映画と音楽の違いのひとつに、ソフト(DVD/CD)とライブ(映画館)に対する鑑賞の仕方にズレがある。映画の場合、テレビと映画館のスクリーンは極めて似ているため、その違いは大きさでしかないように見えてしまう。一方で音楽は、CDで単に音楽を聴くのと、実際にライブを体験するのとでは明確な違いがある、と誰もが考えるのではないだろうか。だから、DVDで観た映画をわざわざ映画館でもう一度観ようという人はほとんどいないと思うが、CDやレコードで何度も何度も“スリ切れるほど”聴いたミュージシャンのライブなら、むしろ行きたくなるのが普通だろう。といって、ここで映画と映画館の悲劇を大仰に訴えたいわけではなく、では、ライブ音源をソフト化したライブ盤の魅力は何かということだ。
伝説のロック・ライヴ名盤50 (講談社文庫)/中山 康樹
本著は『ビートルズから始まるロック名盤』『ジョン・レノンから始まるロック名盤』に続く中山康樹氏による講談社文庫の書き下ろしである。ビートルズの『1962ライブ・アット・スター・クラブ・イン・ハンブルク』から始まり、ポール・マッカートニーの『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ~ベスト・ヒッツ・ライブ』まで、50枚のライブ名盤が録音順で紹介される。元編集者ならではの配慮や計算が働いた選盤、並びが素晴らしい。前2著と同じようにオープニングとエンディングがビートルズなのも心憎い演出だ。中山氏はライブ盤の魅力をこう語る。
「…過去のヒット曲が「過去」と感じず、「いま」の音楽として聴こえるのは、どういうわけだろう。もちろん、そのミュージシャンの力量や姿勢によって差異はあるものの、多くの場合、ライブ盤においては、全ての楽曲は現在進行形としてありつづけている。ライブ盤というものが、過去も現在もない、特殊な時間軸をもった「現実ではあるが非現実的な空間」を有しているからかもしれない」(P.4)
「現実ではあるが非現実的な空間」。つまり、通常のスタジオ録音による「作品」とは違い、ライブ盤はある種「ドキュメンタリー的な要素を内包したフィクション」といえるかも知れない。ライブ盤ではないが、小説家の片岡義男が面白いことを書いている。
「LPやCDを再生すると、それらが録音された過去のある時という時間と一体になった歌手の歌声が、再生される現在という時間と不可分にひとつになる。LPやCDに閉じ込められた過去の歌声が、それを再生するそのたびに、寸分たがわないものとして、現在の時間のなかにあらわれる。録音スタジオのマイクロフォンの前に立ち、過去のその時その場で歌った声には、その時のその歌手のすべて、つまり全身全霊が託されている」(『歌謡曲が聴こえる』「新潮45」にて連載中)
アーティストたちの“全身全霊が託された”ライブ盤は、時空を超えて、「今ここ」へと到達するだろう。
今私はオールマン・ブラザーズ・バンドの『アット・フィルモア・イースト』を聴きながらこのブログを書いている。『ジョン・レノンから始まるロック名盤』でも取り上げられており、中山氏の講談社文庫三部作で唯一重なった名盤中の名盤だ。本書の「アット・フィルモア・イースト」項の冒頭にはこうある。
「現代の感覚からすれば、ビートルズやローリング・ストーンズ等のグループ・ショットが大量に残されていることは意外に映るが、ある時代まで、たとえ世界的な人気グループであっても、ホテルは相部屋、移動はヴァンやバスといった“団体行動”があたりまえとされていた。そして思うに、そうした環境から生まれる音楽、とくにライブは、個人のプライヴァシーを尊重した時代と、やはりどこかがちがうように思う。趣味の延長としての仕事だったものが、仕事のための仕事に変質したようにも感じる」(P.137)
オールマン・ブラザーズ・バンドは、「グループが文字どおりの仲間であり、また家族でもあった時代の最後を飾る“団体“」だった。だから、おそらく、この項から本書は“後半”となるのであり、個人の時代――現代へと突き進む。
表紙の素晴らしさにも少し言及したい。前2著と毛色が違うシックな表紙は、1970年8月に開催された「第3回ワイト島ミュージック・フェスティヴァル」の賑やかな会場前(?)を収めた白黒写真で、一般的には、1969年の「ウッドストック」とともに世界最大規模の野外ロックフェスティヴァルとして有名なフェスのようだ。正確には8月27日とあるので、本書で言えば『アット・フィルモア・イースト』(1971年3月)とザ・フーの『ライブ・アット・リーズ 25周年記念エディション』(1970年2月)の項の間に位置することになる。写真の手前には、フェスを待ち望むロックファンやヒッピーたちが横たわっており、けだるい熱気が伝わってくる。しかし、その右側で彼らを仰ぐように立てられた「POP FESTIVAL」という矢印型の看板だけが、スティーヴン・スピルバーグの『シンドラーのリスト』のごとく、紅く彩色されている――。
ひょっとしたら、私たちは、「POP FESTIVAL」を待つ観衆(music lovers)のひとりなのではないか――この美しい表紙を眺めていると、そんな錯覚に陥る。だがそれはあながち間違いではないだろう。この紅い道標は、ロックを愛する者を正しく誘導してくれるはずだ(しかし、どこへだろう?)。だから、この本は、ライブ盤50枚の紹介文をまとめた本などではなく、「ロックが生まれてから現代までの50年間の歴史というライブ」を収めた“ライブ盤”そのものなのではないだろうか。つまり、限りない愛に満ちた著者流のロック・ライブ盤へのオマージュだ。50枚を時系列に順に聴き終えたとき――再生される現在という時間とロックの歴史が不可分にひとつになり――私にもロックという精神が少しはみえるかも知れない。(ひ)
伝説のロック・ライヴ名盤50 (講談社文庫)/中山 康樹
