先日、興味深い記事を目にしました。
イギリスの記者が書いたものなのですが、彼は約十数年かけて8500時間もの時間を読書に費やしてきたそうです。800冊ほど――さすが記者だけあって、すごい読書量ですよね。そのほとんどは小説だったようです。
ふと立ち止まって考えた時
それだけの時間を費やして、彼はふと考えたそうです。
「もしこの8500時間を仮想通貨の取引に使っていたら、億万長者になっていたかもしれない」
確かに、そうかもしれません。
8000時間も何かに打ち込めば、大抵のことは超一流になれるはずです。「10000時間の法則」というものがありますよね。どんなスポーツでも、どんなカテゴリーでも、それくらいの時間をかければ世界で戦える一流の技術になる、という理論です。
(まあ、この法則は再現実験に失敗しているので何とも言えませんが)
いずれにせよ、何千時間も何かについて勉強したら、上手くなるのは当たり前の話なんです。
時間の浪費だったのか
では、読書には意味がなかったのか?
その記者ははっきりと言います。「時間の無駄だった」と。つまり、浪費だったというわけです。そして、これから先、本を読むという行為をするべきなのだろうかと問いかけるのです。
非常に面白い問いですよね。
私自身の読書スタイルの変化
私自身、本をたくさん読んできましたが、最近読むペースはめっきり減りました。
今はどうしているかというと、本でトピックを自分の中に落とし込んだら、それをもとにAIに向かって喋るんです。「こういう課題があって、こういう解決方法がありました。私はこう思います」みたいな感じで、対話形式で本を深掘りしていく。そういう方法をやっています。
そうすると、自分なりに使えるアイディアまで持っていくことができるので、効率的な本の読み方かなとは思っているんですが――
問題は、ちゃんと読んでいくという習慣がなかなかついてこなくなってきていることです。
やはり1冊をちゃんと読むと、3時間くらいかかるわけですよ。
速読をしようという人は、大体10分から30分で本を1冊読んで理解したいと思っているようですが、別に3時間の本なら3時間くらい時間をかければいいんじゃないかと、私は思うんですよね。
現代で最も嫌われるもの
今の現代において最も嫌われるものは何かというと、時間を損することなんじゃないでしょうか。
最近――まあ、昔からですが――よく聞きますよね。
「貴重な時間を割いてくださり、ありがとうございます」
「お時間を無駄にしてしまい、申し訳ございません」
何か、お金と同じように時間をコストと捉えて、それを支払うということ。それがどれだけ大変なのかということが、最近はよく言われていると思います。
でも、昭和世代の人間からすると――
時間を無駄にする行為こそが、最も人を豊かにするんじゃないかと思うんです。
「無駄」の中に残るもの
時間を無駄にするってどういうことかというと、実際、最初から最後まで読んで「意味わかんなかった」ってこともあるわけですよ。
でも、それはそれで自分の中に残るんです。
その「最初から最後まで意味がわからなかった」という感覚は、きっと自分を成長させるのにすごく必要なものなんじゃないかなと思います。
飛ばし読みをしたり、要約だけ読んだりすると、体系的に覚えられないんですよね。実は重要な箇所があるはずなのに、それを飛ばして読むことによって、世界をすごく自分に都合の良い世界で見てしまう。正しく見れないということがあります。
これからの時代の最大の弱点
この正しく世界を見れない、正しく作品を見れないということが、恐らくこれからの世界で人間にとっての最大の弱点になってくるんじゃないかと、私は思うわけです。
正しく読むって何かというと――
自分の読みたいように読むんじゃなくて、書いてあることをそのままその通りに理解するということです。
もちろん、著者の背景やプロフィールを読んで「こういう人だからこういう文章を書いているのかな」と考えることもできます。でも、それによって意味が変わってきてしまうのは本としてまずい。あくまでもデータをもとに主張していくという本のスタイルがやっぱりいいなとは思うんですが――まあ、これはビジネス書の話ですね。
小説を飛ばし読みする意味なんて、よくわかりませんから。
なぜこんな文章を書いているのか
こんなふうに、とりとめのない文章を書いてはいますが――
なぜ私はこんなことをやってるのか、何の役にも立たないような文章を垂れ流してるのかというと、これも完全に自分のためなんですよね。
こうやって自分で言葉に出して喋って発信する。その行為だけで満足なんです。
なぜかというと、承認欲求がすごく強い世界で、承認がなくても発信する行為だけに価値があるということ。
マーケティングとかビジネスの世界になると、「発信するだけでは価値がない」ってなっちゃうじゃないですか。そんなクソつまんない世界、嫌じゃないですか。
そうじゃないんですよ。
自分の考えをそのまま言うということ自体が楽しいわけです。頭の中もスッキリするし。
これからの時代の断捨離
だから、これからの時代――
物理的な断捨離は、もっともっと深くやるべきだし、もう一つ、脳の断捨離、記憶の断捨離も徹底的にすべきだと思いますよ。
あと、デスクトップやパソコンの断捨離も。
いろんな人のパソコンの中身を見ましたけど、みんなごちゃごちゃですもん。ファイル検索の仕方をやっている人はいますが、それがその人だけで、チームで機能していない場合も極めて多いわけです。
だからね。
こうやって喋ることによって、自分のいらない情報だとか記憶というのが全部捨て去っていくわけです。喋ることで「もうこの話題について考えなくてよくなる」ということ。これを文章にすることに意味があるなあと思います。
結局のところ――
あの記者が感じた後悔も、私が感じている読書スタイルの変化も、現代人が抱える「時間の使い方」への焦りも、すべてつながっているのかもしれません。
でも、時間を「無駄」にすることの中にこそ、本当の豊かさがあるんじゃないでしょうか。