不思議な廃止日 | レールは、こころをつなぐ道。

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日本の旅は、列車です。(JR-G 2004)

「京都の市電 昭和を歩く」「京都市電が走った街 今昔」の著者、福田静二さんの協力を頂き、四季折々の京都の街と市電の風景の「京都市電ロマン カレンダー」をお届けします。

 

 

その昔から四条通のシンポルでもあった南座、市電の窓から公演演目の看板を見るのも楽しみのひとつだった 四条京阪前

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南座は400年以上の歴史を誇る日本最古の劇場

南座 HP 公演情報

 

南座から四条通を挟んだ川端通には安土桃山時代の女性芸能者出雲阿国(いずもの おくに)象が有る

出雲阿国は、かぶき踊りを創始し、様々な変遷を得て現在の歌舞伎が出来上がっているが、現在では「出雲阿国」という呼称も同時代の資料には見られず、阿国が出雲出身かどうかも学術的に決着がついていないとか
 
阿国像が見つめる南座の北方向には「北座」の看板だけが

江戸時代初期、四条河原には幕府公認の芝居小屋が七座存在したがその後、火事で幾度も焼失し、また興行の中心が大坂に移ったため次第に数を減らした。

江戸時代中期には四条通りの南(南の芝居)と北(北の芝居)、大和大路の西(西の芝居)の三座となった。

西の芝居は1794年(寛政6年)の大火後は再建されず、二座が残った。さらに南座の向かいにあった北座は1892年(明治25年)四条通の拡張に伴い閉鎖され、南座のみになった 南座 wikipedia ⇒ こちら

 

 

2020年12月には顔見世興行風景を掲載

 

四条大橋を行く京都市電

四条線は「四条京阪」で 南座西側を鴨川沿いに走る京阪電車と平面交差していた
京阪電車の地下化は四条線廃止から15年後の1987( 昭和62)年

 

京都市の繁華街を東西に走る四条線を含む千本・大宮線の廃止は1972年1月22日

この四条・千本・大宮線の廃止日はなぜに1月22日?

 

 

四条・千本・大宮線 沿線スケッチ

 

十分に検討されなかった存廃