居候のMが居ないときに、

Mの荷物が届いた。着払いで。

段ボール箱いっぱいのマンガ本。

Mはこういう、非常識極まりないことを平気でやる。

しかも、明日、引っ越すのだ。

新居の方に送ってもらえばいいのに、

わざわざ荷物を増やす。

俺は着払いの2000円を、たまたま持っていなかった。

その時に思い出した。

妻が、通販なんかで物を買うときに、

ここから払っといて
という置き金があるのだ。

テーブルの下の段の黒い手帳にはさんである。

そこから出して払った。

その時、

たまたま手帳の中身を見てしまった。

その手帳には、今日指名が何本で…という仕事の記録が書いてあった。

事務的な記録。

今更、そんなの気にしない。

しかし、そのしばらく後のページに

一日ごとのページがあり、2~3行日記的なものを書くスペースがある。

パラパラとめくると、

やたら同じ人物の名前が出てくるのに気付いた。

Aさん大丈夫だった~安心した

(ある日曜日)Kちゃんと「アバター」観る予定がいっぱいで断念…そのあとA氏と合流してごはん

2/7日曜日Aさんの病院行ってきたー わくわくしたー 新宿でドレスみて そのあとAさんとまたのんだよ なんかヤバイなぁ

Aさんと○○倶楽部(スーパー銭湯)

2/10 Aさんがお店まで送ってくれて(同伴?) 店で貧血で具合悪くなって、結局終わるまでAさんが店の外で待っててくれて、送ってくれた

2/13 バレンタインデーイヴ Aさん同伴してくれて チョコケーキとキーリングよろこんでくれたよー
よかった

2/14 LIVE終わってから 新宿でお買いもの がまんしてAさんには連絡しなかったよ

2/21 Aさんと御殿場 アウトレットでスノボウェア買ってもらいました ドライブたのしい♪

 
前のページを見ると、2月はすさまじいペースでA氏が来店しているし、

日曜日にどっか出かけるのもA氏と会っていたのだとわかった。

最近やたらとアフターだと言って、朝帰ってくるのもほぼA氏だった

スーパー銭湯は…同僚の子と行ったのだと思ってた。このスーパー銭湯には、11/22の「いい夫婦の日」に夫婦で行ったのだ。裏切られた気分になった。

病院に行ったとあるから、医者なんだろう。

とにかく、愕然とした。

あんなに仲良かったのに、最近急に態度がおかしくなったような気がしていた。

この「日記」にはほぼA氏の名前しか出てこない。他の客の名前はほとんどない。

で、店には特に水曜と土曜(次の日、病院が休みだからね)必ず来て、毎週のように日曜日も会ってる。

単なる客じゃないな、だって「なんかヤバイ」んだもんな。

「がまんして」連絡しなかったんだよな。

そう思うには十分過ぎた。

この日は練習だったので、深夜に帰った。

勿論、妻も深夜に帰ってきた。

そこで、

俺がこう切り出した。

「やっぱり、引っ越しするのやめよう」

11日から、

自分なりに考えて

これからは俺が働いて、

妻に水商売は上がってもらおうと思っていたし

手帳を見てしまったから、

もう続けさせられない。

引っ越しして、費用を会社に出してもらったら

あと1年は辞められないし、

更新料の7万円払うのと、

引っ越しで60万円使うのと考えると

今のところに住んだ方が…

色々考えた結果だった。

そこで、

妻は俺に

Mと一緒にTさん家に住め

Y市の新居にはあたしが一人で住む

仕事は絶対辞めない

生活のレベル落としたくないから

辞めさせたいなら月に50万稼いで来い



こないだの「K県の実家に帰る」から

話が変わっていた。

もういっそ、

二人でK県帰ろう、俺はマスオさん状態で君の実家で暮らすよ。

それで君と一緒に居られるなら、音楽も諦めてもいい。


そう言った。感情が高ぶっていた。

バンドは絶対続けろ 何のために上京したのか?

何のためにあたしが今まで支えてきたのか?



つまり、

また二人で暮らせる道は

俺がI市のTさんの家に住んで、夫婦別居。

妻はY市の新居に一人で住む。

バンドでビッグになって、

大きい収入を得られるようになったら、

元のサヤに戻ってもいい。


ということだ。

いやだ、

離れたくない、

離れたら、気持ちも離れる。

今の状態で、頑張るから、

一緒に居てほしいと


でも妻は何が何でも…と話は平行線

その内、

苛立ってしまい、

また怒鳴って、

テーブルをひっくり返して怒ってしまった。
LIVEを久々に妻が観に来てくれた。

日曜日だったから。

次の日(15日)もLIVEだったので、

メンバーがウチに泊まりに来た。

壁一枚隔てて人が居る…と

燃えるのか?

妻は求めてきた。

俺はそれに応じた。

数日前のこともあって、

妻に対して

ちゃんと言ってあげなければいけないと思って

最中、愛してる愛してると囁いた。

妻も、愛してると言ってくれた。

子供ができると働かなきゃいけないから、

子供が欲しくないんじゃないか?

そう思ってるかもしれないとか考えて

中で出した。

SEXの後も

さらに手でした。

久々にベッドにシミができてしまった。

これが、一番最近のSEXになってしまった。

これ以来、していない。
武道館に二人でLIVEを観に行く。

楽しかったし、幸せだった。
二人で不動産屋に行った。

Y市郊外に新居を決める。

手付金も払った。

新築の、きれいなところ。

二人で住むから、

間取りも二人で住む用に。2DKだったかな?

二人で住む家を決めたら、

これで別居の話も無くなるだろう、

そう思った。

都内や、

練習場所のI市には遠くなるが、

仕方ない。
ココからは、時間軸の通りに書く。

つまり、実際に2月9日に起こったことだ。


突然、夫婦とMの居る食卓で、

K県の実家に帰ると妻が言い出した。

別居しよう、と。

籍も抜かないし、

待ってるから、

いつか迎えに来て、

と。

Mは凍りつく。

俺は焦った。

曰く、

実家の家族のそばに居てあげたい。

実家をリフォームしてあげたい。

俺はMと一緒にI市のTさんの家に居候しろ、

ということだった。

とりあえず部屋を移動して、話し合う。

先日、Mが働いていた店のマスターが亡くなった。

その店には夫婦で何度も行ったことがあるから、

すごく身近な人が亡くなったことで、ショックを受けた。

それから、

一人で考えて、

実家に居たいとの結論に至ったという。

俺が働かないことも原因だという。

もう限界だ、と。

引っ越しは取りやめだと。

そこは

説得して

やっぱり家を見に行こう。

環境が変わって、気持ちを切り替えて、

ちゃんと働くし、

新たに出発したい。


と言った。

とりあえず、

家を見に行くことになった。
上京したら、

音楽業界でなにか小仕事見つけて、

やり始めるよ。


そう言って出てきたが、

俺は腐っていた。

ダラダラと過ごした。

もう、腐りきっていて、

浮上するきっかけを失っていた。

何度か小さな衝突があった。

そろそろ働いてというような。

その時は

俺は怒鳴って、無理矢理話を終わらせた。

バンドのメンバーも決まって、

ますますバンド以外のことをする気がなくなっていった。

時間があって、お金もある、

そんな俺に

他のメンバーは頼るようになっていった

録音にネットや紙資料制作、あらゆる裏方的作業を一人でやった。

全国ツアーの高速代ガソリン代、全て立て替えた。

スタジオ代がない、楽器の調子が悪い、

物販の商品を業者に注文…

そういうのは、最初から俺が立て替える前提で話が進んだ。

つまり、それは妻が一人で払っていたのだ。

ツアーの翌月はカードの支払いが12万円を超える時もあった。

妻はまた、6月からY市で夜の仕事を始めた。

バンドメンバーのMが遅れて9月に上京してきた。

もともと浪費家のMは上京するための資金を貯めることができなくて

なしくずし的にウチに居候することになった。

壁を隔てて、Mが寝ている。

声を聞かれたくないとか、

そういうことから、SEXの回数は減っていった。

20代の妻、30代の俺、性欲に差があったかもしれない。

しんどい日や義務のように思う日もあったかもしれない。

元々、バンドの客だった妻。

妻は俺が音楽をやっていれば満足という人だった。

そこに甘えて甘えて、

とにかく

全てをサボる、

全てに無気力になっていった。

男はいつまでも子供でいられる。

妻は

いつの間にか大人になっていた。

2009年いっぱいで

水(水商売)上がるから。

で、そろそろ子供が欲しい。


そう言われても、

よし、俺もパパになるんだ!

仕事始めよう!がんばるぞ!


という気持ちに、なかなかなれなかった。

妻の店の社長が

もう一年働いてくれるなら引っ越し費用を出す

と言っているので、

もう一年やろうかな~?

と言い出した。

家探しのサイトをよく見るようになった。

2010年の4月で更新だから、

それを機にもうちょっとY市に近いところに引っ越したい。

ということだった。

俺もいよいよ覚悟を決めて、

そろそろ働くよ、と。

引っ越したら、

その引っ越し先の近くに職を探そう。

と言った。

妻との幸せな結婚生活は続いた。

毎日が幸せだった。

もう、付き合い始めてから3年経っていたが、

相変わらずいちゃいちゃしていた。

顔を合わせるたびにKISSをした。

必ず、一緒に風呂に入り、

シングルベッドに寄り添って眠った。

SEXも、週3回くらいはしていたと記憶している。

ただ、病院に一緒に行くという話は忘れ去られていた。

妻は相変わらずナンバーワンで、稼いでいた。

今更、アルバイトを始めたって、

そんな微々たるお金、なんの足しにもならないだろう。

劣等感で、どんどん腐っていった。

妻に甘えることにも、

妻のお金を使うことにも、

感覚がマヒしていた。

ヒモだ、なんて開き直った。

だんだん抵抗がなくなっていった。

ある日、

妻が熱があると言っていたので、

仕事休みなさいと俺が言うのだが、

どうしても行かなきゃ、と言う。

じゃあ俺が店まで車で送るよ、と言うと、

いや、いいと言う。

不思議に思って玄関先で見てると

いつもと逆方向に歩く。

明らかにおかしい。

無理矢理腕を引っ張って

家に連れ帰り、

携帯を見せろ、と言った。

家の近くの駅に

店の客を迎えに来させていた。

妻の店は同伴禁止だ。

これには頭に血が上ってしまった。

そいつに電話をかけて文句を言った。

今思えば、

そこまでする必要はなかったが。

それと前後して(記憶が定かではない)、

SEXのあと、

やっぱり○○君(俺の事)じゃなきゃダメだな~

みたいなことを言われた。

他の人としたの?

と疑ざるをえない発言だったが、このことは真相追及していない。

俺は相変わらずバンドを続けていて、

解散したりメンバーチェンジしたり、

色々あったが、

F県に居てもしょうがないという結論に至り、

上京することにした。

2008年4月、

関東某所に引っ越した。
仕事を辞め、落ち込んでいる俺を

Tちゃんは外に連れ出した。

外の空気を吸わせようとしてくれた。

ある日、

俺から言った。

ちゃんとご両親に挨拶がしたい。と。

同棲していることは内緒だった。

ご両親はうすうす感づいていたかもしれない。

G.W.だった。K県のご両親に会いに行った。

ただ、顔を見せに行ったのだが、

「で、いつ籍入れるの?」

と、もう話が決まっていた。

拍子抜けというか、

あ、結婚してもいいんだ。と、思った。

結婚記念日は

二人の記念日であり、

尚且つご両親の

結婚記念日でもある

○月○日がいいと

以前から決めていたので、

それからバタバタして手続きをした。

Tちゃんは、俺の「妻」になった。
俺は自分のおかしな精神状態に気付けなかった。

あきらかに腐っていた。

夜勤の検査会社は

スキルが上がって

効率よく、本来28時までかかる仕事と同じ量の仕事を

24時に終わらせられるようになっていった。

社員には大変重宝がられた。

しかし、時給なので、食えなくなっていった。

ダラダラやればいいのだが、

せっかちなのでイライラしてしまって、できないのだ。

2007年3月、

会社の前まで行って、引き返してしまった。

おかしな精神状態になっていた。

軽い鬱かもしれない。

数日経ち、

Tちゃんに

仕事行ってないでしょ?

と言われた。

泣きながら、「一緒に病院に行ってくれる?」と聞いた。

Tちゃんは俺を抱きしめ、

「あたしが守ってあげる。お金のことは心配しなくていい。」

と言った。
2004年の4月からTちゃんとの同棲生活が始まった。

楽しかった。幸せだった。

Tちゃんは最初はテレアポのバイト等をしていた。

俺はバンドをしながら、夜勤の臨床検査会社で働いていた。

生活の時間帯が合わなくて、寂しい思いをさせていたと思う。

2006年の4月4日、Tちゃんは夜の仕事をすると言い出した。

はっきり言って、イヤだった。

可愛いくて仕方のない彼女が、エロ親父相手に酒を注ぐなんて、ゾっとする。

まさか、無理だろう。人見知りだし、どうせ続かないだろう。

そうタガをくくっていた。

事実、1日目は首筋にキスマークをつけられ、泣いて帰ってきた。

俺もすごくイヤだったし、本人もコレで懲りたろうと思った。

しかし、Tちゃんは辞めなかった。

4月16日のTちゃんのBLOGに

「彼氏と、時間が合うようになった。幸せドキドキ

と、書いてあるのを見て

これでよかったんだ。

と、

無理矢理納得した。

お店は「同伴、アフター禁止」のライトな店で、

そこも、なんとなく安心させてくれる理由でもあった。

いつの間にか、Tちゃんは店のナンバーワンにのし上がっていた。

普通のサラリーマンでは到底稼げないような額を稼いで来た。

俺も、

感覚がマヒしていった。

週に何回も焼肉やら寿司を食いに行くことに、

違和感を感じなくなっていった。