小説「偽りからの解放」より
登り坂を橋に向かって、必死に自転車を漕いでいる。ジーパンにTシャツ姿だが、背中にギグバッグ(ギターケース)を背負っているので、もう暑いくらいだった。俺はギターの家庭教師をしていた。家庭教師といっても、どこかに所属しているわけではない。自分で勝手にやっているだけだ。これまでにも何人か教えてきたが、今回のは久しぶりのギター家庭教師だった。毎週日曜日に、一回2時間で、それを月4回で1万円の収入だ。時給1,250円になるわけだから悪くはなかった。なによりも自分の好きなことで収入を得れるのは気分が良かった。今教えている生徒は3ヶ月目だった。「ピンポーン」インターホンを押す。ドアが開く。「よう、久しぶり~!、って言っても1週間ぶりか~(笑)」「あ、先生・・・こんにちは・・・」生徒の部屋に上がりこみ、ギターのチューニングをしながら、ギグバッグからリズムマシンとシーケンサーを取り出し、手際よく接続していく。「どう? ペンタトニックスケール、大分弾けるようになったかな? 」この生徒は最近、友人たちとバンドを始めたので、技術の向上のためにギターを習いたかったようだ。知人の紹介だった。「あ、はい・・・少しは・・・」ん・・・? 俺は違和感を感じた。何か様子がおかしい・・・大人しい落ち着いた性格の生徒だったが、決して暗い子ではなく、真面目でハキハキとしたタイプの子だ・・・それがいつもよりも明らかに暗い・・・。「どうした? 何かあったのか? 」「・・・はい・・・実は・・・」帰り道、自転車を漕ぎながら先ほどの生徒の話を思い出していた。昨日、同級生がが自殺したという。遺書もなく自殺の理由は分からない。その同級生とはちょうど1週間前に、道でばったり会って、久しぶりだったので普通に10分ほど会話をしたらしい。そんな自殺をするようなそぶりは一切なかったという。まだ19歳だった。そして生徒の父親はその事を知り、その晩、自分の息子を部屋に呼び出して長々と話をしたという。「自殺してはいけない。絶対に自殺だけはするな。」と。そう話をしながら生徒は涙を浮かべていた。同級生が自殺して当然、驚きも悲しみも恐怖も当然あっただろうが・・・その涙ではない・・・俺には解った。父親の話の中から・・・息子のために言っているのではない、『自分が息子に自殺をされたら、自分の人生の汚点となってしまう』、そういう父親の意図をわずかながらも感じ取ってしまったのだ。『みんなが結婚するから結婚したい』『みんなが子供を育てているから自分も子供を育てたい』『自分じゃなくても良かったんだ』『ただ親がみんなと一緒のことがしたいがために、ここに産まれて来たにすぎない』『大人たちに勝手に産まれて、子供たちはこんなにも苦しまなきゃならない』『全てが子供のためじゃない』『大人が自分の周りのみんなと一緒でいたいだけだ』・・・それに気づいてしまったんだ。俺には生徒のその気持ちがよく解った。一応、建前的には子供を社会に出す為に学校に行かせているのだから、社会が悪化していたら本末転倒でしかない。社会と教育はセットじゃなきゃならない。しかし大人たちは社会がどんなに悪化しようとも、何もしようとはしない。実際は周りのみんなが子供を学校に行かせているから、自分も子供を学校に行かせているだけだ。みんなと一緒の責任逃れのための言い訳のための学歴に過ぎない。そして多くの大人たちは、子供たちの未来の社会の土台となる、最も重要な政治には全く無関心で、年に数回程度の町内会にすら行かない。十数年も子供を半ば強制的に学校に行かせているにも関わらずだ。SNSではランチやデザートの写真にはいくらでも「いいね!」を押すが、少しでも政治的な内容を含んでいるものには完全に見て見ぬ振りをする。自分が周りにどう思われるかが怖くて、「いいね!」すらも押せないのだ。にもかかわらず、子供たちには「子供たちのために毎日必死に働いている」と何重にも嘘をつき、『高校や大学まで行かせてもらって』と恩だけは着せて、自分たちだけはオママゴトのような人生で、なんとか逃げ切ろうとする。生きる為に本当に必要なことは何一つ教えず、奴隷になるための教育だけ与えて、子供たちに必要の無い競争をさせて、散々ペットのようにして遊んでおいて、大きくなったらタイムリミットだ。もう大して親の言うことも聞かないし、大して可愛くもないし、餌代も掛かる。なので「社会人として自立しろ」と奴隷としてさらに悪化した社会に放り出される。まだペットの方が最後まで可愛がられて飼ってもらえる可能性が高いので、いくらかマシだ。だから子供の自殺がどんどん増えている。それに気づいた居場所の無くなった子供が自殺をしている。多くの場合、遺書など残さないだろう。言っても無駄だからだ。追求してもはぐらかしどこまでも逃げて、最終的には逆切れと泣き落とし。それが解っているから自殺をするんだ。何万人もの子供たちが毎日死にたいと思いながら生活をしている。そんな社会を大人たちが作ってきた。心の底から怒りが沸いてくる・・・どこまで大人たちは自分勝手なのだろうか。俺はそれらの事実に、子供の頃からから気づいていた。そしてそれらが全てメディアによる洗脳だということも。自転車を漕ぎながら橋を渡る。夕日に照らされた川面が、オレンジ色に輝いていて眩しかった。風が幾分、肌寒くなっていた。 - おわり発掘!! 25年前のBANDテープhttps://www.youtube.com/watch?v=9q_sbP6PJUI&t=160s