T では、山崎豊子先生の追悼記念ということで、先生について話していきましょう。

 

O 先生を慕う我々にとっては残念なニュースでしたね。

 

T 先生を悼む気持ちを表しまして、まずは1分間の黙祷を捧げましょう。

 

O 君、これはもしかして、ふざけてるんじゃないだろうね(笑)?

 

T はい、1分経ちました(笑)。

 

O 大丈夫?先生怒ってないかな?

 

T 大丈夫。先生は笑いのネタもわかってくれるはず。

 

O 山崎先生の作品だと、前に『不毛地帯』について取り上げたことがあるけれど、今回はもっと幅広く、作品についてだけではなく山崎先生自身のことについても話題にしていきましょう。

 

T 山崎先生の作品の特徴を一言で表すならば、「重厚感がある」というのがしっくりくるんじゃないかと思う。明るいとか楽しいとかとは違って、むしろ読んでると気分が重くなってくる。

 

O だいたい主人公はこれでもかというぐらいひどい境遇に置かれ、虐げられるからね。読んでて「もうやめてあげて!」って思うぐらい。

 

T だけどなぜ読むのをやめられないかというと、一つはそこに学ぶべきことがあるからで、人生の神髄が描かれているからこそ、作品の良さが出てくるんだと思うね。

 

O それに、前半はひどい目に遭ってひどい目に遭ってひどい目に遭うんだけど、後半そこから復活してくると言うか、逆境をバネにして主人公が成長していくから、そこに励まされるところがあるかな。もちろん新たな試練は次々に出てくるんだけど、それより前に受けた苦難を力に変えて乗り切る、そこが良いと思う。

 

T たしかに逆境の中から光明を見出すという特徴はあるね。ただ、最後は必ずしもハッピーエンドではないけど。あとは全てがノンフィクションじゃないにしろ、社会的に問題になった出来事を題材にしてるから、世の中でこういうことが起きていたというのを間接的に知ることができて、それも面白いと思う。

 

O それについては山崎先生が自分のことを語った本の中で読んだことがあるけど、『白い巨塔』とか初めのほうの作品では、社会問題が起きてそれについて取材して書くというよりも、山崎先生が書いた後で社会問題が起きることが多かったらしいのね。で、よく当たるから「長嶋以上の打率ですね。」とか言われてむっとしたという話が載ってた(笑)。

 

T (笑)。なるほどね。

 

O だからそれだけ先見の明があったんだね。もちろん問題が起きると思って書いていたわけではないと思うけど、そういう運命だったというか、「運命の人」だったんでしょうかね。作品名になぞらえてみましたが(笑)。

 

T 社会の暗部に切り込む姿勢があるよね。そこは新聞記者の出身だから、ジャーナリスト精神に基づくものだと思うけど。『運命の人』を書いているときに、高齢だったから、死ぬまでにこの作品は書かなくてはならないと思いながら書いたという話も何かで読んだことがあるけど。

 

O 沖縄のことを書きたいとも思っていたみたいだね。だから沖縄と新聞記者のことをつなげて、『運命の人』という作品に仕上げたのかという気がする。

 

T それに『運命の人』が出版され、ドラマ化もされて話題になったからこそ、国会審議の中で沖縄の密約問題が取り上げられたりもしたし、小説の力で現実を動かすことも狙いにあったのかと思うね。

 

O もともとは先生は小説を書くのが好きだったみたいだね。初期の作品は社会派という感じとはまた雰囲気が違う。大阪の商人の話を扱ってたり、男女問題を扱ってたり。

 

T 男女問題はある意味、山崎先生の得意分野かと思うけどね。愛人だとかは後期の社会派作品にもだいたい出てくる。

 

O でも愛人については、山崎先生がというよりも、時代背景がそうだったんじゃないかと思うな。松本清張とかの作品を読んでも、愛人はやたら出てくるからね。当時はある程度の地位にある人間は愛人を囲うのが一種のステータスになってたんじゃないかと思う。もしかしたら今もそうなのかもしれないけど。

 

T それをまた女性の作家が書いているというのも面白いよね。

 

O だからこそ山崎先生は一目置かれる存在だったのかもしれないね。あと、先生についての本を読んでいて面白いと思ったのが、タイトルが決まらないと書き出せないんだって。

 

T ほう、そうなんだ。

 

O そして、小説の最後の30行以内ぐらいのところには必ずタイトルに付けたキーワードを入れているんだって。これがトリビアっぽくてすごく面白いと思ったんだけど。

 

To Be Continued...

O あと企画展という話で言うと、つい最近は絵本の原画展という変わった趣向の展覧会に行った。その名の通り絵本の元の絵を展示してある展覧会だったんだけど、見事に親子連れとカップルしかいなくて、男一人で入った恥ずかしさに耐えきれなくて、一刻も早く出るために猛スピードで見た(笑)。

 

T まあ、分野が分野だからね。

 

O だけど美術館って、けっこう一人で来てる女の子もいたりするよね。そうしたら声かけます?

 

T え?いきなりそんな話(笑)?

 

O 僕なんかは一人で来てる女の子を見ると、同じ展覧会に来ているわけだから趣味の方向性は近いってことだし、話しかけたら案外仲良くなるんじゃないかと思うんだけど、その一歩が出ないんだよね。

 

T なかなか絵を見てるところを声かけにくいでしょ。でもそういう所に来る嗜好性を持った女の子はいいなって思うね。あ、あくまでも一般論としてだよ(笑)。

 

O 一般論ですか?感情論ではなく?

 

T そりゃあ、渋谷のセンター街を出入りしてる女の子よりは、美術館に出入りしてる女の子のほうが感性的に合う部分は多いでしょ。

 

O まあ、僕も渋谷に出入りしてる女の子は苦手かもしれないですね。

 

T その例えが正しいかはわからないけど、要は趣味の方向性が同じ子のほうが共感するし、好意を持つってことだよ。

 

O そういうのも美術館に行く一つの楽しみだったりするのかな?

 

T それじゃあもう美術館に絵を見に行ってるのか女の子を見に行ってるのかわからんだろ(笑)。

 

O あるいは絵の中の女の子を見に行ったのか現実にいる女の子を見に行ったのかという分かれ方もあるかな。

 

T 話を美術のほうに戻すと、ジャンルがいろいろあるのも絵画の面白さの一つなのかと思うね。例えば中世の作品は宗教画が多かったりするけど、キリスト教のことはわからないから、じゃあキリスト教の世界ってどうなってるのかな?と調べてみたくなったりする。そうやって美術をきっかけに知識が広がるのも面白い。

 

O それに知識がある状態で見ると楽しさが増したりするよね。知識がない状態で見たら気づかないで流してしまうようなものも、バックにあるものを知った上で見ると、絵の中に隠れた意味がわかったりして面白くなる。

 

T 見方が深まるよね。

 

O たしかにさっき話した大学の美術史の授業でもそういった背景は多少教えてもらった気がする。宗教画に関して言えば、ちょうどその頃千葉市美術館でミラノ美術館展というのをやってて、宗教画がたくさん展示されてたから、美術史で教わった知識を持って見に行ったことを覚えてる。

 

T あと美術館って、展示されている作品だけじゃなく、建物全体も含めて良かったりするよね。

 

O そうだね。建物も一つの美術品みたくなってたりするね。

 

T 美術館の建物には普通の建物にはない独特の雰囲気があるから、そういう雰囲気も楽しめる。それと、グッズ販売コーナーでグッズを買うのも楽しかったりする。

 

O 僕がよくやるのは、行った展覧会のポストカードを3、4枚買ってくることなんだよね。買ってきたポストカードを机の引き出しに溜めておいて、それで後から見返してこんなのも行ったなぁと振り返るのもまた楽しかったりする。歴史を溜めておく感じかな。

 

T たしかにその場で見ても、後からどんなのを見たか忘れちゃったりするからね。そこに日本の美術館の改善してほしい点もあるんだけど、外国の美術館って基本的に写真撮影が自由なんだよ。

 

O あ、そうなんだ。それは知らなかった。

 

T もちろん例外的に禁止されているところはあるけど、原則はOKなんだよね。これが日本だと逆転していて、原則ダメで、例外的に大丈夫な場合があったりする。それってポストカードやガイドブックを売るための策略なのかと思うんだけど。

 

O まあ、写真撮って済んじゃえば、ポストカードやガイドブックを買う人も減るだろうからね。日本の美術館は商業主義にも走っているというわけか。

 

T あとは借りてきた作品だと貸し出し側に権利があるから、それで写真撮影させないって理由もあると思うけどね。自分のところで収蔵している作品だったらある程度はいいかもしれないけど、さっきも言ったように日本の美術館は特別展が多いからね。

 

O 今後の日本の美術館への期待も見えてきたところですし、こんなところで終わりますか。

 

The End.

T 僕は美術の授業が苦手かつ嫌いだったんだよね。絵心というものが全く無い。絵を描くことは自分の才能の中で最も下手なものになってる。

 

O お、言い切りましたね。裏を返せば他のことは何でもできるみたいな…

 

T そこまで言ってないじゃん(笑)。

 

O 僕は逆で絵を描くの好きだったな。美術の時間にいろんなテーマで絵を描かせてもらえるのは楽しかった記憶がある。要はこれまでの意見を総合すると、取っかかりの一つとして絵を描かせることはいいけど、そればっかりじゃなく、並行して美術の歴史も勉強させたほうがいいということかな。

 

T やっぱりプロの世界を知ると言うか、画家の世界を知ってこそアマチュアの自分の作品が生きるんじゃないかな。

 

O まさにプロフェッショナル、仕事の流儀という感じですかね。

 

T それこそ僕は美術の時間が嫌でしょうがなかった人間だったから、自分の作品が張り出されたりするのも苦痛でしょうがなかった。

 

O まあ、自分の恥部を公衆の面前にさらされてるようなものだもんね(笑)。

 

T 最近は運動会のかけっこに順位をつけるのも、運動が苦手な子がかわいそうだから無くしてるなんて話も聞くけど、それならなんで美術のさらしものは無くならないんだって、不平等さを嘆いているよ(笑)。

 

O それを受けて、今は取り返すように美術館を巡っているというわけなのかな。

 

T もともとは美術にコンプレックスを持っていたから、美術の良さに気づくのに時間がかかってしまったけどね。

 

O あと聞いてみたいのが、さっき僕は絵のアイデア的な要素が好きだと言ったけど、一般の人は絵の何が好きで絵を見に行ってるのかな?

 

T まあ、他の人のことはわからんけど、僕は良い作品を探しに行くという感じかな。本当に良い絵には魔力みたいなものがあるんだよね。いつまで見てても飽きないというか、その絵の前から離れられなくなる。

 

O その感覚が僕にはわからないんだよね。僕はまだその魔力というものを感じたことがない。絵を見ても「ほぉう」と思う程度で、ベルトコンベア式に流して行っちゃう。

 

T 僕も基本的にはそうだよ。魔力の作品に出会うことなど滅多にない。でもやっぱり名作と言われている作品には名作と言われるだけの魅力が秘められていると思うな。最近見た中ではゴッホの『ひまわり』がすごいと思った。

 

O そうか。僕はまだそういう楽しみ方に気づけていないのかな。それとも、もともとそういう感性を持たずに生まれてきてしまったちょっと残念な人間なのか…(笑)

 

T きっと本当の大作に出会えば変わるよ。

 

O 美術展に関して言えば、僕はどちらかと言うと企画の内容が面白そうかとか、そういうので選んでるかな。例えば社会人になってから行ったので覚えてるのが、バウハウスというデザインの学校が昔あったんだけど、そこの生徒が作った作品の展覧会を見に行ったことがある。絵に限らず、椅子なんかの造形物も展示してあって面白かった。あとは最近だと草間彌生さんの展覧会に行ったりしたかな。

 

T たぶん多くの日本人はそうなんだろうね。企画展を見に行く人が多いと思う。何かで読んだけど、日本は国内の作品数も少ないから、ストックとフローで言ったら、常設展のようなストックを活かした展覧会よりも、どこかから借りてきた作品で特別展をやるフローの展覧会のほうが人が集まるみたいだね。

 

O たしかに特別展に人は集まるよね。大学の頃に見に行ったオルセー美術館展なんかものすごい人で、並んだりするのとか人混みが嫌で、作品が全然入ってこなかったのを覚えてるよ。絵を見に来たんだか人を見に来たんだかわからなくなるぐらいだった。

 

T フェルメールの『真珠の首飾りの少女』が来てたときもすごかったよね。日本人はフェルメール好きだし。

 

O ちなみに僕は毎年、絵画作品とかの輸入カレンダーを買って部屋に飾ってるんだけど、昨年はつい僕のミーハーな部分が出て(笑)、フェルメールを買ってしまいました。

 

T フェルメールは本当に人気があって、フェルメール巡礼ってのもあるらしいね。フェルメールは作品が少なくて、全部で30点ぐらいしかないから、それを全部見て回る人がいるみたいだよ。ピカソとかだと無理かもしれないけど、それぐらいだったら全部見て回れそうだもんね。

 

O 1年に1作品見たとしても30年で終わるね…って、30年は長いか(笑)。

 

T でもそういう楽しみ方もあるんだね。

 

To Be Continued...