ティーグル警部はがらんとした取調室の机に一枚の紙を置いた。
紙には文字がたった一行、
六月や納豆定のふふふふふ ウロ
とあった。オレの句だ。でもってオレはキョトンとなる。
「著作権法違反だ。オマエの句にまちがいないな?」
俳句も登録制となり作者の権利が保護されるようになって三年になる。
登記には印紙代1,000円が必要だ。それに弁理士への手数料として1件あたり450円が相場だ。更新に1件あたり毎年800円。
ボンビーなオレにはとても負担できたものではない。資本主義社会の沙汰は生きる権利さえカネだ。
「オレの句ですよ。なにが悪いんです?」
坪内さんの句の模倣だというのだろう。ツボさんは登記していたんだな。ちょっと協会の俳句登記一覧を閲覧しておくべきだったかな。
捜査二課のティーグル警部は吠える。
「手間かけんじゃねえよ。ネンテン、ネンテン」
「オレのオリジナルですよ。稔典さんのとはちがいますよ。三月が六月でしょう。甘納豆が納豆定。ふふふふふ、が、ふふふふ」
警部は目を剥いて、
「うふふふふ、が、ふふふふ…、あれ? うふふふがふふふふ…、あれ?う・ふ・ふ…」
そうか。ふふ…じゃなくて、うふふ…が正しかったったのか。
モガが内股で溺れているように、警部はまだうふふふをやっている。あまつさえ、ゆびを折ってかぞえはじめた。
――しかし待てよ。オイラのほうがずっとおもしろいじゃないか。「う」ふふ…よりも下五を全部「ふ」にする。――「ふ」ふふふふ。これこれ。これぞまさしく目の下五寸の大穿ちってなもんだ。
怪我の功名だ。瓢箪から駒だ、本歌取りだ、オリジナリティの奪回だ。
「ふぅ」さすがにオルフェーブル河岸で鍛えた敏腕警部も諦めて質疑を変える。麩かりんとうの食いすぎのような顔をしている。十兵衛の逆上がりみたいに真っ赤になっている。
「納豆定ってなんだ?」
「納豆定食ですよ。で、ごはんがアツアツで、ふふふふ」
「ふ、が、またひとつ足りない」
「ようするに世界観がことなるのですよ。そりゃあ似たところが無いとはいわない。立派なオリジナリティを無視するんですかぁ。それゲージュツの冒涜ですよォ。――まだフに落ちませんかァ、警部」
「オマエのパソコンを押収してあるんだよ。それ見ればすぐカタがつく」
そこへ別の刑事が入ってきた。
「お、カンシキ。どうだった?」
鑑識は紙を一枚手にしていた。ふたりのまえに出す。
三月の甘納豆のふふふふふ
とあった。「う」が一字「ふ」になっている。オレもさっき気付いたばかりだが、この刑事にこの一字の差にこそ芸術上の革命的天地無用の意図があることを説明するのは、“甘”納豆定食を新メニューにするよう天皇の料理番に進言するよりむずかしいだろう。
「はいはいそこまで。権利侵害は窃盗で三ヶ月の送検できまり…」
「え、なんで窃盗三ヶ月?」
「三月のアマせっとうのフフフ…。初犯だから、アマチュアのせっとう。あませっとう。はい、鑑識さん、シタイ検案書ありがとう」
わが作品を死体検案書とはなんぼなんでも失礼じゃないか、と果かない抗議をしたら、詩対懸案書だと、ほざいた。
ああいえばこういう…
三日目に嫌疑不十分で釈放された。
パソコンにあった句、
三月の甘納豆のふふふふふ
には作者名が「ウロ」ではなくて「稔典」となっていたからである。
一字替えてもウロなら詐取だが本人名なら詐取とは認めがたいというのであった。
迂闊があろうことか、穿ちに変えたのである。
実は「三月の」を本歌取りして「六月の」を作ったときに参照句をまちがってパソコンに打ち出したのだが、今しがた、ティーグル警部に指摘されたときにはじめてミスに気付いた次第だった。
世の中なにが幸いするかわからないものだて。
ウロはきのうの残りのカレーをチンしながら。またぞろ、句をひねる。
金星期ふふふふふふふふふふふふ
ゴールデンウイークで頬がゆるんでくるよ、の意味だそうだ。
これをしも穿ちといえるのかしらん。傍で猫のシャノワールがニャアと否定する。
かくて世の中太平がうえにも太平である。
註
ティーグル・モリオンさんから俳句のまちがいを指摘された。
体裁がわるいので短編仕立てにしてごまかした、のが本稿であることを申し添えます。
亭主敬白
亭主軽薄、だってえ?だだれ? そんなこというの。