琵琶湖マリオットホテルに来ている。
妻の詰子とプールでひと泳ぎすることになった。

「ひと泳ぎするか」
そう言ったものの、僕は泳ぎが得意ではない。
一応、沈まずに進むことはできるが、遅いし、すぐに息が上がる。

対して詰子は、高校まで水泳部に所属していたという。
平泳ぎの選手だったらしい。
普段はウォーキングばかりだが、せっかくなので、平泳ぎ教えてもらうことにした。

僕はまず自分の平泳ぎを披露する。
数メートル泳いで立ち上がり、振り返ると詰子が大笑いしている。

「ハハハハ」
「詰子ちゃん、どう?」
「進んでブレーキって感じだよ」
「わかってるよ」

笑われると、胸の奥が少しだけざわつく。
馬鹿にされているような気がして、悔しさがじわりと湧いた。
それでも、教えてもらうと決めた以上、逃げるわけにはいかない。

「オツトくん、手のかき方が違う。肘を支点にするんだよ」

詰子は僕の腕を掴んで、肘の位置を固定した。
その手つきに迷いはなかった。

「これでやってみてごらんなさい」

言われた通りに動かしてみるが、うまく水をつかめない。
「ハハハハ」
また笑われる。

悔しい。けれど、どこか嬉しい。
この人に教わる時間そのものが、悪くない。

30分ほど繰り返すうちに、ふと身体が水に乗った。
「あれ、進む」
自分でも驚くほど、楽に前へ進む。

「お~、いいじゃん」
詰子が満足そうに頷く。

その日、僕は25メートルを9回の息継ぎで泳げるようになった。
自分でも信じられないほどの進化だった。

翌朝。
目を覚ますと、股のあたりに鈍い痛みが走った。
筋肉痛だ。

「詰子ちゃん、ここが痛いんだけど、平泳ぎのせいかな」
そう尋ねると、彼女はまた大笑いした。

「ハハハハ」
「何、笑ってるの」
「ハハハハ」

笑いが止まらないらしい。

「あのさ〜、詰子ちゃん、平泳ぎに決まっとるがや、ってこと?」
「ハハハハ。うん、それ以外何があるの?」

その笑顔を見ていると、痛みすら愛おしく思えてくる。
 

あとがき

ここで以前のクロールの記事を紹介します。
あいかわらず、おバカですね。

 

 

 


泳ぎは超苦手なんですけど、そんな僕でも練習すればできるようになるのが不思議です。
ちょっとしたコツってあるんだな。

何事も新しいことをはじめるときは、専門家に倣ったほうが早いですね。
やる気さえあれば、いくつになっても新しいことは始められるということでしょう。
そのようにすれば有意義な老後、第二の人生が送れると考えています。
 

琵琶湖マリオットホテルにやってきた。
何度も訪れているはずなのに、玄関をくぐるたび、胸の奥がふっと軽くなる。
ここでは観光などしない。
ただ温泉に浸かり、好きな酒を飲み、妻の詰子とゆるやかに時間を過ごす。
それだけで十分だ。

温泉で火照った身体をラウンジの椅子に沈め、グラスを傾ける。
いつも飲みすぎて胃を壊してしまい、妻の詰子に怒られるので要注意だ。

ビール三杯。
焼酎に切り替えてからは、数えるのをやめた。

「あ〜、美味いな」
思わず漏れた声に、妻の詰子が眉を上げる。

「何が?」
「焼酎」
「オツトくん、飲み過ぎじゃない?」
「ん〜、今日、ビールって何杯飲んだっけ? 3杯だっけ?」
「うん、3杯。まだ胃はやられてない?」
「やられてない。っていうか、めっちゃ調子いい」
「ハハハハ(またコイツ、調子に乗ってるな)」

その笑い声が心地よくて、ついもう一口、焼酎を飲んでしまう。
 

あとがき

昨年末以来、3週間ぶりにやってきました。
毎回、どこにも観光することなくダラダラとホテルで過ごします。

名古屋に比べ、琵琶湖(滋賀県守山市)は寒い。
部屋から見える山々(たぶん比良山地)は雪化粧していました。
雪を見ることのない名古屋人からすると、どういう訳かワクワクします。

今回も前回と同様に河西いちご園でいちごを購入してチェックイン。
プールと温泉とラウンジと部屋の行き来だけです。
でも、楽しいからOKということで。


土山SAの冬限定メニュー「柚子薫る 冬鴨そば」。道中のサービスエリアで。

 


琵琶湖と、雪化粧した比良山地。

 


河西いちご園で買いました。

 


オツトのビールとおつまみ。

 


詰子のカクテルとおつまみ。
 

 

妻の詰子は医者の勧めでリベルサス(血糖を下げる薬)を服用している。
巷で痩せる薬と言われているものだ。
主な副作用として、吐き気、食欲減退などがあり、体調のいい日もあれば悪い日もあって、一様でない。

詰子が診察を終えて車に戻ってきた。

「詰子ちゃん、どうだった?」
「いつもどおり」
その言い方が、良くも悪くも“変わらない”という意味を含んでいることを、長年の勘で理解する。
「良かったね」と返す。

車を走らせてしばらくすると、助手席から深いため息が漏れた。
「あ〜気持ち悪い?」
「詰子ちゃん、大丈夫?」
「リベルサスが効いとるわ」
横目で見ると、詰子は眉間に皺を寄せていた。

「今からどうする?」
そう尋ねると、詰子はしばらく考え込むように窓の外を眺め、それからぽつりと言った。
「魚魚丸(回転寿司)でお願いします」
「ハハハハ」
 

あとがき

愛知県を中心に展開している回転寿司チェーン店です。
カツオの藁焼きパフォーマンスが人気で、気に入っています。

どういうわけか、いつもより量を食べました。
高いお皿も食べちゃって、いつもより1.5倍くらいの支払いになってしまいました。
まぁ、正月だし、たまにはいいでしょう。

それにしても、食べ過ぎたな。
腹がパンパンだでいかんわ。

 

 

夕方、リビングに向かうと、妻の詰子が額に手を当てながらこちらを振り向いた。

「オツトくん」

呼ばれて顔を上げると、彼女はどこか不思議そうな表情をしている。

「なに?」
「なんかね、記憶がないんだけど……ここに、たんこぶができてる」

そう言って、前髪をかき上げて見せてくる。確かに、指先の下に小さな膨らみがあった。

「ハハハハ。転んだとか、打ったとか、覚えてないの?」
「覚えてない」
「腫れてるの?」
「腫れてる」
「痛いの?」
「痛い」
彼女は淡々と答える。

「ん~、心当たりがないのに、たんこぶはビビるね、詰子ちゃん」
「べつに……」

その無関心さに、思わず笑いがこぼれた。
「ハハハハ」
 

あとがき

べつに……って、沢尻エリカか。
それにしても、いつの間にかアザ、いつの間にか切り傷…などは経験がありますが、いつの間にかたんこぶとは。
僕ならビビってしまいますが、さすが詰子ちゃん。
全くノーダメージです。

さて、その後たんこぶも治癒したようで問題ありませんでしたが、いったい何だったのだろう?
半世紀以上も生きているのに、はじめての出来事に出くわすなんて。
今年もいろいろありそうです。

 

 

新しい年が静かに明けた。
例年どおり、我が家の正月はどこへ出かけるでもなく、ゆるやかな時間だけが流れていく。
すべてがのんびりとした空気に溶け込んでいた。

年末に、実家の母から烏賊の塩辛をもらった。
試しに一口食べてみると、思わず唸るほど旨い。
塩気の奥に潜む甘みが舌に絡みつき、白いごはんや酒のつまみによく合う。
妻の詰子も、目を細めて「これ、好きかも」と呟いた。

今日の昼下がり、ふと思い出して、あの塩辛をつまもうと冷蔵庫を開けた。
棚を一段ずつ探していると、背後から詰子の声が聞こえてくる。

「オツトくん、塩辛、全部食べちゃった」

なぜだか腹は立たない。
むしろ、詰子が塩辛を気に入ってくれたことが嬉しかった。

「ハハハハ。いいよ~」

二人の間にまた穏やかな正月の空気が戻っていった。
 

あとがき

明けましておめでとうございます。

母からもらった烏賊の塩辛。社長のいか塩辛 ~極~

函館の会社が作ってます。
有名なのかな?

塩辛と言っても、それほど塩辛くありません。
子どものころに、母が作ってくれた味に似ていて美味い。

さて、2026年が始まりましたが、今年はどんな年になるか。
山田家の出来事を綴っていきますで、どうぞお付き合いください。
本年も宜しくお願いいたします。