須弥壇型宝篋印塔を中心とする白井長尾氏の供養塔群の中で基礎に名前が彫られているものがいくつかあります。ただし、倒壊していたものを積み直したので、元の姿とは異なっている可能性があります。
17基の供養塔の向かって右から5番目。
縦書きで右から
応永三十一年(1424年)
圓忠(鎌倉長尾氏の当主で長尾景仲の養父)
八月十四日逝
同6番目
昌賢(長尾景仲:関東管領上杉憲実に仕え、「東国不双の知恵者」と呼ばれました。景春の祖父)
寛正四年(1463年)
十月八日
※ 長尾景仲の供養塔は通常の宝篋印塔です。
同7番目
主泉(該当人物はわかりませんが、主泉と彫られているように思われます)
〇〇〇〇
〇月〇
同7番目
伊玄(長尾景春:景仲の孫。長尾景春の乱を起こすも叔父太田道灌に鎮圧される)
永正十一(1514年)
八月二十四日(戦乱の時代72歳と結構なご長寿でした)
同8番目
明岩(白井長尾家6代目当主長尾景英)
大永七丁(1527年)
二月五日
道興(と読みましたが、該当人物不明)
文安三年(1443年)
二月十九日
同13番目
妙温(と彫られているように思います。女性でしょうか?)
参考
鉢形城歴史館:長尾景春と鉢形城
綾のブログ::北関東の石造物⑥:空恵寺宝塔群(白井長尾氏の墓所)
(足利市イベント周遊ガイドHPよりお借りしました)