新潟県魚沼地方の現代の墓は「萬霊塔」「倶会一処」「先祖代々之墓」「南無阿弥陀仏」などを墓石に刻み、「〇〇家」を入れない、墓誌を置かない、塔婆は置かない(かすぐに片づける)というのが一般的です。
同上越市になると、○○家之墓も見られますが「墳墓」「墓」などと刻まれています。わざわざ書かなくも「墳墓」「墓」と分かるのに、なぜそう彫るのか興味があります。墓誌は置かず、塔婆は置くようになってきた。
九州地方では「○○家之墓」が金文字(山形県鶴岡市周辺でも見たことがあります)だったり、地域性があるので、ドライブするときに墓があるとつい目がいってしまいます。
関東地方は墓石に「○○家之墓」と彫り(白字・黒字・色なし)、墓誌、塔婆ありが一般的です。栃木県もそうなのですが、出張で真岡市をドライブ中、魚沼型に近いのを見つけました。
台石に○○家と入り、
左側(石燈籠の後方)に墓誌があります。神道墓ですから、塔婆はありません。
1枚目の写真の「先祖代々奥都城」の右後方に写っている「先祖代々之墓」。この仏教墓も台石に○○家と入り、墓誌、塔婆があります。
先祖代々之墓がかたまっているのを栃木県で初めて見ました。仕事で急いでいるので寄れませんでしたが、南無阿弥陀仏がかたまっている墓地もありました。
真岡市への出張があったら時間の余裕を持って行きたいと思います。