“東京”と“ディスコ”と“80's&90's”。あたかも車両と車両とが連結するように組み合わさったタイトルが、この時代の時代性を現しているように思える。無機質な過剰さというか。僕自身は、“東京”とも“ディスコ”とも“80's&90's”とも、微妙な距離感があるため、若干の羞恥心を覚えながら本書のページをめくった。しかし、ディスコについてさまざまな立場から12人の証言で構成されたとても興味深い本だった。

78年、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が公開され起こったディスコブーム(新宿、六本木界隈)→バブル景気の最中、マハラジャ麻布十番('84-'97)を始めとする高級ディスコの時代(六本木界隈)→91年のジュリアナ東京開店による大バコブーム(芝浦界隈)→94年、ジュリアナ東京閉店と、エイべックス資本の店として有名な超大バコ店、ヴェルファーレの開店(六本木界隈)→バブル崩壊による衰退、小規模なクラブへ。東京ディズニーランドが開業され、ファミリーコンピュータが発売されたのが83年だから、消費社会、SF、ゲーム、それらとディスコブームは同時代を共有しているといえるだろう。

これまでディスコといえば、TVで流れるジュリアナのお立ち台や扇子のイメージしかなかった。しかし、それはむしろディスコブームの末期に打ち上げられた花火であってほんの一瞬でしかなかったようだ。ざまざまなディスコファッションが紹介された口絵を見れば分かるように、ファッションも場所や時期によって大きく変化している。もちろん音楽もだ。

たとえば、エリアやジパンゴなど日拓系ディスコ好きの女性は「日拓ギャル」、マハラジャやエデン・ロックなどNOVA系ディスコ派は「NOVA系」と呼ばれた。佐藤あや氏によれば、「系列ごとに黒服(黒系のスーツを着たディスコ店員)から教わるパラパラの踊り方がまったく違った」「日拓ギャルが向こうの店に行ったり、逆にNOVA系がこっち側の店に来たりすると一目瞭然」で、「こっちの店に来るな」というようなことでケンカすることもあったという。

数多く登場するディスコのなかで興味深いのが、空間プロデューサー、山本コテツ氏らのプロデュースにより87年にオープンした、トゥーリア。「地球に不時着した宇宙船」をテーマに、映画『ブレードランナー』の美術を担当したシド・ミードが店内をデザインした、というまさにSF時代の落とし子だ。ところが、88年1月5日に照明器具の落下事故によりあっけなく閉店してしまう。ジュリアナ東京さえまだオープンしていない頃だが、事故の衝撃からしても、ある意味でこの時点でディスコは一度死んだのかもしれない。ーーそれから1年後まもなく昭和が終わる。

最後に、ドクター・コヤマ氏による「Jトリップチャート100」、ディスコの歴史が分かる年表など、作り手の心意気が伝わる構成に好感が持てた。とくに86年から91年にJトリップバーでかかった曲を紹介する「Jトリップチャート100」は知りたかった人も多いのではないか。(ひ)
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