涼しくなってきたし上さんは習い事なので、一人遊びで自転車でも行ける所にある石造物めぐり。
この形は廟墓ラントウ・石宮・ヤボトケ・石廟・石堂・石殿などと呼ばれ、戦国時代末から江戸時代初めにかけて流行しました。
白井長尾氏(関東管領山内上杉氏の重臣)の家臣で学者の飯塚吉信の没(1464年)後、門下生により1548年に建立された供養塔です。のめしこきが知る中で最も大きな廟墓ラントウで、高さ141cm、幅88cm、奥行き88cmです。
左側に午時天文十七年戊申、右側に三月吉日と彫られています。
内部は一般的には一石五輪塔や石仏などが安置されることが多いようですが、この廟墓ラントウには漆塗りと思われる木像が安置されています。
この廟墓ラントウの特徴
・前面左右の幾何学模様が対称ではない。
・前面左右の幾何学模様の最外部が彫り抜かれていない。
・内部には一石五輪塔や石仏などではなく木造が安置されている。


