ただただいつものように仕事が終わる。だけどいつもと違うのは、どんどんどんどん仕事量が増えるということだ。
AIを使いこなせるようになってくると、いろんなことが早くできるし、いろんなものを作り出せる。最初は上司や周囲も驚いてくれるけれど、だんだんそれが当たり前になってくる。するとさらに期待され、「もっとこういう方が本質的にいい」といった提案や改善案が次々と出てくる。それに対応するとなると、常に膨大な量の修正と改善に追われるようになる。
仕事の立場というものは、トレードオフだと思う。
1. 定型的な作業スタイル
8時から5時まで、その時間にぴったりただただ作業する。金額は安いが、それが終わったら一切の仕事はなく、責任もない状態が確保されている。
2. 自由と責任のスタイル
時間はある程度自由にできるけれど、終わりを決めなければ永遠に仕事は増える。売上を上げる、導入する人を増やすといったことを目標にすると、終わりがない。改善案や修正案も無限に出てくる。そうなると金額はある程度大きくなるが、業務委託の場合はそこまで大きくはならない。
こういう生き方になってくると「何を軸にすればいいのか」を考えざるを得なくなる。よくパーパス経営や理念経営を掲げ、こだわりが強い会社の社長がいる。その人の近くで仕事をすると「何が目的なのか」と本質を問われる。それは確かに正しい。だけど、それを求めるなら金額とセットであるべきだ。
なぜなら、それを求めるのは相当「高度な仕事」だからだ。高度な仕事と簡単な仕事、これはしっかりと分けなければいけない。それを混ぜて全部一律に依頼すると、おかしなことになる。
これはClaudを使っているからよくわかった。ClaudeにはOpusというバージョンとSonnetというバージョンがある。確かにOpusの方が頭がいい。だから設計とレビューに関してはOpusを使うけれど、今まではそこですべての作業をOpusに任せていた。すると、1,000円が5分で消える。それは当然なのだと最近知った。
一方、Sonnetにすればコストは5分の1ぐらいで済む。これはGeminiやChatGPTと同じくらいのトークン使用量だと思う。つまり、
(a) 作業すること
(b) 思考すること
これらは、AIを見てわかった通り、消費量もコストも全く違う。
それを一緒くたに金額設定して仕事をすると、必ず破綻するし、嫌になってしまう。今までは人間の仕事だからと一括りにしていたけれど、AIの仕事の振り分けやコスト量を見てきたことで、その差が非常に明確になった。そんなお話です。