終着駅 「修善寺」(最終回) | 僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

「今夜、食事にでも行かないか??」


裁判所から通知が届いた次の朝、私は妻にそう言った。


彼女は驚いたような顔を一瞬したが私の真意を察したのか笑顔で言った・・


「そうね・・たまには良いかもね・・」と


明日が裁判所に呼び出される日であった。


きっと、もう妻と会う事も無いだろう・・・


私はその日の晩、出来る限りのおしゃれをして仕事場に向かい直接、待ち合わせの店に向う・・


私と妻が初めてデートをした広小路にあるフランス料理の店


店に入ると既に妻は私が予約をしていた席に座っていた・・


もう直ぐ40歳になるとは想像も出来ないほど美しかった・・・


ただ、その美しさは私の為に維持されている物ではなく・・


きっと、私が今後、一生、会う事も無い男の為に維持されているものであろう・・


私は初デートの状態を思い出せる限り再現をした。


飲んだワイン・・頼んだ料理・・


フランス料理など食べた事が無かった私に優しくナイフとホークの使い方を教えてくれた彼女・・


ワインなど飲んだ事が無い私に・・自分のお勧めのワインを楽しそうに勧める彼女・・・


そんな場面の1コマ・・1コマが鮮明に思い出される・・・


2人で乾杯をした・・・


「何に乾杯よ??」


妻は笑いながら言った・・・


「そうだな・・過去にかな・・」


私がなぜにこの店を選んだのか??


別に幸せだったあの頃を妻に思い出してもらいたかった訳ではない・・


消したかったのだ・・・全ての妻との想い出を・・


そして、その思い出のスタートはこの店でありこのワインであった。


だから、その場面を再現する事でその時から15年間の想い出をなくしたかったのだ・・


最後のコース料理が出された時に私は妻に聞いた・・


「いったい・・僕の何が悪かったんだい?」と


彼女はグラスに残っているワインを一気に飲み干すと呟いた・・・


「悪い所がない事が悪かったのかしらね・・」と


悪い所が無かった事が悪かった???


なんとなく理解できたような・・出来ないような妻の答えに私は一瞬、渋い顔をした。


最後の料理を食べてデザートを食べ終わると時間は9時をまわっていた・・・


15年前・・


私達は、この後、ホテルに向かい初めて結ばれる事になるのだが・・


今夜はそうもいかない・・


なぜなら、今日が始まりの日ではなく・・


今日が終わりの日だからだ・・・


最後のワインを飲み干すと2人同時に席を立った。


会計伝票を私が持つと彼女は笑いながら・・


「ワリカンでね!」と呟いた。


店を出ると何時の間にか外は雨が降っていた・・


「タクシーを呼ぼうか?」


そんな私の言葉に妻は笑いながら言った・・・


「私は帰る家が違うから・・」


そんな言葉から昼間のうちに彼女が実家に荷物を移したことを知った。


「そう・・もう君と会う事も無いのかもしれないね!

15年間・・ありがとう。

いろいろとあったけど・・僕は僕なり幸せだったよ!」


私は右手を彼女に差し出した・・・


彼女も右手を差し出した・・・


「さようなら・・」


2人は笑いながらそう呟いた・・


私は1人、彼女をその場に残すと雨の中を三島田町の駅に向かい歩き始める・・・


涙を・・・・自分の目から溢れ出す涙を誰にも見せたくなかったから・・


そして・・彼女に見せたくなかったから・・


「性格の不一致と言う事で奥様の方から離婚理由を言われておりますが何かご反論はありますか?」


事務的な口調で家庭裁判所の担当の人間が告げる・・


私は数枚の写真を胸元から取り出し机に置きながら笑顔で言った・・


「妻の浮気が原因です・・」と


担当官は一瞬、困惑したような顔をしながら冷静を装ったよな顔で言った・・


「弁護士をお雇いになった方がよろしいかと思います・・」と


私は無言で小さく頷いた・・・


裁判は比較的に早く終わった・・


別に私はお金が欲しかった訳では無かったので・・


妻の方の弁護士から提示された金額に何の文句を言う事無く応じたからだ。


「私の価値は・・・・」


私は提示された金額のゼロの数を数えながらそう呟いた・・


私の価値は・・きっと「ゼロ」なんだと・・


自宅から妻の荷物が全て運び出された日・・


私は台所に残されたテーブルの椅子に座りタバコを吸った・・


これがやって見たかった・・・


ベランダで吸うのではなく・・・こうしてゆっくりと椅子に座りながら・・タバコを吸ってみたかった。


なんとも情けない小さな願いが叶った・・・


妻と離婚をして数日後・・


図書館に1人の女性が現れる。


私はその時、偶然に貸し出し窓口に座っていた・・


「初めてなんですけど・・・」


そう呟く女性を見て私は驚きの顔をした・・


それは、あの時の彼女であった・・牧野郷で出会った彼女であった・・


「そちらに申し込み用紙がございますので・・」


彼女は申し込み用紙に記入を終えるとブルーのハンケチと一緒に私に差し出した。


「何か本日、お借りになる本はございますか??」


そんな私の言葉に彼女は笑顔で呟いた・・


「坂本誠の苦しみの訳が書かれた本を探しています・・」と


私は笑顔で呟いた・・


「申し訳ございません・・只今、貸し出し中でございます。

変わりにこちらをお持ち下さい・・」


私は真新しい図書カードと一緒に真っ白いハンケチを差し出す。


「返却されたらお連絡を致しますので・・

あなたのメールアドレスを教えて頂いてよろしいですか?」


「ええ・・早く返却されると良いのですが・・

私も年なもので・・」


「そうですか!催促をしておきます・・

美しい女性が早く読みたいと順番を待っているとね・・」


「お願いします・・」


佐藤今日子・・・


それが、私が彼女に貸し出す物語の主人公・・


そしてその物語の名前は・・・「小さな恋の物語」


私はその日の晩にメールをした。


「本日、返却されました・・・

ただ、残念な事に坂本誠の苦しみは全て消されていました・・

どうされますか??」と・・


数分後、今日子さんから返信が・・


「ならば・・・これから2人でその消されたページを埋めませんか?」と


こうして私達の小さな恋の物語が始まった・・・


私は今でも毎朝、何時もの始発電車に乗っている・・


ただ、昔と違うのは・・


私の何時もの指定席の隣は牧野郷から乗車する1人の女性の指定席に変わった事ぐらいだろうか・・


今日も修善寺線は走り出す・・・


僕達の物語を乗せて・・・


人生はそれほど・・悪くないのかもしれない・・


                                              終劇