久しぶりに…
高木文平「『三二庵閑話』を読む」(13)
が掲載されましたのでお知らせします。
琵琶湖疏水の建設を計画した北垣国通京都府知事
琵琶湖疏水を設計し、建設途中の訪米視察で情報を得て、
日本初の水力発電所を蹴上に設置した田辺朔郎土木技師
田辺技師と共に訪米視察をして京都に日本最初の電気鉄道事業を起こし路面電車を走らせた実業家高木文平
※南禅寺の琵琶湖疏水水路閣建設について福沢 諭吉は1892(明治25)年の「時事新報」にて、「日本国は世界の遊園にして京都は其遊園中の遊園なり(中略)京都にして名所旧跡を失えば、誰れか京都をみるものあらんや。帝都は既に東京に移りて商売は神戸大阪に去り、唯残るものは山水の美と寺社仏閣の古さのみ」と述べて、京都は近代都市になるのではなく古都として観光化していくのが望ましいとの考えを示し、琵琶湖疏水については、古都の美観や社寺の典雅を破壊するとして「事物の緩急前後を誤り、わゆる文明流に走りたる軽挙」だと述べている
明治の田舎侍と呼ばれ、豪放磊落な高木文平は「名を残す必要は無い!」と自叙伝を好まなかったようで、唯一、本人が口述したものを活字にしたものが明治35(1902)年の出版の『三二庵閑話(さんにあんかんわ)』で、ここに文平の思いが綴られています。
高木文平(たかぎぶんぺい)⇒ Wikipedia
その原文は漢字とカタカナで綴られていて読みにくいため、伏見チンチン電車の会では読み易くしたものを連載しています。
今回は明治21(1888)年、琵琶湖疏水の水力利用の参考にするため、アメリカへ視察調査員を派遣するところから、現地へ向かった高木文平一行が、京都の参考にするには規模が違う事に気づき落胆・失望したり、初めて路面電車を見て京都にも…と思ったり、わが国でも英語教育を…と思ったきっかけの話です。
電気鉄道のルーツ 伏見チンチン電車の会ブログ ↓
落胆・失望のいきさつ


