【以下ニュースソース引用】

創業50年・名物女将がいる自動車書店

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ミラノの自動車書籍専門書店「リブレリア・デッラウトモービレ」で。シルヴィア・ナーダさん(左)がカウンターに立つ。右は常連客で自動車史家のアンジェロ・ルッフィーニさん
大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA

大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA

 コラムニスト

日本の音大でヴァイオリンを専攻、大学院で比較芸術学を修了。イタリアの大学院で文化史を修める。イタ …

 

ミラノに1軒の本屋がある。

 

「リブレリア・デッラウトモービレ Libreria dell’Automobile」というイタリア語が示すとおり、自動車の専門書店である。

 

創業以来、半世紀以上にわたって店に立つ名物女将、シルヴィア・ナーダさんに話を聞いた。

 

創業50年・名物女将がいる自動車書店
書店は、イタリア自動車クラブ・ミラノ支部の一角にある

留学で出会った夫と

ミラノのサンバビラ広場から北に歩くこと約10分。

 

イタリア自動車クラブ(ACI)ミラノ支部の館が見えてくる。

 

その一角に店を構えているのが、リブレリア・デッラウトモービレである。

 

150平方メートルの店内は、四輪車、二輪車、軍用車、トラクターの関連書籍で埋め尽くされている。

 

さらにはミラノ市電や地下鉄について著された本もある。

 

新刊だけでなく、たとえば自動車博物館で過去に開催された企画展のカタログや、1960年代に刊行された名著もストックされている。

 

取り扱いタイトルは1万点に及ぶ。

 

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英国の古い書店から着想を得たという店内。ただし書棚は豪華装丁本にも耐えられるように、しっかりとしたものが選ばれている。「なかには1冊で5キログラムある本もありますからね」とシルヴィアさん

 

書店でレジに立つシルヴィア・ナーダさんは、ミラノの自動車書ファンの間で知らない者はいない有名人だ。

 

そればかりではない。

 

イタリア自動車出版界のレジェンド的存在であるジョルジョ・ナーダ氏の妻として、長年二人三脚を続けてきた人物である。

 

事実、今も店は出版社の直営店である。

 

先に出版社ありきかと思いきや、そうではなかった。

 

シルヴィアさんの物語は1960年代末、彼女が学生だった時代から始まる。

 

「夫とは英国で出会いました。ふたりともイタリアからの留学生だったのです」。

 

シルヴィアさんはミラノ、ジョルジョ氏は隣州であるピエモンテの出身だった。

 

イタリアに帰国後ジョルジョ氏は、ACIのミラノ支部に就職した。

 

参考までに、ACIはクラブといっても、自動車税の徴収業務も代行する。

 

日本のJAF(日本自動車連盟)よりも公的機関的な性格が強い団体である。

 

そうした組織のなかで1970年、ジョルジョ氏は併設書店の店長を任された。

 

転機は1973年に訪れた。ACIが書店部門を売却することになった。

 

ジョルジョ氏はシルヴィアさんとともに店ごと権利を購入することにした。こうして誕生したのが、今日まで続く彼女の書店だった。

 

店内の改装にあたっては、二人の思い出の地・ロンドンの古い書店に着想を得た。

 

ただし、当初は自動車関連書籍よりも、ドライブに役立つガイドブックや地図がよく売れたという。

 

シルヴィアさんは「米国の防衛地図作製機関が発行していたものも人気でした。

 

今のようにグーグルマップなどない時代でしたからね」と笑う。

 

そうした地図は、北アフリカ版の引き合いが多かったという。

 

筆者の想像だが、同地におけるイタリア公営企業の資源開発や、パリ-ダカール・ラリーに刺激された個人自動車ファンの冒険旅行にも役立てられたに違いない。

 

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モンツァ・サーキットにおける臨時書店。1970年代(photo: Libreria dell’Automobile)

 

二人は、ミラノ北郊のモンツァ・サーキットでフォーミュラワン(F1)レース期間中、臨時売店も出した。

 

「チーム監督やエンジニアたちに交じって、クレイ・レガッツォーニ、ニキ・ラウダなど伝説のドライバーたちが訪れました。

 

そして店先で自動車談議に花を咲かせていました」とシルヴィアさんは振り返る。

 

そうした雰囲気のなかで、アルプスの向こうからやってきたファンの若者たちは、なけなしの旅費をはたいてイタリアまでやってきて疲労困憊しているはずなのに、笑顔が輝いていたという。

 

数年後、臨時売店からは撤退したが「あの頃のサーキットは、今のF1にはない、家庭的なほのぼのとしたものでした」とシルヴィアさんは目を細めた。

悲しみの向こうに

その後ジョルジョ氏は1977年にみずから出版事業に進出。

 

1988年にはその名も『ジョルジョ・ナーダ出版』となった。

 

彼の会社は、一流の執筆陣、専門家をもうならせる内容、そして美しい装丁によって、イタリアのみならず欧州屈指の自動車関連書籍出版社に成長した。

 

にもかかわらず、1990年代末の筆者の記憶では、ジョルジョ氏は頻繁に書店にいた。

 

店内を見下ろす中2階に自身の机を置いていて、東京のブックフェアに出展したときの思い出話もしてくれたのを覚えている。

 

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平置きされた3冊は、いずれもジョルジョ・ナーダ出版による書籍で、フィアットのラリー仕様車に関するもの
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アルファ・ロメオ公式・創業100周年記念書籍。ジョルジョ・ナーダ出版が2010年に手掛けた

 

いっぽうで2000年代に入るとジョルジョ氏とシルヴィアさんは、成長が鈍化する出版・書店市場にいち早く対応した

 

。2006年末にはイタリアの大手出版社『ジュンティ』と提携。

 

2010年には書店を同じ館内の面積が狭い場所に移転して、より通販に力を入れるようにした。

 

そうしたなか悲劇が起きた。

 

2020年5月、ジョルジョ氏は新型コロナウイルスに倒れ、帰らぬ人となったのだ。

 

書店はシルヴィアさんが、出版および通販業務は二人の子息セルジョ、ステファノ両氏が引き継いだ。

 

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ジョルジョ・ナーダ氏(中央)。子息のステファノ(左)、セルジョ(右)両氏とともに。2019年5月コモで。筆者にとっては、これがジョルジョ氏との最後の面会になってしまった

 

彼らを励ますような朗報が、それも相次いで舞い込んだのは2022年11月のことだった。

 

地元ロンバルディア州から書店が「歴史的事業」に指定・表彰された。

 

さらにイタリアの権威ある自動車専門誌『ルオーテクラシケ』が主催する読者投票で、彼らの書店と出版事業が「スペシャリスト・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。

 

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ロンバルディア州による「歴史的事業」指定の盾

 

書店の真向かいには高級靴ブランド「トッズ」を創業したデッラ・ヴァッレ氏による企業の館がある。

 

そのため、彼のビジネスパートナーである元フェラーリ会長ルカ・コルデーロ・ディ・モンテゼーモロ氏がたびたび立ち寄るという。

 

だが大半の顧客は、地元に住む昔からの常連だ。

 

彼らはお気に入りの本を探すとともに、昔話に花を咲かせては帰ってゆく。

 

その日も、自動車愛好家である地元の弁護士と、自動車歴史家がやってきて、かつての愛車やモータースポーツに関する話で、シルヴィアさんと盛り上がっていた。

 

その間に彼女は、はるばる外国から店を目指してきた外国人客にも温かく接する。

 

これからのリアル書店にとって、理想の姿のひとつをミラノに見た気がした。

 

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常連客のひとり、ジャン-アンドレア・ガリオーロさんは弁護士。フィアットの歴史本で小型スポーツカー「X1/9」のページを開くと、「昔、これに乗っていたんです」とうれしそうにほほ笑んだ

 

Libreria dell’Automobile
Corso Venezia, 45
20121 Milano Italy

火〜土 10:00 –13:00/15:00-19:00
日月休み

アクセス:地下鉄M1号線Palestro駅すぐ
https://www.libreriadellautomobile.it

(文・写真・動画 : 大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA)

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