毎年、1月3日には夫の会社の社長宅で新年会が催されます。
家族ぐるみのおつきあいを大切にする社長なので、私も一緒に呼ばれます。
2009年1月3日。
この頃、私はピークに自信を失っていました。

女性として価値がない。
生きている目的がわからない。
私の結婚に意味はあるのか?


ブレスワークで言われた
「脱皮する」という意味がわからない。

そういう気持ちでいたのが伝わったのかなんなのかいまだにわかりませんが、
参加していた別のお客さんの男女二人と話をしていたところ、
男性の方はお酒が入ってたせいか、
「いや、奥さんが独身だったらね~、ホント、僕が嫁にしたかったです。」
などと言い出して。
彼は前年、会社のシンガポール旅行に私も便乗した際に参加していた人Jさんで、
そこで初めて知り合いました。
その時カメラ担当をされていたのと、とても人懐こい方だったので、
私も話しやすい人だなとは思っていました。

「タイプだったんですよ~。本当に残念でね~~。
もし旦那さんと別れるようなことがあればその時は是非!」

と、本気かどうかわかりませんが、そのようなことを繰り返し言われて
なんと返答していいのか困っていると、一緒にいた女性の方も

「私も男だったらあなたみたいな人を奥さんにしたいわ~~~。」と
言い出して。この方は前年の新年会でお会いした女性Kさん。

「二人とも冗談はやめてください~~。」
と恐縮すると
「嘘じゃないって!ホントにそう思ってるんだって!!」
と二人声を揃えて強気なお答えが。

まるで二人は私の心の状態を察知して、そういう言葉をかけてあげなければならないと
感じ取っているようにさえ思えたほどでした。
ひょっとしたら見守っていた先祖の方々が彼らの口を借りて、
慰めの言葉を与えてくれたんじゃないかと思うほどです。

しかし、どん底に落ち込んでいたところ、そういう言葉を言われると
お世辞とわかっていても悪い気はしません。
今となってはそんなことを言った記憶はお二人には全くないでしょうが、
その時自信喪失の真っただ中にいた私としては心底慰められたのでした。
言葉は鋭い剣にもなれば甘い蜜のようにもなります。
二人の言葉は私の心の傷をそっと優しく撫でてくれたのでした。
なのでいまだにその時のことは忘れることがありません。

流れで年末にブレスワークに行った話になりました。
そして子供がなかなか出来ないのがどうしてなのか・・・・と
少し愚痴ってしまったところ、Jさんが
「ちょっと診てあげましょうか?」と言い出しました。

「え???」
と驚いていると
「気功、出来るんです。」
と言うのです。
もうなんだったか忘れましたが、なにか資格みたいなものを
持っていたような気がします。名刺に肩書きがありました。

この際、なんでもいいからはっきりとした原因を知りたい私は
「お願いします。」と頭をさげました。

「立ってください。」と言われたので彼の前に立ちました。
彼もさきほどの酔った気さくな雰囲気は瞬時にしてなくなり、真剣な面持ちに変わりました。
私の頭から足先まで手をかざしてオーラを撫でる感じで行き来するだけで体には触れません。

「うん、ここで気が止まってます。」

と、お腹のあたりで手を止めました。

チャクラ整体で言われた弱いところの二番です。
もちろん、そんなことは彼には話していません。

「ちょっと待ってくださいね。気を下ろしていきます。」

と言って、お腹あたりで止まっていた手を何度も下へ降ろしていきました。

なんとなく私もお腹の気が下に降りていくのを感じました。
何度か繰り返し同じ動作をして、時々首をかしげてまた降ろします。
そしてやめました。

おへそあたりで止まっていた気を下腹部あたりまで持ってきたけど、
ここから先がどうしても降りない。これはあなた自身にしか出来ない。
自分が止めてしまっている。
ここを突き抜けることさえ出来れば、絶対妊娠しますよ。

と言われました。
ブレスワークで言われた「脱皮」と同じこと言われている・・・と驚きました。
もちろんそこで言われたこともJさんには全く言っていません。
一体なんなんだろう・・・・!!
彼らはなんだか分かっているようで、私だけが分かっていないような。

何が止まっているの?脱皮ってなんなの???
結局私の精神的な問題っていうこと・・・????

そういう抽象的な提示をされてもわからない!
もっとハッキリした答えを教えてほしい!!

と、私はそれが一体なんなのか、ずっと考える羽目になりました。
迷路をずっと歩いているような気分です。

けれども2月、ある人との出会いから止まっていたものが動き出し、
私なりの方程式が生まれてその答えへと導かれていったのでした。



岩手県、新花巻でのブレスワーク。
イーハトーブ心身統合研究所 というところでした。


これは写真が残っていたのでいつ行ったのかがわかりました。
2008年12月29日です。


お昼からワークセッション、温泉、食事で終わったのは夜8時とか
そういう時間だったような気がします。


白い雲の向こう側
健考館 暖かい雰囲気です。


理由は覚えていませんが、宿泊せずに日帰りしました。
宿泊すると値段がもっと高かったからかもしれません。
あ、書きながら思い出した!
私たち、その時ハムスターを3匹飼ってたんです。
だから家を空けることが出来なかったんですね~~~。
まあ、このハムたちも重要な役割を果たしてくれたので
それもまた別の時に書きます。

その頃、私たちは結婚して4年半。
全然違う価値観で生きてきた二人ですから、新婚時代はお互い夫婦としての調整も
正直たくさん必要でした。
価値観がかけ離れている、夫婦として成熟していない、子供を迎える準備が出来てない、
という気持ちもあり、加えて子供の出来ないイライラやら焦りやらで、
二人とも精神的に積もり積もったものもあり、夫婦としてはちょっと崖っぷちに
立っていたような気がします。

なので、2008年から2009年にかけての冬のことを思い出すとすごく
どんよりした気持ちになるんです。
しかも大事なハムちゃん二匹も相次いで亡くしてしまったし。

とにかくキチキチのスケジュールでした。
というのも、なにか私のミスで乗るべき新幹線に乗り遅れてしまったのです。
ホームを間違えたとかそんなような・・・。

それで、ここでまた夫に説教されながらの移動となりました(´;ω;`)
それで新花巻での時間が押してたんですよね。
帰りの新幹線に間に合わせないと行けないので。

嫌な思い出の多い新花巻への旅でした(笑)

話は戻って。
とにかく問診票みたいなものを書き、ジムみたいなところで軽装になって
ストレッチとかしてその後、布団に寝て、言われたとおりの呼吸法をしました。
ほとんど運動部のトレーニングです(-_-;)

もう実際のところ詳しく覚えてませんが、猛ダッシュで走った後の息があがったような
呼吸を長いことするのがものすごくしんどかったのを覚えてます。
これ、まだ続くの~?!ってずっと苦しかったような。
でも時間が経つにつれて冷たかった足に血がどんどん通っていくのが
わかりました。
体内に血が巡っているのを強烈に感じました。

終わった後でマッサージがありました。
先生から、股関節を回されているときだったか、「ああ、これはひどいね」と
言われたような記憶が・・・。なにがどうひどいと言われたのかは思い出せない。
記録してないとホント、ダメですね。
下腹部を押されている時、かなり強いマッサージを受けてものすごく痛がってたのに、
なんと私、いつのまにか寝ちゃいました!
しかもいつ寝たのかまったくわからない。
そんな自分に驚いていたら、それは流産の手術の時の疑似体験をしたんだと言われました。
まさしく全身麻酔を受けた時の寝入り方とそっくりで、だんだん眠くなるとかじゃなくて
本当にいきなり意識がなくなってしまったんです。
それには本当に驚きました。

その後、休憩があって眠って、それからジムのまわりをずっと走らされました。
声も出してたような気がします。

最後に画用紙に用意されたパステルで好きなように描いてくださいと言われました。
時間制限はあったような・・・。カラーセラピーみたいなのかな?
本当は持って帰るものなのに、忘れて帰ってしまったので、ご披露できません。

絵をみせたら先生は
「うーん、脱皮する前のさなぎみたいだね。あともう一歩頑張って脱皮すれば
蝶々みたいに化けるよ、あなた。」
というようなことを言われたのが印象に残っています。

実は似たようなことを別の人から5日後の新年会で言われることになります。
これは次の記事で。

今振り返ってみると、どんどん点と点がつながっていくような、
そう、本当にパズルのピースがどんどん埋まって一枚の絵になっていくような、
そういう出来事の連続でした。

時間が押していたので、となりの健考館というところに移動して
急いで温泉に入りました。

白い雲の向こう側
健考館外観

先生の奥様も一緒に入りました。
奥様は子供がいらっしゃらなかったような。
そんな話をした記憶があります。とても優しい方でした。


この温泉 がとっても癒される素敵な空間でして。
また行きたいくらいです。



その後、すぐに食事を頂いたんですが、これまためちゃくちゃ美味しい!
ものすごく健康的なオーガニック食で、ペロリと平らげちゃいました。
紅麹のご飯がとても美しくて美味しかったのを覚えてます。


白い雲の向こう側
クリスマス後でぬいぐるみがサンタさんでした。

それからすぐに駅へと向かいました。
非常にタイトなスケジュールでした。(私のせいだけど。)

ポカポカに温まっていた体も帰りの新幹線を待つホームが極寒で、
ブルブル震えながら耐えて、また東京へと戻って行ったのでした。


白い雲の向こう側

次へのステップについて書こうと思いましたが、それはもうラストスパートに
近い時期なので別の機会に。

ちょっと前に遡る必要がありました。
私は2005年からずっと治療などの記録をブログに綴っていたのですが、
2008年5月を境にぷっつり書くのを辞めてしまっていました。
妊娠解禁後はほとんど内容は着床時期だ、妊娠してるかも、ダメかも、ダメでした、
あれを試してみた、いいかもしれない、ダメでした、の繰り返しで
同じことを延々書いてる自分に嫌気がさしてきてたんですね。
最後に病院の門をくぐると腹を決めてから妊娠するまでの一番肝心な記録がスッポリ抜けてます・・・。
もうそこからはあまりに真剣すぎて逆に書けなかったというか。
それまではずっとこまめにしっかり記録してるのに・・・。ま、そんなもんですよね。。。

そんなわけで、この辺からはかなりあやふやになりつつある記憶を
辿りながらの記録になっていきます。

今回も整体なんですけど、ちょっとこれはかなりスピリチュアル系です。
病院やめたあたりからちょっとそっち方面にも足を突っ込んでいくことになるんですが・・・。
でも実際のところ妊娠のために果たした役割は大きかったのです。

ある日夫の人脈で、ある会社を紹介されました。
記録はありませんがそこへはコートとブーツで行った記憶があるので
冬であったことは間違いないです。2008年の秋の終わりか冬。
まず二階に案内されました。そこで経営者のTさんにお会いして、
私の体のことやら不妊のこと、聞かれたこと全部答えました。
彼女といろいろお話をして最後に
「あなたひょっとしたらいけるかもしれない。うん、いける気がするよ。」
と言われたことが一番印象に残っています。

それから階下で仕事をされているパートナーのIさんのところへ行ってお話しました。
その方はオーラソーマとチャクラ整体というのをやっておられて、白衣を着ておられました。
つまり夫はそのチャクラ整体を私に薦めたのですが、名前からしてすごく怪しげ・・・と
最初はいぶかしく思ったものでした。

部屋に入ったら壁面にはずらりと美しい色のボトルが並んでいました。
初めて見る光景に口をぽっかり開けてしまいました。
圧倒されながらも、促されるままに私はちょこんと座りました。
Iさんに気になるボトルを一本選んでください、と言われました。
あまりにたくさんあるので「え~。」と思いましたが、
目に止まったピンクとラベンダーブルーの綺麗な色のボトルを手に取りました。
すると「それは妊娠したい人や子供が欲しい方がよく手にするボトルですよ」と言われました。
「またインナーチャイルドを抱えている人もなんかもですね。」と付け足されました。
その瞬間ドキッとしました。私は病院に行くのをやめてから、体だけじゃなくて
もしかすると精神的な問題があるのかも、とインナーチャイルドヒーリングのセラピーを
受けたことがあるのです。
それはまたまた別な記事で書くとして。

それでそのボトルは持って帰って毎日お腹まわりに塗るように指示されました。
このボトルについては実は出産後までも不思議なストーリーがあるのです。
それもまた別の機会に書きたいと思います。

そして整体を受けたのですが。
その選んだのボトルとあとはどれを使ったか(説明してくれたけど)もう覚えてませんが、
何種類かのボトルのオイルを使ってマッサージが始まりました。
スピリチュアルな音楽まで流れてます。
気持ち良くて思わず眠ってしまいました・・・。
私は1番と2番目のチャクラが弱いと診断されました。
それは子宮から下の部分を指していて、つまりは生殖器が弱いってことなんですが、
ここを強くする必要があると言われました。
それで何回か通いました。
通っているうちにIさんからブレスワークというものを薦められました。
その名のとおり呼吸法なんですけど、私の拙い知識ではうまく表現できないので
あるサイトに書いてあったものhttp://www.transpersonal.co.jp/p/holotropic/から
抜粋しておきます。

意識的に呼吸をコントロールすることにより、通常意志の力では直接に働きかけることの
できない自律神経系に影響を与えることができます。
呼吸はまた、感情や気分に直接的に結びついています。意識的に呼吸することで、
ふだん自分が抑えていたり、過去にフタをしてしまった 感情との結びつきを取り戻し、
十分表現されないまま委縮していた生命エネルギーを活性化することになります。
つまり、意識的な呼吸をすることにより、長年 の心身の緊張を揺り動かし、
解き放すことができるのです。
そのとき、かつてないほど自分自身を受入れ、深くリラックスし、
自分の内に眠る可能性や創造性の豊かさに驚かされるでしょう。


と、いうことで12月の暮れも迫った頃、夫婦で岩手県の新花巻まで新幹線で
向かうことになったのです。
この続きは次の記事で。

整体にお世話になり始めたのは23歳くらいの頃からだったでしょうか。
結局30代、そして出産の時まで整体にはお世話になりっぱなしです。

実は私の従姉妹は野口整体の整体師です。
昔から(九州の実家にいる頃は)、なにかあるとよく診てもらいました。
もう成人してましたが、背中が痛くて診てもらった時、
「あなた、自分を抑え込みすぎ。自分の本当にやりたいことが
出来てないでしょ?」と言われて図星だったから
「なんでわかるの?」ってびっくりして尋ねました。

「わかるよ。結局心の問題が体に影響するのだし、そういう些細な
ことも体というのは反応して知らせてくれる。それを
見つけ出して根本から解決できるよう助けるのが
私たちの仕事だから。体と心は一つなの。」

というような内容の返事を受けました。

まあ、もちろん食習慣とか事故など明らかに外的な要因の病気は
例外ですけどね。

その後、私は親が反対するから出来ない、と思ってずっと諦めていたことを
3つ成し遂げることができました。
意思の力って大きいです。

流産後、帰省した時にも従姉妹に体の状態がどうなっているのか診てもらいました。
右側の骨盤が開いているとのこと。
あと、首の頚椎もまだ少しずれてると言われました。
子宮の状態が整うまであと少しかかるかな、とのことでした。


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2006年11月の記録より

私は不妊治療をしないと決めていました。敏感体質の
私にとって薬は内臓に大きなダメージを与える存在です。
回復するまでも時間がかかるし、それまでの体調不良はかなりつらいものです。
それで大きなリスクを負ってまで急いだ妊娠を望んではいなかったのです・・・。
夫は私に面と向かって「赤ちゃんが早く欲しい」ということは
絶対にありません。ただあることがきっかけで彼が本当に
子供を早く欲しいと思っていることに気づいて、
「薬の影響が・・・」なんて甘えたことを言ってる場合じゃないなって
考え直すようになりました。
もちろん夫は私がこんな風に考えていることを知ったら
焦る必要はないと諭すでしょうけど・・・。
時々夫の優しさが痛いです・・・。

従姉妹にも施術の後で
「かよちゃん、本当にあなた、赤ちゃん欲しいと思ってる?
愛しくて仕方がないと思ってる?」と聞かれました。
「思ってるけど・・・。」
やぶからぼうになんだろう??って困惑している私に
「赤ちゃんを産むっていうのは命を削るってことなの。
自分の命を削られてでも赤ちゃんを産みたいっていう気持ち、あるの?」
って聞かれて
「あるよ・・・。」と答えたものの、自分の気持ちが確固として
ゆるぎないものではないと気がついた。
確固としていれば
「私は薬に弱いからな~。できれば不妊治療は避けたい。」
とか思わないだろう・・・。
私にはまだまだ強い意志がないと思い知りました。

新婚の延長線上の生活にどこか満足しているところがあるのかも
しれません。

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ということを書いていました。
最初の妊娠で流産するかもしれないと宣告された時、
自分の寿命が短くなってもいいからこの子の命を奪わないでください!と
ひたすら祈り続けた日々。
そのときは自分の命が削られてもいいと思ったのだけど、
不意に受けた質問にたじろぐあたり、この頃はまだ
根性すわってなかったんですね。
術後は全身麻酔の影響で半年くらいものすごく不調で、これ以上の
負荷をかける自信がなかったのです。

まあ、それでもその後、最終的には結局新宿のクリニックに行ったり、
不妊治療のために病院の門をくぐるようになったわけです。
私の気持ちは「本当に子供が欲しい」、だからこそ何とかこの状況を打破して
「妊娠して子供を産みたい」というはっきりした強い意思を持つように
なっていました。

結果、体外受精はしないことになったし、不妊治療にトライしても私の体は
受けつけなかったわけですが、「行動を起こした」ことが次へのステップへと
つながったのだと思います。
実際のところ、体に薬を入れなかったことは正解だったと思います。

表現が難しいですけど、執着としての願望はなくなり、
もし自分に出来なくても「子供が欲しい」という気持ち・・・・。
子供が欲しい、というところから母親になりたいという願望まで
引き上げられたというか。
子供を授かるということが養子縁組という形でもよいと考えられるように
なってきていました。
この気持ちが自分の中核にどーんと根付いたことで、
私の考え方はずいぶんとポジティブになったと思います。
その気持ちが心身ともにいい状態へと導いた気がします。
意思の力はまわりも自分も変えていくのだと、うっすら感じ始めたころでした。

次へのステップへはまた次回の記事で。


自律神経失調症、と整体の先生に言われるまで
自分がそうだとはまったく自覚がなかった私。

本当にその頃はしょっちゅう具合が悪かったです。
仕事もフルタイムがもう限界で、パートに切り替えて
月8日間しか出てなかったのに、それでも具合が
悪かったのはそういう状態だったからとあとで理解しました。

自分の体を維持するのが精一杯の状態と先生に言われました。
入院するほどの病気ってわけでもないけど、ストレスやら
疲労が蓄積している、無理をしているなどで体調が
いまいち優れないけれど、子供を希望されている方は
まず妊娠することより自分の体を元気にする、健康な状態に
戻すことに集中したほうがいいと思います。

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当時の記事抜粋

整体の先生曰く、イメージトレーニングって大切らしい。
こうなりたいなっていう気持ちは必ず体にも出てくるそうだ。
スポーツ選手も最終的にはメンタルだって言ってました。
「自分は必ず勝つ!」っていう気持ちだそうです。
だからこんな風に老いていくんだ・・・なんてことを考えてる
と本当に体はそっちの方向にむかっていって、どんどん
老けていくそうです。(確かに。)だから「子供できないかも・・・。」
なんてことも考えないようにしなくちゃ。
最終的に出来なかったら出来なかったでそれは天命だとして、
最初から自分でマイナスイメージしちゃいけないですよね。
出来ると信じる!!

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そうなんです。本当にこれ大事。
いや、もちろん「もう自分にはできないんだ」とか諦めモードに
なったことは何度もあるんです。
その時にある人の言葉が最後まで私を支えてくれて、絶対に出来ると
最後の最後まで諦めずに済みました。
そのことはまた次回の記事で。


ところで何ヶ月も寝たきり生活してたら代謝が落ちてしまい、
ある日お風呂の鏡で自分の後ろ姿をみたら、なんとまあ、ぞうさん?!って
くらいのセルライトがお尻から太ももにかけてびっしり。
もう驚愕でした。((((;゚Д゚))))

それから水をよく飲むようにして、市の体育館の室内プールでビート板を
つかって下半身だけで泳ぐメニューをこなしていたらいつの間にか
消えました。
しかしお腹の肉は簡単には落ちてくれません・・・。(-_-;)
脂肪があろうがなかろうが子供の出来る人にはどうでもいい話ですが、
出来にくい体質の場合、脂肪は体を冷やすものなので、お腹や腰周りに
肉があるとそれだけでリスクだと思います。
私なんて冷え症なので、なおさらです。
出来る限り落としていきましょう。
これはやはり腹筋じゃないと落ちなかったです、私の場合。
出産の時にも腹筋は重要なのですから頑張りましょう!!
(と、産後のゆるゆるのお腹を抱えた自分にも活を入れます!!)

しかし水泳は女性の場合、かえって脂肪がつくらしいのでセルライトが
取れたら早々にやめました。

そんなこんなでぎっくり首になってから7ヶ月後。

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2005年11月の記録

土曜日は整体に行ってきた。
「会うたびに若返っていくね!」、と先生にも驚かれている。
今の肉体年齢は29歳くらいだ、と言われやっと実年齢を超えた!!と大喜び。
最初に50~60代の体だよ、と言われた日から7ヶ月。
先月からさらに1㎏落ちたので体も楽になった。
骨盤もほとんど正常に戻ってるからそろそろ出来ても
おかしくないよと言われた。

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と、いうことで12月に整体を受けた時にはもう妊娠できるよという
お墨付きも頂いておりました。

で、本当に1月に妊娠したのです。
ただ、残念ながら私の場合はそれが「胞状奇胎」という病状による流産という
結果を迎えてしまったのですが。

その時36歳を過ぎたばかりの頃でした。
そのくらいの年齢なら代謝をあげる、骨盤を正常に戻す、と
いうことで体を元気はつらつな状態に持って行くだけでも可能性は
高くなるかもしれません。
プラス、イメトレですね。

あ、でもこの場合、先生は重要です。鍼灸でも漢方でもかまいませんが、
実績のある先生を探してください。
私が診てもらった先生は、施術でたくさんの不妊の人がおめでたに
なったのを見てきてるので、どういう体の状態であれば妊娠しやすいか
というのを熟知してらっしゃいました。
なにしろ、自分の体を客観的に判断できる人が必要なのです。

そして自分の体と心を知ることです。
あなたは今どういう状態か自分で理解してますか?
心身ともに常に健康ですか?

自分の体は常に不調、もしくはよく体調崩す、風邪をひきやすい、
など、マイナスポジションにいるならば、まずは自分を
整えましょう。
<strong>自分の体をまわすのにいっぱいっぱいの状態だと
体も妊娠モードに入れません。</strong>

私もどういう体であればいいのかを整体を受け続けたおかげで
感覚と知識で理解できるようになっていきました。
それで息子の妊娠の時には整体なしでも自分で
いい状態に持っていけたのだと思います。

私の場合は整体が自分の体を根本的に改善するために役立ちましたが、
鍼灸や漢方でも自分に合っていればいいのだと思います。
(って言っても漢方は副作用があることをお忘れなく。)
私は鍼灸も漢方も試しましたが、妊娠にまでは至りませんでした。

まだ30代半ばくらいなら20代の体にも持っていきやすいと思います。
20代がすでに不調だった方は自分が一番元気だった時代の頃を
思い出してその状態に持っていくことです。

そのためには食事も運動も重要です。

食事はかなり大事なので、また別の機会に大幅に時間を割いて
書いていくつもりです。


整体の話が続くのでしばしお待ちを。