「値下げ同盟」
公園デビューという言葉がある。
私も似たような経験がある。
数年前、家内と隣町のマーケットに行くことがあった。
それは夕方のことで、家内が野菜を物色する間、手持無沙汰の私は独り離れて惣菜コーナーの前にボンヤリと立っていた。
すると、サンダル履きの、これもまた人待ち顔の高年の男性が近づいて来た。痩せて浅黒い顔をし、どことなく独り者のうらぶれ感が漂う。
すれ違いざまに私と目が合うと、ニヤッとして言った。
「もうすぐだね」
その言葉には何か、仲間の人間に対する親近感のようなものが感じられた。
数分後、店員が忙しくラベラーを使い、値段票を張り替え始めた。どの惣菜も次々と値段は半額になっていく。
時計を見ると18時であった。どうやら毎日、18時になると売れ残りを嫌い、惣菜は半額に値下げになるものらしい。
なるほど、さきほどの男性は、私もまた値下げ待ちの独り身の中年男とでも思ったのであろう。あとで、その話をすると家内は大笑いした。
「あなたも仲間に入れて貰ったのね」
そのことは忘れていた。
それを思い出させる出来事があったのは一昨日だ。
予約していた歯科治療を終えた私は、果物を買おうと思い立ち、途上にある農畜産物販売所に車を停めた。
西瓜を選んだのだが、出始めなのか高価である。
一番安価な一個を購入したのだが、それでも値段は1,300円で大きさも、やっとソフトボールを一回り大きくしたくらいであった。
ついでにせまい惣菜置き場を覗こうとすると、男性が一人そこに張り付いていて邪魔である。
痩せて、たそがれ感の漂う老人である。
横から窺うと美味そうなコロッケがあった。
「ちょっと御免なさい」
そう言って手を伸ばし、コロッケのパックを取り上げ買い物かごに入れた。
立ち去ろうとすると老人は言った。
「ちょっとちょっと、あと三分で半額になるよ」
時計を見ると16時直前だ。直売所の惣菜値下げは早いようである。
「それまで元に戻しときなさいよ」
老人は彼の作戦も打ち明けた。
「これとこれは僕が買うつもりだが、コロッケは譲るよ」
私は一瞬迷ったが、せっかくの助言を無にも出来ず、パックを元に戻した。
老人は狙った総菜を確保するためか、そこに立ち続けている。
まさか私も並んで立つのも嫌なので、遠く離れたお菓子コーナーで待っていた。
16時になったが店員が来た様子も無い。よそ見をしていると、先ほどの老人が私に向かい大声で呼びかけた。
「おーい!もういいよー!」
近くにいた主婦たちが一斉に私の顔を見た。
老人は予定の惣菜を手にするとさっさとレジへ向かった。
私は苦笑いをしながら惣菜置き場に戻り、半額になったコロッケを手に入れた。
自宅に向け車を運転していると 「連帯」 「戦友」 という言葉が心に浮かび、可笑しくなった私は独りで笑いこけた。