「彼」とのSNSを全てブロックしてから、メールアドレスだけ消さずに置いておいた。
メールでのやり取りはほとんどなかったので、残しておいた。
最後の通信手段は切ることはできなかった。
未練タラタラのままだった。


別れを告げてから、今日で一週間になる。
その間、彼からメールが毎日届くようになった。

彼を忘れようとして、
彼を好きだったことに蓋をしてきた。
だんだん苦しくなった。
自分は無理をしているんだと思った。
まだ好きでどうしようもない自分がそこにいた。


自分の気持ちを彼に告白した。


またいつもと同じパターンでこのまま関係が戻るのかと思ったけど、
どうしても、今回だけは、心のブロックを外すことができなかった。


寄りを戻したいと彼は何度もメールで訴えてきた。


好きだけど、前のようには戻りたくない。
また同じ繰り返しになる。
もう傷つけあいたくはない。


と伝えた。


彼はもう連絡はしない、君だけの人生を楽しんで。さようなら。
という返事が返ってきた。





何やっているんだろう、私。
彼に何を期待してるんだろう。


彼からメールが来ないか、携帯を何度となくチェックしてしまう。
今日は、彼からメールが来なかった。




何をしたいんだろう。





子供を失う恐れ
家庭が崩壊する恐れ
彼と付き合うことで、自分が自分じゃなくなるという恐れ

いろんな恐怖がこみ上げてきて、
体を圧迫する。


彼を愛することで、全てのことを失うのではないか。。
そんなことが頭から離れられない。



私は、昔から、ここぞという時、
本音を隠したり、
嘘を言ったりしてごまかしてきた。

人との距離を付かず離れず、
心地のいい距離感をいつも保っていた。
今もそうしている。

相手が離れようとすると、
相手に振り向いてもらいたいがゆえに、何かする。

相手が追ってくると、離れてみたり、
相手の顔色や様子をうかがっている。

結局、寂しいから、かまって欲しいのだ。


いつの間にか彼との恋愛が、主導権争いになっていたんじゃないかなと思った。
でも「彼」とは、そんな恋愛ゲームはまったく通用しなかった。
自分が飲み込まれていく感覚になり、
そして怖くなって別れを告げた。


今でも彼を愛している。
これ以上の言葉は見当たらない。
今でも彼の鼓動を強く感じる。



「恐怖は冒険」とインターネットの動画サイトで見つけた。
恐怖が冒険だと思えるようになると
どれだけ人生が楽しいものになるんだろう。


恐怖にきちんと向き合いたい。
それは自分の幻想であると、考え方を変えていきたい。



少しずつだけど、一人になった今、
自分を見つめていこうと思う。


自分で自分を満たしていけるように
愛で身体中が包まれるように。。。




昨日、「彼」と別れた。


ここ数日、「彼」から離れたい、自由になりたいという気持ちが拭えなかった。
彼に嘘を言って、自分だけの時間を持ったり、用事もないのに、あるといったり、、。


自分の限界が来ていたのかもしれない。


昨日、スカイプすることがあった。
私は自分の気持ちを隠し通そうとした。
平然を装いながら、とりとめのない話だけをするつもりだった。


彼は、もう既に、私が感じていたことを、2、3日前に察していた。



別れなければいけないなと頭では思いながらも、
自分から別れを切り出す勇気がなくて、
私は、ひたすら彼から別れを切り出すのを待っていた。


既婚者同士の恋愛だから、
別れる理由なんて、何とでも言い繕える。
子供とか、家庭に戻るとか。
でも、本当の理由は、
彼の束縛から解放されたかった。


最近は、家族で過ごした昔の楽しい思い出が頭から離れなかった。
子供が産まれた時のこと。
家族で日本に帰った時のこと。

そこに戻りたい。
子供の笑顔を取り戻したい。。


そんなことばかりを考えていた。


自分の中に、昔に戻ろうとする自分が
ものすごい勢いで私を引っ張っているように思えた。
そしてそれを必死で抵抗して、何とか前へ前へ進もうとする自分がいた。


苦しかった。

自分が自分じゃなくなっていくことがとても怖くて、
どちらが本当の自分かわからなくなって。


別れた後、涙がとめどとなく溢れてきた。

彼の顔がまぶたの裏から離れなくて、
彼が近くにいるような感じがして、
彼が震えているのが体に感じられた。
胸の奥が突然苦しくなって、
喉の奥から何かが出てきそうな吐き気を感じた。


別れたいと思っていたのは自分なのに、
自由になりたいと思ったのは自分なのに。
彼と一緒にいて幸せになれないと思ったはずなのに、、。



愛してる。。
会いたい。。
彼が欲しい。。
寂しい。。。
抱きしめて欲しい。。


抵抗していた自分の心から、
どんどん気持ちが溢れてくる。
彼への愛情が溢れ出る。


でももう決めたんだ。
このまま前には進めない。
進みたくない。


これでいいんだ。


彼との連絡手段であったSNSにすべてブロックをかけた。

今はただただ頭の中が真っ白で、
何も考えは浮かばない。








ずっと書けなかったブログ。
最後の記事が2ヶ月前。

状況は、大きくは変わってないけど、
その間に自分の気持ちは大きく揺さぶられて。
かといっても全くなにも感じない時もある。

出口が見えないトンネルにいるような、
なにもかも中途半端なそんな感じをどこかで感じてしまう。


「彼」とは、2度ほど会える機会があった。
家族に内緒にして家を出て、彼と過ごす。
自分のやっていること、許されるんだろうか、
そんなことを頭の隅に抱えながら、彼の元に走ってしまう。



昨日「彼」に嘘をついた。
その場しのぎの嘘。
子供が家に不在なのに、「週末は子供がいる」と。
彼との距離感が苦しくて、平気でそんな嘘をついてしまう。
「子供がいる」ということを言えば、その間、連絡をしなくてもいい。

なにしてるんだろう、私。
なにがしたいんだろう。。
また彼から離れようとしている自分がいる。


私は、自分の都合のいいように、
自分に非がないように、
責められないように、
嘘をつく。



そして、その嘘を隠すために、
また嘘をつき、
そしてまたその嘘の上に嘘をして隠す。



ほんとうは、自分に正直に生きたいのに。
自分の気持ちがだんだんと見えなくなってきた。


本当に「彼」のことが好きなんだろうか。




時々昔を思い出す。


「彼」に出会ったのが今から6ヶ月前。
今見ている風景も、何も変わってないけど、
私は時々、自分がわからなくなる。


6ヶ月前は、どんな気持ちでこの風景を見ていたのだろう。
どんな想いでここに住んでいたんだろう。


昔といっても半年前。
当時を思い出そうとしても、
最近はなかなか思い出せない。
だんだん当時の心象風景が灰色になっていく。


今置かれている状況と当時の状況は全く違う。
自分の仕事場を家の外に持つようになってから、
生活のルティーンも変わった。
夫と寝室を別にしてから、
6ヶ月前と今は、まるで違う世界のように感じる。


「彼」に出会う前、
ある程度、自分の状況を受け入れていた。
パーフェクトじゃないけど、これでいいと。


でも、時々日々の忙しさの中で、虚しさが襲ってくるときがあって、
それは、ふっとした時に襲ってきてた。


例えば、街に友達に会いに行った帰りとか、
洗濯物を干し終えた後とか、
村を散歩している時とか。




なんで私はここにいるんだろう。
何してるんだろう。。



どこかでこれは本物の自分じゃないと思ってた。
今いる自分は、仮の自分で、
本当の自分は、どこか遠いところにいるって。


縁もゆかりもない僻地に引っ越してきて10年。

旦那の実家が近いわけでもないし、
知り合いがいたわけでもない。


自分がそこに住んでいるというのを当時は受け入れられなかった。



そして虚しさは、そこから果てしなく深くなっていった。


でも、自分の力でどうすることもできなくて、
これでいいんだ、
何かのご縁があってここにいる。
これが私の運命だって受け入れてた。

家族がここにいるから私がいる。
それでいい、と。


10年もここに住んでいれば、
知り合いもできて、
今となっては孫のように接してくれるご近所さんたち。
畑の収穫の時期が来ると、
玄関のドアに野菜がどっさり置かれてたりする。


私のことをどこで見つけたのかわからないけど、
日本のテレビ制作会社から、
「海外の日本人」みたいな番組に出て欲しいと依頼も数回来た。
一度だけ、出演を受け入れた。
でも、その後、見世物にされてるような気分になり、
依頼は断った。


引っ越してきて仕事がなくて、
最初は、育児や家事に追われたりした。


アートを仕事にするのはなかなか難しくて、
収入がある月もあれば、
全くない月の方が多かった。


地元のアーティストさんたちと費用を分担して、
街に画廊として店舗を借りるようになった。
作品を発表したり、販売したりしていた。
けど、仲間割れして、そのグループは解散した。


お金を稼ぐために、自分ができることはなんでもした。
展覧会や個展を開く傍、
公民館で折り紙教室したり、
小学校の部活動の一環で書道教室もしたりした。
ボランティアで日本文化を紹介する行事にも参加した。
絵を教えて欲しいと言われれば、どこにでも駆けつけていった。


少しずつ、少しずつ人脈を広げていった。


数年前からこのままここにいてはダメだと思い、
海外のアーティストインレジデンスや、シンポジウムやビエンナーレにも
応募するようになって、海外に出る機会が少しずつ増えてきた。


少しずつだけど、自分の夢が叶っていく実感があって、
それはそれで幸せだった。このまま真っ直ぐ、上に登っていけるとおもっていた。


子供がいて、夫がいて、車があって家があって。
そして自分の夢を少しずつ叶えていく自分。


時々人から私の人生が羨ましいと言われたことがあった。
それは、当時の私は、全く予想もしない言葉でただただ驚いた。
家に遊びに来た友達に、自然が多くていいところだね。羨ましいって。
じゃ、あなたも住んでみたら、とは言えなかったけど、
本当に思っていないだろうなって心のどこかでそう思っていた。


気がつけば、自分は、人から「幸せ」な人生だと思われたいんだと思った。
いかに自分は「幸せ」かをアピールするようになっていた。
こんな田舎だけど、わたしはこんなに幸せなのよって。
「仕事もお陰様で忙しい。貧乏暇無し」って口癖のように周りに言っていた。
心のどこかで、田舎に住んでてもやっていけるというのを証明したかった。



本当は、虚しいのに。
「幸せ」の自分は本当じゃないのに。
一生懸命、仮面かぶって、自分を取り繕って。
自分に「幸せ」だと言い聞かせていた。

虚しい。


そんなときに、「彼」と出会った。
本当の自分がどんどん出てくるようになった。
(嫌な自分の方が多いけど。)


そうしたら、自分を大きく見せようとする虚栄心がだんだん嫌になった。
ならば仮面を少しずつ取っていこうと思った。
海外の仕事の予定も、すべてキャンセルした。
そうしたら、昔の何もない私に戻った。


周りの評価は少しずつ変わっていった。
ここは「専業主婦」という概念がない国なので、
仕事をキャンセルして、スタジオにこもって絵だけを描いてるというと、
仕事がない哀れな日本人として見てくる人が出てきた。


それでも、今は、前に比べると、充足感はある。
それは、少しずつ仮面を外して、
「本当の自分」に戻ろうとしているからなのか。


でも、わからない。
思い出そうとしても、思い出せない。
昔は、どうしてそれで幸せだと思っていたのか。
どんな気持ちでこの風景を見ていたのか。


自分の現状を受け入れたいとちょっと前にブログで書いたけど、
本当はまったく現状を受け入れていない私がいる。


それよりも本当の自分は今ここにいる自分じゃないと、
前より一層強く思うようになった。


ある意味、
前の自分の方が、
今の現状を受け入れていたんじゃないかって思う。
それが、仮の「幸せ」だったとしても、
目の前に広がる緑や山々に対して、美しいと感じることができた。


どうすれば、
私は、今の現状を受け入れることができるのだろうか。


どうすれば、
前みたいに、この風景を美しいと思えるようになるのだろう。



一体、私は、今どこにいるのだろうか。。



子供とは、前に比べると、関係が良くなってきたと思う。
叱るということはほとんどなくなった。
子供のしていることを受け入れれるようになってきた自分がいる。


夫のこと。
明らかに関係は変わった。
普通に生活するけど、
でもどこかで自分の心は、今でも夫をブロックしている。

夫もそれに気がついているので、
それ以上は私に近寄ることもない。
でも、前に比べて、夫に対して感謝の気持ちが出てきた。
夫のすごいと思うところもいっぱい見つけた。


でもお互いどこかぎこちないところがあって、
近い将来の予定の話とか、
最近は全くしなくなった。


それでも、毎日は普通に過ぎていく。
何も起こらなかったかのように、平穏に平和に過ぎていく。


人を受け入れるって、
言うのは簡単だけど、
なかなか難しい。


ここに今自分がいるのが
本来の魂の計画であるならば、
今なすべきことは、
自分と他人と現状を受け入れるということなのだろうか。


このまま、この「平和な日々」に、身を任せるということなのか。
このまま、波風立てず、この道をただひたすら私は進んでいいのだろうか。。


道は開けるのだろうか。。
これが、天に全託するということなのだろうか。。











昨日、ブログにおばあちゃんのことを書いて、
寝る前に、おばあちゃんに祈りを捧げ、朝起きたら、何か胸騒ぎがしました。


おばあちゃんに、何かあると直感で感じ、
夫に病院へ行こうと急かせ、
子供を連れて行ってきました。


病室に入ると、義理の両親がいました。
おばちゃんの様子を聞くと、朝から体調が優れず、呼吸をするのがやっとの状態が
昨日の晩から続いていたそうです。


おばあちゃんの枕元に立ち、肩に手を置いて、手をさすりました。
すると、半目を開けて、こちらを見ました。


「会いにきたよ。」


話しかけたら負担になるからダメと言われたので、
そう心の中でつぶやきました。


もう手を握り返すこともできない状態になっていて、
意識があるのかどうかもわからない様子だったけど、
私たちがそこにいたということは、きっと感じていてくれたと思います。


それから、数分後、おばあちゃんの呼吸に少しだけ変化がありました。
近くにいた義母に、ナースコールをしたほうがいいかと思うけど、、と聞くと、
様子は変わってないから、押さなくても大丈夫と言われました。


私はだんだん不安になり、おばあちゃんを見守っていると、
喉の奥から、痰が詰まるような音が少しして、
やっぱりナースコールを押したほうがいいと再度提案したけど、
それもやはり却下されました。。


気のせいかな、、。


表情は少しだけ口周りの筋肉がピクッと動いただけ。



その瞬間に、ゴロゴロと喉の奥から何かが出てくる音が聞こえてきました。


「やっぱり、ナースコール押そうよ。。」


それでも夫も義理の両親も、もう少し様子を見ようと一点張り。


そのあとに、おばあちゃんは、口から嘔吐し、そして鼻から液体が止まることなく流れてきました。


周りはパニクって、
私もパニクって思わず



「今から逝く」



と口にしてしまいました。




慌ててナースコールを押したけど、
結局ドクターが来てくれたのがそれから数分後。


すぐに部屋を出て行くように言われ、
病室の外で数分待って、
ドクターが部屋から出てきて、
「ご臨終です。」と。。




義母は泣きながらうなだれ、
夫は目に涙を浮かべていました。


私は、不謹慎かもしれないけど、



「おばあちゃん、逝けてよかったね。私たちを待っててくれてありがとう。」



と心の中でつぶやいていました。

おばあちゃんの死は、私にとってとても大切だと受け止めています。
おばあちゃんとの無言の会話ができたこと、
距離のあった義母と今回のことで少しだけ近くなったこと。
そして、子供たちに前から伝えたかった、
死は怖くないんだよ、ということが言えたこと。。

どれもこれも、おばあちゃんがギフトとしてくれたものだと受け止めています。


人間の死を初めて直面した子供には、

身体という服を脱いで、痛みや苦しみのない、神様のいるところへ旅立ったんだよ。
おばあちゃんは、空から見守ってくれているから、
おばあちゃんの旅立ちを祝福しようね。と言いました。



おばあちゃんの守護霊様。
無事におばあちゃんを天国まで連れて行ってあげてください。


おばあちゃん、安らかに眠ってね。





夫には、今年で94歳を迎えるおばあちゃんがいます。

数回しか会ったことはないのですが、
そのおばちゃんは、耳が遠いのと、
聞きなれない私の発音が理由で、
会っても挨拶ぐらいしかしたことがありませんでした。


そんな中、数日前、おばあちゃんが危篤状態で病院に入院していると
夫の元に連絡がありました。子供を連れてすぐにお見舞いに行きました。


その後、意識が回復してすぐに退院しました。
でも、十分な酸素が体に行き渡ってないとその後の回診で言われ、
またすぐに入院するようになりました。


私は、すぐに胸騒ぎがしました。
今おばあちゃんに会っておかなければ、
いつ会えるかわからない。


あまり関わったことのないおばあちゃんだったけど、


今会わないと絶対に後悔する、と。


そして腰の重たい夫を急かせ、
すぐにお見舞いに行きました。


私たちがお見舞いに行った日。
おばあちゃんの体調は、朝からあまり良くなく、
ずっと眠ったままでした。


私たちが病室に入る数分前に目覚め、
付き添いの親戚の人と話をしていました。


私たち夫婦の顔を見て、
何か喜んでいる様子。


私は、おばあちゃんの頭元に立ち、
気がついたら、おばあちゃんの手を握っていました。



無意識でした。



しわくちゃな腕。
パンパンに腫れ上がったおばあちゃんの手を握り、
ひたすらさすっていました。
変形している人差し指。
手の甲の火傷の跡。

どれもこれも、おばあちゃんが一生懸命生きてきた証。
浮腫んだ痛々しい手が、とても愛おしく感じられて、
そして美しいと思いました。


付き添いの人と夫は、
おばあちゃんの延命処置について話をしていました。
とにかく1日でも長生きさせたいと。


酸素マスクをつけたおばあちゃんは、
何か私に伝えようと必死だけど、
何を言っているのか全く分からず、
ひたすら、おばあちゃんの額を撫でていました。


そして私は気がついたら、自分のエネルギーを送り続けようとしていました。
おばあちゃんは、終始私の目を見続けていました。

おばあちゃんは、何か私に言いたいことがあるんじゃないか。
私は握った手に意識を集中して、
おばあちゃんと一体になるイメージをし続けていました。


それは、よく「彼」とすることで、
とにかく自分の意識を相手の意識に合わせるようなイメージで
深い深呼吸を繰り返します。

瞑想の時のように全神経を呼吸に集中して、
相手の呼吸と鼓動が一つになるイメージを持ち続けます。
そうすると自分の意識なのか、相手の意識なのか、わからない状態になり、
意識が遠のいていく状態になったことがありました。

気がつけば、それと同じことをおばあちゃんとしていました。
おばあちゃんの鼓動と呼吸を合わせる。
おばあちゃんの魂を
深呼吸と一緒に自分の中に吸い込もうとしている自分がいました。

するとおばあちゃんの手から、何か暖かいものを感じ、
おばあちゃんの手から送られてきた「何か」に対して、
私は、メッセージを送り返していました。





「おばあちゃん、苦しかったんだね。本当はあっちの世界に行きたいんだよね。」





無意識の行動でした。

すると、おばあちゃん、私の手をぎゅっと握りしめ、
2回まばたきで返事をしました。


一瞬の出来事でしたが、
それは確かに、おばあちゃんとの無言の会話でした。




私は、
おばあちゃんを
あっちの世界に送り出してあげたい。
94年間、貧しさの中、過酷な人生を送ってきたおばあちゃん。
村の農家の娘として生まれ、人生を全うしたおばあちゃん。


こんな私が言うのは変だとわかっているけど、
もう、あっちの世界に行ってもいいんだよ。
皆んなで引き止めてごめんね。
痛かったんだね。
苦しかったんだね。

1日でも早く痛みがなくなり、楽に逝けるように、私は今でも祈っています。
毎晩、心の底から、おばあちゃんにメッセージを送り続けています。


「ありがとう、おばあちゃん。」と。








彼には11年間親交のある霊能者の友人がいます。

その霊能者の方は、私たちが出会う数週間前に、
私のことをすでに予言していました。
タロットカードからの予言で、
事細かい私の情報がもうすでに見えていたそうです。
私の職業、身辺、国籍、背丈、風貌。
そしてその方は、「友達」として、彼に忠告をしました。


「その彼女(私)とは、お互いの家庭を壊す恐れがあるので
あまり深く関わらないほうがいい。」



そしてその二週間後に私と彼は、出会いました。

最初は、彼は予言のことは、私に話しませんでした。
そしてお互い、魂が叫びあっているように感じ、
尋常じゃないくらいに急速に引き合わされました。


彼と知り合うようになって、いろんなことが私の身に起こりました。
まず、彼とエネルギーの交流の時に、シャープな光の玉が見えたのもそのうちの一つ。

目を閉じた瞬間に、白と黄色のテニスボールサイズの光が、バスケットボールぐらいの大きさに膨れ上がり、ものすごいスピードでこちらに襲ってきて、そして私の体の中に入ってきました。
その光の周りに、糸のような7色の光線が絡み合っていました。
初めてのことで最初は戸惑いましたが、恐怖心はまったく抱きませんでした。
そして瞬く間に、その光は消えていきました。


ほんの数秒の出来事。
そしてその数分後に、彼のお父様が息を引き取りました。


あの強い光を見たのは、あれが最初で最後でした。
彼が言うには、あれは父親の魂だったのかもしれないと。


忘れないうちに、
私は次の日その光の玉を絵に描きました


そしてその後もその霊能者の方は、定期的に彼に私たちのことを予言していました。


数々の予言の中の一つに、


「私が彼を激怒させ、そしてそのことによって関係が終わる」ということがありました。


後になって彼から聞きました。
そしてそれから数日後、私たちは、大きい喧嘩をしました。

彼に私の過去をごまかして説明したことでした。
それが彼に知られ、そして彼は傷つき、怒りをあらわにして、
私の前から去っていきました。
付き合いだして2ヶ月頃の出来事でした。


別れた後、私は、胸元あたりに強い痛みを感じ、
体が重く感じ、
食欲がなくなりました。
いつかは忘れられると思い、
ただただ時間が解決してくれるとそう願っていました。
連絡が取れなかった時期、彼は原因不明の病気にかかりました。
肺のあたりの痛みが続き、呼吸困難な状態に陥ったことがあったそうです。


それから10日後。彼からもう一度やり直したいという内容のメールが来ました。
私は、これ以上先に進むことはできないと断り、
ここでやめないと、周りを巻き込むことになるので、
関係は終わりにしたいと告げました。


私からは連絡を絶ちました。


そしてその二週間後。
私は自分の体調の変化に耐えられず、自分の気持ちを彼に伝えました。
そして私たちは、自分たちの魂の声に逆らうことができず、またよりが戻りました。


その霊能者は、今彼に、こう言っています。


あなたたちは、どんなことがあっても離れることはできない関係で、
神のもとで一つになることを約束された魂同士だと。
自分たちがどうあがいても、周りの障害がどれだけ多くても
最終的には一つになる運命にある。
気がついてないかもしれないが、
離れていてもテレパシーを使い話しすることができる。
二人が一緒になれば、周りに幸せを運び、財運、仕事運も全てが上手くいくと。


今まで私は占いは、信じないようにしていました。
でも、彼が11年間も信頼していた霊能者の言葉だから、
当時の私は素直に喜びました。





でも今は少し違う。



そのことで、私の中で、「ツインソウル」という言葉に執着していたのかもしれないと思うようになりました。そしてその予言にも。


ツインソウルだから、仕方がない。
夫に向き合わなくても、仕方がない。
なぜなら、私たちは「ツインソウル」だからと。
なぜなら、彼は、「運命の人」だからと。



でも、その執着自体が、自分の現状から逃げるための言い訳だと気がつきました。
ツインソウルという名の執着で、自分の首を絞めていたということにも。



ならば、もう手放そう。
振り出しに戻りたい。


ツインソウルかどうかはもうどうでもいい。

ツインソウルの彼としてじゃなく、
「彼」として彼と向き合いたい。

そして今の現状をキチンと受け止めて、
夫とのこと
子供のこと
家族のこと
真摯になって受け止めていこう


ツインだから許されることは何も存在しない。


全ては全部自分に返ってくる。


後悔しないように、
自分の魂の声に耳を傾けて
今の現状をあるがまま受け止めていきたい。



「ツインソウル」の情報を知って、助かった部分はかなり大きいです。
でも、それで自分の首を絞めていたら本末転倒なのかな。


目には見えない今の自分のこの気持ちを信じて
目の前にいる人たちと向き合わないと何も道は開けてこないのかな。



最近は、自分の「守護霊」という存在を感じてしまう時がある。
私は、別に特別な能力があるわけでもないし、
霊を見たことも聞いたこともない。
あちらの世界と交信ができるわけでもない。

私は、ある時まで、霊感は強い方だったと思う。
昔、留学時代に、不思議な経験を何度かした。
それは、街で買い物をしていた。
突然何か胸騒ぎがして
何かに引き寄せられて街を歩いた。
数時間休むことなく歩き続けた。

気がつくと自分の知らない場所にいた。
どうやってそこにたどり着いたのか、
全くわからない。
町外れの郊外にいた。
歩き疲れたので目の前にあったベンチに腰をかけた。
丘の上に自分がいたと、周りを見渡した時に気がついた。
そして今までの胸騒ぎが嘘だったかのように
心が瞬時に落ち着いた。
胸騒ぎが消えた。
足元を見ると、そこに墓石があった。

何かに引き寄せられてそこにたどり着いた。
その時に、初めて恐怖を感じた。
無意識でとった自分の行動が恐かった。
自分が目に見えない何かに操られているようで
不安になった。

それから似たような経験を何度かした。
その時から、自分に強く言い聞かせた。



「私は、目に見えないものは何も信じない。
科学で証明されないものはこの世に存在しない。」



と。


そうすることで、恐怖は一瞬で消えた。
暗闇の中にいても恐れることもなくなった。


でも、最近は、自分の中で変化が起きている。
目に見えないものが確かなものであることに。

特にここ数日は、私の守護霊様が何かの気づきのメッセージを送っているようにしか思えない。
どうして守護霊だとわかるのか。
もしかすると空耳なのかもしれない。
違う存在なのかもしれない。
けどそれは確かに、心の耳をすませば、
はっきりと聞こえて来る。

それは、ふっと湧き上がる。
ひらめきのように、
尋ねると、必ず答えが返ってくる。
その時の私に必要なメッセージが。

今日は、スタジオで絵を描いていて、
気分は全く乗らなかった。
特に何か嫌な感情があるわけではなくて、
ただ、ただ、何か気に入らない。
どんよりとした気分だった。

それが一日中続いた。
胸の奥に痛みがあった。

何を見ても感動もしない、
好きな人を思ってもワクワクしない。
自分の心が死んでしまったのかと思った。

なにか心がブロックされているような感じだった。
なにかわからなかった。



心に問いかけた。

「教えてください。今、私に何が起こっているのでしょうか。
何を気がつけと言っているのでしょうか。
この不満足はどこからくるのでしょうか」



数分後に、
どこからともなく、
その答えが現れた。


そこには、何も前触れなどなく、
本当に、
いきなりぽっとメッセージが送られてきた。




「あなたは、愛を与えていますか?」





と。


ハッとした。
ドキッとした。
確かな声だった。

思い返せば、私は、愛を受け取ることだけに気をとられていた。
もっともっと愛して欲しい。
もっともっと欲しい。


好きな人に対して、
夫に対して、
子供に対して、
今の現状に不満足を感じていた。

それがわかった瞬間に胸の痛みが取れた。

私は車の運転中だった。
子供の習い事の送り迎えをしていた時だった。

そのひらめきのようなメッセージの直後に、
空は曇りだったけど、ほんの数分だけ、
その時だけ雲の隙間から太陽が出てきた。

そして小田和正の「確かなこと」が車の中で流れた。
偶然とは思えないぐらいのタイミングだった。



『たしかなこと』 歌詞

唄 小田和正
作詞 小田和正
作曲 小田和正

雨上がりの空を見ていた 通り過ぎてゆく人の中で
哀しみは絶えないから 小さな幸せに 気づかないんだろ

時を越えて君を愛せるか ほんとうに君を守れるか
空を見て考えてた 君のために 今何ができるか

忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
そのために僕らは この場所で
同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ

自分のこと大切にして 誰かのこと そっと想うみたいに
切ないとき ひとりでいないで 遠く 遠く離れていかないで

疑うより信じていたい たとえ心の傷は消えなくても
なくしたもの探しにいこう いつか いつの日か見つかるはず

いちばん大切なことは 特別なことではなく
ありふれた日々の中で 君を
今の気持ちのまゝで 見つめていること

君にまだ 言葉にして 伝えてないことがあるんだ
それは ずっと出会った日から 君を愛しているということ

君は空を見てるか 風の音を聞いてるか
もう二度とこゝへは戻れない
でもそれを哀しいと 決して思わないで

いちばん大切なことは 特別なことではなく
ありふれた日々の中で 君を
今の気持ちのまゝで 見つめていること

忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
そのために僕らは この場所で
同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ

どんな時も きっとそばにいるから



今まで何度も聞いたことのある曲だけど、
今日は、また違ったように感じた。


守ってくれていることに対して、
愛を注いでくれていることに対して、
感謝の気持ちでいっぱいになった。


どんな時も きっとそばにいるから



ありがとうございますと何度も心の中でつぶやいた。
自分の日記として、書いた記事です。


━─━─━─━─━─
結婚生活には、今まで不満は特になかった。
経済的な安定。
そして子供達。

夫に最初に出会ったのは、お互い、学部が違うけど同じ大学に通う大学院生だった。

その頃私は、今住んでいる国ではなく、違う国で絵画留学をしていた。
大学院でアートを学び、そしてひょんなことから、今住んでいる国に短期留学が決まった。

今住んでいる国に短期留学で滞在して数ヶ月して夫に出会った。

夫に初めて出会った時。

誠実で真面目そうな印象だった。
私の頭のどこかで、
世の女性は、こういう人と結婚すれば幸せになれるはずだと、直感的にそう感じた。

結婚して幸せな家庭を築くのならこの人だと思った。
計算していた。

彼が私に好意を持ってくれているとわかると、
その好意に甘えていた。

気がつけば夫に恋している自分がいた。
人前で手をつないだり、
こういう恋愛がしたかったんだと。
恋している自分に酔っていた。

この人なら親にも会わせられる、
適齢期に差し掛かっていたので
親も結婚をほのめかすようのことも言っていたので、
親に結婚相手として紹介するのなら、この人以外いないと思っていた。

彼との恋愛は、
今までの恋愛とは少しちがったけど、
安らぎと安心をもたらせてくれた。

結婚する前、同棲していた時期がある。
最初は首都の中心部に住んでいた。
小さいアパートだった。
結婚の準備や仕事のため、私だけが3ヶ月ほど日本に帰らないといけない時期があった。
その頃、その小さいアパートから引っ越しすることを話していた。
もう少し広いところへ。
家を買いたいというのは前から言っていたことなので理解していたけど、
購入する時は私もそこにいたいので待ってほしいと願い出た。
結局、彼は、当時の物価高騰が理由で、私を待たずに先に一人で田舎に家を購入した。

ヨーロッパの田舎村。
日本人なんて私しかいない。

ショックだった。
待ってて欲しかった。


私は日本の仕事を終えて、彼の元に帰った時、
そこで初めて家に連れて行かれた。
今日から、僕たちはここで住むからと彼に言われた。
私は、将来の生活の不安だけが募っていった。

当時は車の運転も出来なかった。
足がなかった。
仕事も何もなかった。
そして言葉もわからなかった。

孤独だった。
家の外を出れば、日本人だからといって面白いものを見るように見られ、
自分の肌を出さないように、髪の毛を出さないようにしていた。

そして村の生活に慣れず、
引きこもり状態になり
気がつけば鬱になっていた。
すべてがもう嫌になっていった。
結婚して2年目だった。

そんな時上の子ができた。
育児に追われた日々が続いた。
幸せだった。
私の人生これでいいんだと思った。
それからすぐに下の子ができた。
年子だった。
下の子ができた時、私はすぐ産後鬱にかかった。

子供の泣き声を聞くと、体が硬直して、子供を抱くことができない時期があった。


母親失格だと思った。
子供を抱くことができない母親なんて存在しない方がマシだと思った。


育児に疲れていた。
頼る人がいなかった。
ガンガン関わってくる姑との関係に悩んでいた。
言葉がわからなくて、
何も自分でできなくて
惨めだった。

すべて彼のせいで私の人生は狂ったと思った。
彼を責めた。


私を待たないでこの家を買った彼のことを心のどこかで許すことができなかった。

すべては、全部自分で選んだことなのに。
彼を責めた。


気がついたら夫を男性としてみていない自分に気がついた。
それでも、結婚生活はこういうものだと受け入れた。


結婚して5年ほど経つと、
夜の生活がだんだん嫌になってきた。
夫には少し変わった性癖があって、その頃から目立ってきた。
それは私の人格を否定するような性癖だった。
彼は最中は私を愛していたのではなく、
彼の想像の別の女性を愛していたのだと気がついた。


気持ち悪くなり、夫を受け入れたくなくなった。
それでも強要されれば、すぐにことが済むと思い、
私もそれを受け入れた。


その頃、私は3人目の子供を妊娠した。
予定外だった。
育てていく自信はないといった。
その前に、その子供は天国に行ってしまった。
やっぱり私は母親失格だと思い、
また自分を責めた。

その頃から、夫との間に見えない深い深い溝が生まれた。


私は、夫を受け入れることができるのだろうか。
夫を許すことができるのだろうか。


夫に愛されてないとずっと感じていた。
でも、本当は自分が夫を愛していなかったんだと気がついた。


夫は、辛い時期、私のそばにいてくれた。
私の不満も、だまって何も言わず聞いてくれた。
彼なりにサポートをしてくれた。
私が彼の愛を受け止めれなかった。

私は彼に何をしてあげていただろう。
彼に愛を与えていたのだろうか。
受け取るばかりに気を取られて、
愛されてないと拗ねて
自分は被害者だと思って、
そしてすべてを周りのせいにしていた。



因果応報



全ては自分に返ってくる。

すべては自分で選択したこと。
彼と結婚するのを決めたのは自分。
ここに引っ越してくると決めたのは自分。
今ここでいることを決めているのも自分。

私は、今までの自分を受け入れて、自分を許すことができるのだろうか。

ツインの彼のことで頭がいっぱいになり、
夫とのことは考えないようにしていた。

私は、目の前の夫に対してきちんと向き合っているのだろうか。
ツインソウルという概念に出会ったのは、
彼と知り合ってから4ヶ月経った頃でした。

彼と連絡をSNSで取り合うようになり、
「なんだこれは。。」と疑問に思うようになっていました。

今までの過去の恋愛パターンに当てはまらず
相手への惹かれ方が尋常じゃなく、
そして時に彼への反発も猛烈で、
自分の感情のコントロールができないような日々を送っていました。

既婚者で子供がいる状況。
彼らの前では、何もなかったように平常を装い、
そして無理がでて、
数ヶ月、原因不明の頭痛と胃痛に悩まされていました。

毎日、自分を責めながら、
かといって、彼を愛する自分を抑えることができなくて、
毎日苦しかったです。

誰かに聞いてほしいことも、
誰にも相談できなくて、
ただの不倫でしょ、と片付けられるだろうなと諦めていました。
でも、既婚者同士の恋愛だから所詮不倫は不倫なんだろうなって思っていました。
このまま彼と連絡を取り続けた先にあるものって
いろんな人を傷つけるだけだと思っていました。
早く辞めなければ、後戻りできなくなる。。


自分の中で答えが出ないまま、
ぐるぐるぐるといろんな考えが駆け巡り
頭の中がぐちゃぐちゃになっていました。


そんな時、インターネットで占いサイトに流れつき
そこで「運命の人」という単語を発見し、
深く考えず、「運命の人」って検索かけて、
目にした言葉が、「ツインソウル」でした。


それらのサイトを読んでいくうちに
気がつけば涙が出ていました。


それは、自分の家に帰ったような、安堵感でした。

肩の荷をおろして
自分が初めて呼吸できた。。
自分の居場所を見つけたような感じでした。


スリピチュアルに精通している彼に、
すぐに聞きました。
彼は「ツインソウル」という言葉は聞いたことがないと言いました。


でも、最初の頃に言われたことがありました。


「僕たちは、もともと一つの魂で、それが二つに分かれ旅にでたんだ。」


と。


当時、彼になぜそう思うのか何度も聞きました。
彼は、「僕の魂がそう言っている」だけの一言でした。


それから、二人で、スカイプ上で英語のサイトを読んでいきました。


自分たちの身に起こった不思議な出来事など
いろんなことがあまりにもしっくりいき、
二人で何度も、目を合わせ、
そして驚きのあまり言葉をかわすことができず、
ひたすら読んでいきました。


今は、もうなにも苦しくありません。
最初は自分の現実逃避だと思っていたサイトやブログも、
もう逃げ場ではありません。

自分を直視できてから、
いろんなことがしっくりいき、
自分の中で何かが変わっていく感覚があります。
いろんなことが不安定だったツインの彼との関係も
今は安定して
お互い理解を深めているように思います。


状況はいたって変わっていません。
夫がいて子供がいてそしてツインの彼がいます。
将来どうなるかわかりません。
でももう答えは探さないようにしました。

先にある答えはもうどうでもいいなと思っています。
彼と結ばれるかどうか
どういう将来が待ち受けているかどうか、
結果にこだわるんじゃなくて、
この今感じる気持ちを見つめていこうと。


ブログを始めたのも、
そんな自分の軌跡を残しておきたいと思ったから始めました。

これからも自分を見つめていく手段として
マイペースで書いていこうと思っています。