小説「偽りからの解放 - 洗脳」より(超簡略版)
「優越感、得たい裏には劣等感」 そんな言葉が頭に浮かんで来る。大の大人が劣等感に塗れて、目先の優越感を得たいがために、毎日目くそ鼻くその背比べだ。そうする為に連日朝から晩まで嫁姑問題をTVで報じて、三世代同居を止めさせて核家族だらけにしてきた。その為にTVドラマやトーク番組で中年俳優に「子供の教育は妻に任せてある」と言わせ続けてきたわけだ。舅姑の目が届かなくなり、世の父親たちが「子供の教育は妻に任せてある」と言い出したところに、次に学歴社会を持って来る・・・ 誰が自分自身で勝負せずに、自分の持ち物で勝負しようとしてきたのか・・・ それによりあっという間に若者の自殺率は世界でもトップクラスになった。それでも恥ずかしげもなく、ここぞとばかりに、鬼の首でも取ったかのように、支配者が用意したメディアの受け売り通りの言葉をまるで自分の言葉の様に言うわけだ。「高校や大学まで行かせてもらって!」その言葉の刷り込みによって、親の役目はそれだけで全てOKということにすり替えてしまった。そしてさらには、政治的意見の違いから殺人にまで発展した事件を連日報道し続ける・・・大人たちが「外で政治と宗教の話はせられんねぇ」と言い出すまでだ。こうして支配者たちに都合よく、大人たちはおママゴトの枠の中に閉じ込められた。社会に出すために学校に行かせている体であるにもかわらず、大人たちは社会がどうなろうと知らぬ存ぜぬ我関せずだ。都合の悪いことは見て見ぬふりをして、時には弱者を偽装して、時にはすぐに連携して恩だけを着せて。誰が「子供のため」を偽装してきたのか?・・・自分が周りと一緒でいたいが為に・・・自分が周りに勝ちたいがために・・・自分が周りにどう見られるかを何よりも一番大事にしながら。ここまで洗脳され続けてきたにもかかわらず言うわけだ、「私は洗脳などされていない!」と。多くの人間が自然と共に自給自足的な生き方をしていたら、民主主義を偽装した支配は難しくなる。そのためにTVを使って、生きるために必要な事から目を逸らさせ、生きるために必要のない事に憧れさせ、生きるために必要のない事を目指させてきた。誰がそれにワーキャー言ってきたのか?まんまとその習性を全て見透かされて、幼児のサッカーのように右へ左へとボールに群れるかのように、支配者どもに都合よくコントロールされてきたわけだ。そういう大人たちを見て育ってきたのが、今の子供を持つ親の世代であり、今もまた同じことをし続けている。そして今も毎日どこかで、子供たちが自殺をし続けているわけだ。小説「偽りからの解放 - 洗脳」より(超簡略版) ※この物語はフィクションです