池島信平といえば、「文春」ブランドを創り上げた名編集者。そして、大宅壮一にして、扇谷正造、花森安治とともに「戦後 ジャーナリズムの三羽烏」と讃えられたジャーナリストの巨人だ。本書はその池島氏による回想録であり、戦争を経て一度死んだ、文藝春秋社の“生きた”歴史でもある。それ故、面白くない訳がなく、多少ともその辺のことに興味ある人なら、雑誌ジャーナリズムと戦争と文士の交叉に、血と汗と涙の滴をぎゅっと絞り取られてしまうに違いない。
とりわけ面白かったのは、僕自身は小説家としてしかその才を知らずにいた菊池寛の編集者としての辣腕ぶり。――筆者が雑誌『話』編集部にいたころ、突如、人事異動があり、菊池寛が編集長になった。まもなく菊池は社長室に編集部員を集め、「これからプランを出すから聴いていたまえ」といって、5分ほどで15くらいの企画を「毛筆でさらさらと」書き出した。するとその号からたちまち売れて大赤字の『話』は黒字になったという――。時間など多少の尾鰭は付いているかもしれないが、池島氏の証言であるから信憑性は高い。今日出海のあとがきによれば、その菊池寛が考えた初の入社試験をあろうことか「皆んな出来た」のが著者なのだそうだ。天才と秀才の対決はさぞ見ものだったろう。ともかく御大・菊池寛と新兵・池島信平、どちらが欠けても文春の現在の地位はなかったのではないだろうか。本書のクライマックスは、敗戦後、GHQ占領下での文藝春秋社の解散(主に紙不足による)、文藝春秋新社の設立、そして菊池寛の死去――。新社創立とともに池島信平は編集局長となった。新旧交代、あるいは新たな時代の幕開けだ。
ところで、当然ながら編集者にとっての含蓄が多い本書。中でも、ずしりと重たいのが次の言葉だ。
「編集者で一番恐ろしいのは、精神の動脈硬化である」
編集者に限らずとも“精神の動脈硬化”は避けたいところであるが、日に日に加速していくように思える昨今、新しい時代に遅れをとらないためには、やはり速く走るほかないのであろうか。(ひ)
