[ぬ] 三角寛
ぬた打ちの 袈裟猪(ゐ)引連(ひきつ)れ 瓜坊は
流冽 驥尾(きび)豕(ゐ) 離(さ)け のち撃たぬ
——ぬたうちの けさゐひきつれ うりばうは
りうれつきびゐ さけのちうたぬ
———瓜坊のかわいさったらないね。泥の法衣をかぶった親シシは僧侶(坊主の親玉)にしては汚いし、ともかく気がすすまないが、くっついている小坊主をなんとか離してから撃つことにしよう。
猟師の述懐として造ってみました。
ぬた打つ:四段動詞。①猪が泥土に寝転がる。「豕は山の中にゐて、ぬたうつとて、土を身に塗って、夏、あぶ蚊にくらはれじ用心をするぞ」(『周易抄』4)。②だらしなく寝転がる。③あなどる。いろいろ派生した意味がありますが、現代ではすべて絶滅してしまいました。
袈裟(けさ):法衣。
瓜坊(うりぼう):イノシシの子。背中の縞模様が真桑瓜そっくりでかわいらしいので付けられた愛称。うりんぼう。まくわじし。豕(いのこ)。
驥尾(きび):駿馬(しゅんめ)の尾。先輩のすることを見習う。
三角寛(みすみ かん)小説家。サンカについての小説が流行したことで、サンカものは三角寛の創作のみが資料として使われています。山窩(さんか)。山賤(やまがつ)。
三角寛は池袋の文芸坐の近くで山菜を売っていて、映画の帰りに漬物を買いました。三本立てだったか、ナイトショー(徹夜で古い映画を上映する)だったか忘れましたが、映画館は安い料金で名画を鑑せる企画を持っていた時代でした。
わたしは、失業を担保するため、「映写技師」の資格を取得しましたが、役に立つ機会がないまま、時代は映写技師の免許を必要としなくなりました。トホホ(今は誰でも無資格で施設上映できます)
「山樵(やまがつ)が吸ひのこしたる 鄙ぶりの山の煙草の 椿の葉焦げて落ちたり」(「望郷五月歌」佐藤春夫)
むかし、猟師も子どもの面前で獲物の親を撃ち殺すことはしませんでした。
その親が子供を虐待する世の中に進化しました。子供は「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ」と言いながら死んでいきました。
宗教はコワイですねえ。