2月1日は日本最初の電車が走った日 | レールは、こころをつなぐ道。

くどいようですが

世間では取り上げられない記念日なので!

2月1日は伏見にチンチン電車が走った日

正確には「伏見に…」と言うより

「日本に最初の営業用電車が走った日」

※東映太秦映画村にある開業時の電車のレプリカ

 このレプリカの詳細は↓

 

 

 

その23年前の1872(明治5)年に日本最初の鉄道として新橋~横浜間に官営鉄道が走り始めました。

これは蒸気機関を動力とした蒸気機関車が客車を牽引して走り始めたもの(汽車)で、当時は陸蒸気(おかじょうき)と呼ばれた都市間輸送を前提とした鉄道でした。

 

 

1882(明治15)年に市街地輸送として東京馬車鉄道が線路上の客車を馬が牽く馬車鉄道の営業を開始しました。

※イメージです

これは名前こそ鉄道ですが、行政上は、人が牽く人車軌道と同様に扱われていました。

 

 

1890(明治23)年に第三回内国勧業博覧会(東京)において日本で初めて電気で走る鉄道(電車)が披露されました。これは1887(明治20)年東京に完成した日本最初の火力発電を利用して博覧会場内での展示運転でした。

 

 

「日本最初の営業用電車が走った日」

そして、1895(明治28)年2月1日に琵琶湖疏水の水力を利用した蹴上(けあげ)水力発電所の電気を利用して、日本最初の電気鉄道 京都電気鉄道が営業を開始しました。

 
 Wikipedia「2月1日」にひっそりと掲載は有ります↓

この蹴上の水力発電も1891(明治24)年に運転を開始した日本最初の一般電気事業用の電力でした。 

 

 

なにしろ、日本で初めての電気で走る鉄道のため関連する法制度など有るはずもなく、馬車鉄道の馬が電気に代わっただけ、?鉄道?軌道?、便利なのか?、安全なのか?、どの様な乗り物か?、などの評価・認識も無く、よく分からないので認可を渋られた京都電気鉄道は「営業期間を30年とし、期限満了になれば何時でも電車を取り除きます。」との条件で建設を始めたのでした。

 

市民や犬や猫も電車を目にするのは初めてで事故が多発し

開業半年後には、結局日本で唯一となった電車告知人(先走り)の配置や、救助網や信号の設置など法整備が後追い状態で制定され、苦労と努力の連続でしたが、ようやく電車の良さが世間に認知されてきました。

 

 

 

しかし、「盆地の京都をロンドンの様な霧の街にしてはいけない」と採用した日本最初の水力発電所の蹴上発電所でしたが取水口の藻刈り作業で毎月1・15日の2日間の停電に加え、故障などによる停電が頻発したため、「これでは儲(藻を)からん」と言ったかは分かりませんが…京都電気鉄道は開業4年目の1899(明治32)年には東九条に自前の火力発電所を建設し、その4年後の1903(明治36)年には蹴上発電所からの電力購入を取りやめました。

 

しかし、1912(明治45)年に市電事業の旨味に気づいた?京都市が市電を開業したので、都市・道路整備を並行して進められる優位性は明らかで、私鉄の京都電気鉄道は1918(大正7)年、開業30年にはまだ7年も有る23年目で京都市電に買収され

「京都電気鉄道株式会社」は

日本鉄道史にバイオニアとして

その名を残すだけとなりました。

 

京阪電車中書島駅前の「日本最初の市電」駒札

 

日本最初の市電(=市営電車)

1895(明治28)年に私鉄の京都電気鉄道がパイオニアとして苦労して築き上げた路面電車の好評価や、将来性、必要性に気づいた京都市が市営電車を開業したのは17年後の1912(明治45)年です。

その間に大阪市では1903(明治36)年に市営電車が開業していて、これが日本最初の市電ということになります。

また東京市電も私営電鉄を買収する形で、1911(明治44)年京都より1年早く開業しています。

なので正確には京都市電は日本で3番目の市電開業という事になります。

 

京都市電開業から7年、し烈な両社の競争の後1918(大正7)年に京都電気鉄道は京都市電に買収され、前身の京都電気鉄道を含め、京都市電が日本最初の市電と書かれている。↓

 

京都市交通局のあゆみ ↓

 

 

田辺朔郎技師と共にアメリカ視察をし水力発電や電車の必要性を体験した高木文平は初代京都電気鉄道の社長に就任しました。

 

 

2月1日(木)・3日(土)~4日(日)の3日間

鉄道写真家の福田静二さんが撮影された市電伏見線の写真を展示します。オリジナルポストカードセット(いろいろおまけ付き)も販売。なお、伏見駿河屋で商品お買い上げの方には、無料進呈致します。