O 10周年2本目のテーマは「ボートレース」でやってみたいと思います。我々の対談には競馬はわりと出てくるんですが、ボートレースについて触れるのは初めてですね。

T まあ、いつも競馬に行くのとセットで対談していたからね。

O なんでこのテーマを取り上げたいと思ったかというと、今年初めてボートレースを見に行ったんですね。それで、少しはT君に近づくことができたような気がして(笑)、ボートレースで話してみようと思った。

T では行ってみた感想を聞いていきましょうかね。

O その前に呼称について確認しておきたいんだけど、「ボートレース」なの?「競艇」なの?

T 僕もそれ気になってた。競馬、競輪と並ぶんだから「競艇」だよね。

O でも最近「ボートレース」の呼称のほうがよく聞く気がして、そのへんどうなってるのかなと。

T 世間的には「競艇」と呼ばれるけど、オフィシャルには「ボートレース」だね。入りでO君が「ボートレース」と言っていたから、ちゃんとオフィシャルに従った呼び方をするんだと思って聞いてたよ。

O そうなんだ、発信する側からすると「ボートレース」が正しいんだね。てっきり「競艇」だとイメージが悪いから、あえて「ボートレース」の呼び方にシフトしようとしているのかと思ってたよ。

T そう、たぶん独断と偏見で言うと、イメージ改善のために業界的には「ボートレース」って呼ぼうとしてるんだと思うけど、そうは言っても結局は「競艇」だよね。

O このテーマを掲載するときに、タイトルを「ボートレース」にするか「競艇」にするかが深刻な悩みだったんだよね(笑)。イメージを考えると「ボートレース」のほうがいいのかな…って。そこを最初にはっきりさせておきたかった。

T でも言いやすさだと「競艇」のほうが短いからね。

O じゃあ「競艇」って言いますよ。もう口が「ボートレース」の口になっちゃってるけど(笑)。

T 競馬・競輪よりもオートレースに寄せたかったから「ボートレース」にしたんじゃないかと僕は推測しているけどね。競馬・競輪とオートレースの間にどれほどの違いがあるのかもよくわからんけど。

O で、その競艇をなぜ急に見に行こうと思ったかだけど、『千鳥の相席食堂』という番組で、番組が何かの表彰でもらった賞金を競艇で賭けて増やそうという企画をやっていたのを見たんだよね。

T 発想がYouTubeだな(笑)。

O 峰竜太さんというあのタレントの峰竜太さんと同じ名前の競艇界のヒーローのような方がいて、タレントの峰竜太さんがその峰竜太さんに賭けに行くという内容だったんだけど(笑)、それを見てて面白そうだったので競艇に興味を持った。

T それで、実際に現地に行ってみてどうでしたか?

O いつも行く競馬を想像していると、ちょっと地味な印象だったのが正直なところかな。競艇もいつも開催しているわけではないから何かしらのイベントだったはずだし、ゴールデンウィークでもあったんだけど。

T 競馬は大きいレースのときしか行ってないからそう思うだけで、普段の平場のレースなら似たような感じだと思うけどね。ただ、見方を変えれば競艇は中央競馬に比べてより身近なギャンブルと言えるんじゃないかな。

O たしかにいるお客さんもレジャーに来た人というよりも、日常の延長線上でそこにいるような人たちばかりだった気がするな。

T ハレとケの違いかな。中央競馬のG1がお祭りだとしたら…

O ただ淡々とギャンブルという感じ(笑)。

T どちらかというとパチンコに行く感じに近いのかもね。

O あとビックリしたのが、知らないおじさんに話しかけられた。「何買ったの?俺も買ったよ、来ると思うよ」みたいな感じで。そういうこともあるって話では聞いたことがあったけど、本当にあるんだってちょっと感動した(笑)。

T そういう経験はまだ一度もないなぁ。

O 前に大学の先輩がディープインパクト全盛の頃の有馬記念に行って、ディープインパクトの馬券を買っていたら、知らないおっさんにいきなり「兄ちゃん、ディープインパクトはやめたほうがいいよ」って言われて、何を言ってるんだと思ってたら本当に来なくて…

T ああ、ハーツクライに負けたときのやつね。

O あれは神か何かだったのか(笑)と思ったエピソードを聞いたことがあったけど、それを思い出したよ。

 

To Be Continued...

T あとはスージーさんの特徴として、桑田佳祐の政治的な主張の面をきちんと拾って解説してくれているね。

O そうだね。『ピースとハイライト』も、ハイライトに「極右」って訳が当てられる解釈は言われるまでまったく気づかなくて目から鱗だった。

T この本は基本的に時系列で曲を解説しているのに、『ピースとハイライト』はその発表順とは別に一番最後に持ってきているところにも、ここがスージーさんの最も伝えたい部分なのだという意図を感じるね。その後の終章のタイトルも「桑田佳祐と戦後民主主義」となっているし、さすが新潮新書から出してるだけあるなって思う(笑)。

O 政治的メッセージからもつながるけど、この本で一番印象に残ったのが『平和の琉歌』の章なんだよね。T君はこの曲についての印象はある?

T ベストアルバム『海のYeah!』の最後に入ってる曲だよね。沖縄出身のアーティストもたくさんいる中、沖縄出身でない桑田佳祐がああいう曲を作るのはなかなか難しいのかとも思ったけど。

O これまで『平和の琉歌』って、存在は知りつつもじっくり聴いたことがなかったんだけど、改めて聴いてみると「人として生きるのをなぜに拒むの 隣り合わせの軍人さんよ」という歌詞もあるように、米軍の軍人による事件とか沖縄の情勢を色濃く表している歌なんだね。

T おとなしめの曲だから印象に残りにくいけど、たしかにそうだね。

O そしてスージーさんはサザン版との対比として、ネーネーズという沖縄の女性グループがカバーした『平和の琉歌』にも触れているんだけど、そのカバーには沖縄の言葉で最後に付け足されているフレーズがあって、その中に「情け知らさなこの島の」の一節がある。つまり沖縄のことをもっと本土の人に知らせないとという解釈で、それは桑田佳祐に対しても本土の人がわかったようなことを言うなというメッセージが含まれているのではないかという考察が深いと思った。

T そういう見方もあるかもね。似たような感じの歌詞だと「いつもドンパチやる前に 聖書に手を置く大統領(ひと)がいる」というのが他の曲にもあったけど、この『平和の琉歌』も『ピースとハイライト』も、反権力という昔ながらのロックの原点を忠実に表現した曲になっているよね。日本はアーティストが政治問題に口出しすべきでないという風潮が強い国ではあると思うけど。

O それに、この本に書いてあったか他で聞いたかは忘れたけど、社会批判的な歌詞を書くアーティスト自体が少なくなってきているみたいだね。たしかにそうだと僕も思うけど。

T 桑田佳祐は紫綬褒章をもらったときに粗末な扱いをしたとして批判を呼んだこともあったけど、権力に媚びるようになったらアーティストとして終わりだと思ってるところがあるかもしれないね。ちなみに安倍晋三さんはサザンが好きでライブとかも行っていたらしいね。

O ああ、聞いたことある。それも面白いよね。あと個人的にはネーネーズの『平和の琉歌』に関しては、この前沖縄料理屋に行ったときに、店内のテレビで流れていた沖縄音楽のミュージックビデオの中に出てきたのをたまたま見かけて、タイムリーな偶然に感動して余計に印象に残ったというのもあるので、それも付け足しておきたい。

T たしかにあまりない偶然ではあるね。あと注目しておくべきなのは、紅白歌合戦で『チャコの海岸物語』を三波春夫のパロディをしながら歌ったってエピソードかね。

O 「我々放送禁止も数多くございますが…」ってやつね(笑)。

T (笑)。動画で確認したけど、あれはすごかったね。当時の紅白って今よりも格式が高くて、あの場に出ることがアーティストとしての目指すべき頂点という雰囲気があったと思うんだけど。

O たしか僕らが大学ぐらいのときにはDJ OZMAがふざけて炎上してたと思うけど、その頃ですら紅白はふざけてはいけない場所という感じだったんだから、それよりもずっと前のこの時代はかなり厳しかっただろうね。

T 今は紅白もソフトになってきたから、今見るとそうでもないのかもしれないけど、あの当時にあのバカ殿みたいな格好で歌うのはよっぽどのことだったと思う。しかもまだ2回目の出場だったらしいし。

O 相当メンタル強いよね(笑)。

T 過去にはそんな一面もありながら、そのずっと後には同じ紅白でユーミンとの伝説的な一幕を演じている。あの年の紅白は神回と言われているけど、ああいうビッグスターたちの共演こそが紅白の醍醐味だと僕は思うね。アーティストが単体で歌うだけなら紅白である必要はなくて、アーティスト同士の絡みもあって初めて紅白の本来の魅力が生まれるのかなと。

O そういう観点だと、何年か前に美輪明宏が『ヨイトマケの唄』を歌っていたのが僕が紅白で印象に残っている場面だな。

T 『ヨイトマケの唄』はもともと放送禁止になっていたけど、桑田佳祐らのアーティストがこんな良い曲を埋没させてしまうのはもったいないということで、カバーして復活させたと言われているね。僕は桑田さんがカバーしていたからこの曲を知った。

O 僕もそうだね。桑田佳祐バージョンを先に知った。

T だから世の中的には一度死んだ歌だったんだよね。それが復権してきて美輪さんも歌えるようになったと。

O なかなか死ぬようで死なない、我々の対談のような歌ですね(笑)。

T 名曲は時代を超えて残りますが、我々の迷対談は時代を超えて残っていくんでしょうかね(笑)。

 

The End.

O 他の曲でT君が気になったものはある?

T 特定の曲というわけではないけど、この本で全般的に書かれていることとして、桑田佳祐は天才とも言われているし、人気者で国民的ロックバンドにまでなった類い希なる才能の持ち主だと思うけど、その裏にもう一人の凡人としての桑田佳祐がいて、その側面が歌詞の中にも出てくるって考え方が面白かった。

O そうだったね。スターの桑田佳祐と、一人の人間としての桑田佳祐の両方の顔があると。『はっぴいえんど』という曲なんかは一個人としての桑田佳祐が死生観を歌った歌だとか、そういう解釈がされていたと思う。

T 病気もされたからね。

O それにしても曲の振れ幅がすごいね。

T こういうバラードからエロまで(笑)幅広くカバーされているね。

O 『女呼んでブギ』とか(笑)。

T (笑)。今だったらコンプラ的にどうなのかって思うよね。

O 『勝手にシンドバッド』で世間にインパクトを与えてからの「女呼んで揉んで抱いていい気持ち」ですからね(笑)。まず売り出していこうってタイミングでこういう曲を出せるの、本当にすごいと思う。

T そこでインパクトを与えきってからの『いとしのエリー』ね。

O その振れ幅がね。そういえばここへ来る前に10年前にサザンについて話した内容を見返してみたんだけど、そのときも『勝手にシンドバッド』と『いとしのエリー』の振れ幅の話をしていた。

T その話をした記憶はあったから、言わないようにしようかとも思ったんだけど(笑)。

O 別にいいんですよ、同じ話を何回もしてくれても(笑)。

T そういうスター桑田佳祐を客観的に見ているもう一人の桑田佳祐がいる、あるいは凡人桑田佳祐を客観的に見ている桑田佳祐もいる。その感じが面白い。だからこそいろんな歌詞が書けると。

O 他に歌詞の点で印象に残った話だと『明日へのマーチ』がある。「願うは遠くで生きる人の幸せ」って歌詞があるけど、この歌は東日本大震災の直後に出された歌で、「遠く」の部分が桑田さんの歌い方だと「東北」に聞こえるって解釈があった。

T あえて直接的に「東北」という単語を使わなかったという話ね。

O 「東北」という言葉を前面に出してしまうと恩着せがましくもなってしまうから、そこを抑えて歌い方で「東北」を表現したという解釈が面白いと思った。

T あとは韻だったり、二重の掛詞だったり、そういう歌詞の技法についても多く触れられている点が良かったな。

O スージーさんは音楽評論家だから、そのあたりは専門分野だろうね。

T 歌を作るときに、曲から作る人と歌詞から作る人がいると言われているけど、桑田さんは曲から作る人だと。だから曲に対して韻が合うかどうかを重視していて、歌詞の意味は後付けなんだよね。それを踏まえて解説してくれているのが面白かった。

O 『マンピーのG★SPOT』に出てくる「芥川龍之介がスライを聴いてお歌が上手とほざいたと言う」はJ-POP史上最強のパンチラインだともおっしゃっていたね(笑)。

T (笑)。あれね、あれはいいよね。芥川龍之介を出してくるあたりがなんとも。

O スライは「スライ&ザ・ファミリーストーン」というバンドのことらしいけど、要はナンセンスな言葉の羅列なんだよね。でもそれがなぜかビシッと決まってるところに面白さがある。あとは桑田さんは英語っぽい歌詞を日本語に置き換えて書く特徴があると言われていたね。「You've got a hold on me」を『夕方HOLD ON ME』にしたり。

T もともと洋楽から影響を受けている人ではあるし、英語と日本語を組み合わせた言葉もすごく多いよね。それとまた違った観点で、『声に出して歌いたい日本文学』がこの本で取り上げられているのも面白いと思った。

O これまたマイナー曲だよね。

T 普通に聴いているときは深く考えていなかったけど、よく考えると日本文学の名作を名曲にしてしまう桑田佳祐はすごいと思う。「吾輩は猫である」に曲を付けてしまうとはね。

O 普通の人とはまた違ったアプローチでの曲作りだよね。

 

To Be Continued...