブログ

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皆さま、2日ぶりです。
あ、ぶりと付けるほどの数字じゃなかったです。失礼しました。
お元気にしていらっしゃいますか?

先ずは嬉しいニュースをお届けします。
黒ちゃんやアメーバスタッフさんのおかげで、ブログや画像フォルダに写真をupすることがまた出来るようになりました!嬉しいです。もうすでにいくつか溜めてたものをupしてあるので、見てみたい方はフォルダの方覗いてみて下さい。メンバーじゃない方はフォルダみれないのかな?もし見れなくて、見たいよ!と言う方は、角田に一声かけて下さい。

一昨日~昨日にかけて、NorwayとSweden国鉄の繋ぎ目となるswedenでは2番目に大きな人口を持つ西の大都市、GöteborgにGöteborg 交響楽団のオーケストラを聴きに行ってきました。

感想をとても簡単にまとめて言ってしまうと、

「いやぁ、行ってとても良かった。学ぶ事がたくさんあった。」

といったところでしょうか。
この歳になると、いつどこに行ったとしても面白いし学ぶことだらけになってきたので同じ感想ばかりになるかもしれませんが。

先ず、駅に降り立ち観光案内所に向かう途中感じた事は、

「やばい。ここに5分以上いたら、簡単に死ねる。」

でした。

ものすごい人に人に人。ボーっとしてたらぶつかられまくる。
まぁ、思えば日本で大阪うろついてるのと変わらないと思いますが、なんせもう9カ月もバスの席は一人で二人分占領できるのが普通。の暮らしに浸っているため、人口の多い場所に行くとすぐびっくりしちゃうんですよね。人の近さに疲れるし、ぶつからないように歩くのにめっちゃ頭使わないと歩けない。おまけに駅という箱に閉じ込められての人のうじゃうじゃ感に、閉所恐怖症かと思うくらい身体がここにいたくないという抵抗の声をあげてました。まぁ、情報さえ掴めば、外に出ましょう。ってことで、そこから以前友達と来た時に「3日通し券」なるものを高いお金を出して買ったのに、中についてる機械にそれをかざしてもかざさなくても乗れてしまったので、今回は買わずにただ乗りできるんじゃないの!?と意気込みながらに、トラム(路面電車)に先ず乗りこみました。結果は簡単に本当に出来ちゃいました。ただ乗り。何度乗っても同じでした。乗ってくる人も、券をかざす人は時々いるけど、ほとんどの人がそのまま乗ってくる。未だにこの乗り物の料金の仕組みやcheck体制がよく分かっていません。地球の歩き方を今回は持ってきてなかったので、また次はしら調べてみます。罰金制度とかもあるかもしれないので皆さんは真似しないで下さいね。宿で荷物下して、いざ街のコンサートホールへ。

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ホールに足を踏み入れた瞬間、「あぁ、ご無沙汰してます。」そんな感覚が身体をかけめぐりました。
良い音響空間を作り出しているホールに来るのは久々。
なぜかこの場に来ると、勝手にワクワクする。
今回の演奏曲目は
ハイドン、ウェーバー、ストラヴィンスキー、ハイドン
といった順で、交響曲+ピアノコンチェルト。


さてさて、今回の指揮者は、ドイツのピアニストの方。ウェーバーのピアノコンチェルトはこの方の演奏による指揮振りでした。生まれて初めて生で指揮振りを見た私。始めある意味でびっくりしました。情報を掴みきれてなかったらしく、ピアノコンチェルトでこの人が弾くと、曲が始まる瞬間に知ったので。それまで、なぜピアノをオーケストラに向かって縦に、こちらに奏者のお尻を向けるように置くのかをただひたすら不思議に思ってました。演奏が始まると、次はまた別の意味でびっくり。上手い!あぁ、あの方は本物です。逆にバックのオケが霞んでしまってた。心地よ過ぎて寝不足の私はこの交響曲の間だけ爆睡しました。
他の曲たちに対して言ってみると、一曲目。エンジンがかかり始め。オケのメンバー同士、指揮者とオケの息合わせのための互いの探り合い。まぁ、こんな感じから始まりますよね。何にしたって。
二曲目は記述済みのため飛ばして三曲目。小編成のオケになる。ストラヴィンスキーの多彩な色のある記譜に沿っての演奏でステージにも客席にも活気が湧く。私はこの歳で初めてストラヴィンスキーの魅力に気付く。
四曲目。特に2楽章から、ステージと客席、同時に死亡。つまらんかったとです。鳥にこの曲を持ってくるなら、もう少し練り上げる工夫がいると思いました。客席からたくさんの拍手はもらえても、そりゃやっぱりアンコールは無いでしょう。指揮者はソロとしてかなりの音楽性を持っていらっしゃる。でもリードする面では修行中なんやと思われました。そして、指揮者の音楽性とオケの方たちとの音楽性の質の面にずれがあり、ハイドンの古典音楽を選んだためにそのずれがことさら強調される形で、みなしてテンポの遅い音楽性の必要な難しい2楽章から、怒涛のごとく坂道を転げ落ちた。と言ったところでしょうか。いや、演奏がバラバラになった訳じゃないですよ。ただ皆で心が離れたんです。ステージの上でも、観客とステージの間でも。もはやそうなるとそこに音楽がある意味が薄れてしまうのです。演奏者側にとっては、別に良いのです。こんなことの繰り返しで一つ一つそれぞれに身になって行く?機会となると思うので。私にとっては、とても良かったです。勉強をさせてもらいました。ただただ、クラシック、つまらないなぁっと思いながら、人に誘われてたまたましぶしぶにそこへ来た人が会場に来ていたら、どうでしょう?私の予想では恐らくその方のクラシック嫌いにはめでたく拍車がかかって帰られたのではと思います。おめでとうございます。拍手。ですね。

・・・はぁ、何てこと。

クラシック音楽の恐ろしく厳しい面に改めて気付けました。

クラシック音楽(古典音楽)と呼ばれてる音楽の特徴は、私が勝手に思っている事で言ってしまうと、作られた音楽の元となっている譜面が西洋の音楽理論でほぼ埋め尽くされているということです。和声理論があり対位法の理論があり、音の並びに法則があり、始まり方や終わり方に形式があり、そしてもちろんそこに音楽が流れている。「音楽」という学問の世界や人間の科学的な面から言ったら一見とても不可思議な捉えようのない感覚的な存在を、どうにか分析し理論立てて、音楽といった分野として実現したもの。それが今現在呼ばれているクラシック音楽じゃないかなと思います。やから、その理論づけされたものに目を奪われては全くその存在の価値をなくす。音楽性といった面において本物を奏者が持っていて、その書かれている理論を「音楽」へと昇華する力が無い限り、隙をついて一気に溢れだしてくるのはただのつまらない理論だてられた音の羅列。になると思います。分かりやすい例えになってくれるかは分かりませんが、演説者が心を一つも込めないで他の人が紙に書いた綺麗な言葉たちをただひたすら読み上げているのを聴くのと、同じようなことじゃないでしょうか。あれ退屈ですよね。ロマン派になると、曲に綺麗なメロディーが与えられ始めますが、それにしてもクラシックは人の耳に入りやすいメロディーより、理論の割合が他の音楽ジャンルよりやはり大きい音楽の世界だと思います。だから、ただ音楽を単純に楽しみたいって人には要らない要素が多分に含まれてるジャンルかもしれない。ちょっと、音楽に加えて理論とか形式とかって面白いって興味持てる人には、面白いジャンルになるかもしれない。まぁ人それぞれですね。

私の場合は後者だったみたい。
バッハの曲とか楽譜そのものがパズルになってる。
見て、弾いて、うへへ~って思いますね。
でもやっぱりクラシック弾くのは一番怖い。自分の恥さらしてるようで。力を入れ過ぎるほどに心が離れていく。頭が固くなる。逆に何でもないパッと久しぶりに弾いた曲ほど力が抜けて良いものが弾けたりする。ものすごく頭と心のバランスが難しい。もう私の場合歳取り過ぎて頭も肝心な指の動きも腐っていく一方かもしれませんが。でも、まだまだ放り投げるには早い。って思いたいですよね。
続けますよ!マイペースに。

って今回の旅行を機に改めて思いました。

そして、結局翌日はチェックアウトぎりぎりの時間にhostelを出、hostelのお姉さんに歩いて10分と教えてもらった目的地まで2時間かけて寄り道したりしながら街をぶらぶらし、夕方の電車でhome townへ帰りました。


街の風景。                      寄り道がてらに出会った教会。

今回この都市に行っての収穫がもう一つあります。
2日もいれば、都市の環境にある程度慣れました。悪魔で、二日もいれば充分という意味を含んでのことですが。
また、あぁそうか、ここは色んな可能性を持ってる場所なんだって思いました。
たくさんの人のたくさんの矢印を満たすのに役立ってる。ファッション。食。お金。交通の便。色んな人の色んな我が儘、欲求を満たしてくれてる、そんな役割を果たしてる場所になりえるんやって、どんな欲求をも実現してくれるみんなの叔父様的存在になってくれてるって、都市の事を見直しました。
ちょうど、私という人間がオーケストラを聴きにという文化的欲求を果たすためだけにこの都市を訪れたかのように。
この存在が無かったら、人間社会どうなるんやろう。片田舎で紛争でも戦争でも繰り広げるんじゃないでしょうか。

旅は面白いです。
でも私はやっぱり家が一番!

どうかそれぞれ良い週末をすごされますよう。

Har det bra!