次の日の幼稚園からの帰り・・・
今日子はタヌキは2人で帰宅をした。
葵はタヌキの子供が大好きで今日も2人でじゃれあって居た。
「言い加減してちょうだい!どんどんうちの純が悪くなっていく!
葵ちゃんと遊ぶようになってからどんどん悪くなって行く!!」
今日子は笑顔で言った・・・
「子供には子供の世界があるのよ・・
まだ、4歳だなんて勘違いをしてるのは親だけ・・
4歳ながらも自分の世界がある。
そして責任を学んで行く・・
うちの葵と遊んでいるから悪くなるって・・・
ならば、葵と遊ばなくなったらあなたのお子さんは立派になるの?
良い子って何??
どんな子が良い子なの??
静かで自分の我を出さない親の言いなりの子供が良い子なのかしら?」
今日子の言葉にタヌキは顔をしかめる・・
「何よ!あんた・・偉そうに・・
自分の子供の面倒も見れない親のくせに!!」
「そう・・
私はダメな親なのかもしれない・・
でも、親も子供を通して学んで行かなくてはいけない・・
完璧な大人なんか居ないのよ!
子供の成長と一緒に親も学んで行かないといけない。
解った!もう、あなたにもあなたの子供にも関わらないようにすれば良いのでしょ?
解りました・・」
それが今日子の出した答えであった。
親は・・
親はね!
どんなにダメな親でも自分の子供を最後まで守ってあげないといけない。
子供がどんなに世間から悪く思われていても最後まで・・
その子を信じてあげなくてはいけない。
最後まで守ってあげないといけない。
それが、その子をこの世に誕生させた責任である。
そして、子供の人生は誰の責任でもない。
子供の責任である。
いろいろな失敗を繰り返しながら人間は成長をして行く。
そして、あくまでも子供の人生を左右するのは誰でもない。
親のだ。
自分の子供の悪を・・・
誰かのせいにしてはいけない。
自分の思い通りにならない子供を誰かのせいにしてはいけない・・
なぜなら、子供を育てているのは親であって他人ではないからだ。
自分が劣っている事を誰かのせいにしてはいけない。
他人は確かに様々な影響を与える。
それは、善でもあり悪でもあるかもしれない。
その中から、子供の進む道を導いてあげるのも親の責任ではないのだろうか?
人間は弱い生き物で愚か者である。
何時もだから逃げ道を探している。
「子供は親の背中を見ながら前に進んで行く・・・」
だから親は何時も真っ直ぐに前に進んでいなければいけない。
何の迷いも無く・・・真っ直ぐに前を・・
それが親の責任である。
子供は親の鏡・・・
くすんだ親の子供はくすんで行くのだ・・
世間からどんなに立派な人間だと言われている人間でも・・
心の中はその人間しかわからない。
子供を諭す前に・・・
まずは、自分を諭すべきだ・・・
子供を叱る前に・・
まずは、自分を自分自身で叱るべきではないだろうか??
子供は何時も親を見ているのだ・・
見ていないようで・・・
何時も親の背中を見ている・・
それは自分にとって一番の学びの対象が親であるからだ。
そんな親が誰かを平気で傷つけたり意地悪をしたり・・
それで良いの??それで・・・
弱い親にならない・・・
私は孤独は無い・・
たとえ幼稚園のママ達が全員、自分を邪魔者しても・・
私には旦那と可愛い娘が居るじゃないか・・・
今日子が出した答えは・・・
「悪に屈する事なかれ・・」
孤独になる事はなんか本当は怖くない・・
負ける事が本当は怖いのだ・・
「違う」と言えない事が本当は怖いのだ・・
弱い親の子はやはり弱い・・
真の強さとは誰かを傷つける強さではなく・・
誰かを幸せにしてあげる強さであると・・
親は子供に教えるべきであると思う。
今日子は葵の手を握り笑顔でタヌキに言った・・
「ごきげんよう・・さようなら・・」と
これから今日子が進む道は茨の道なのかもしれない。
しかし、1つだけ今日子は今回の事で解った事があった。
親は常に強くなくていけない。
そんなくだらない事を・・・
ただ、振り返ることも歩き出した今日子の顔は笑顔であった。
そこには孤独と言うな不安はまるで無かった・・・
きっと・・・
無邪気に笑う娘の手の温もりが・・・
今日子を笑顔にさせたに違いない。
親は子供の鏡である。
子育てにおいて正解は無いのである。
なぜなら、その子供によって正解が違うからだ。
そしてその正解を探す事が子供を育てると言う事なのかもしれない・・
「葵!今日は特別にアイスを買って帰ろうか!」
そんな言葉に小さな天使は嬉しそうに微笑んだ・・・
終劇