試したものが20以上あるので、どれから書いたものやら・・・と
迷いましたが、とりあえずこのブログは私の記録でもあるので、
古いものから時系列に書いていくようにします。

先日PC内にある写真の整理をしていたら
結婚のためのインビテーションカード用に撮った写真が
出てきました。2003年のクリスマスに撮ったものです。

どの写真みても私、猫背です。(=_=)

しかも結婚してから最初の数年は何回もこの写真見てましたが、
まったく気が付きませんでした。
最近見たとき、すごい猫背・・・。なんでこんな姿勢悪いんだろう・・・って
思ったんですが、この記事書くに当たって過去のブログの記録を
確認した時、わかりました。


もうすでに私の背骨はかなり曲がってたんですね・・・。

記録を要約してみました。

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2005年3月末の出来事。

出勤で朝、電車に乗って広告を見上げた瞬間に、「・・・・え!?」 
首が動かない。まるでぎっくり腰ならぬぎっくり首。
動かぬ首に四苦八苦しながらも痛みを逃すために変な姿勢で仕事をしました。
このままではかなりやばいと思ったけど、病院に行っても
またもや原因不明で痛み止めと湿布しかもらえないことは
わかっていました。(以前にも同じような症状があり、病院に行ったことが
あったのでした。)
同じ職場の同僚に上手な整体師がいると教えてもらったので
翌日にでも連絡しようと思っていたら、その日の夜からまったく首が
動かせない。先生もスケジュールいっぱいだったけど、緊急ってことで
予定の仕事終わった後夜中近くから診てもらいにいきました。
車の振動でも痛みが走るので夫に後部座席からコルセットがわりに
頭をずっと支えてもらいながら移動しました。

首の第二頚椎がずれていて、背骨も曲がってて、
こんなにひどい患者さんは久しぶりだよ!
と先生にも驚かれました。
たしかにその頃はすぐに首が痛くなるし、まっすぐ座るのも
しんどいとは思ってはいたのですが・・・。
結局仕事は退職。専業主婦と化す・・・っていうか1ヶ月は
寝たきり老人ならぬ寝たきり主婦になってしまいました。</span>

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先生曰く、「気力で頑張る人ほど危ない」そうです。
体はサインを出しているのに、精神力でカバーする人。
そういう人は、若い時はなんとか持っても、年取ったら大病しやすい
とのことです。
皆さんもご注意ください・・・。

つまり私の場合は自律神経失調症になってるのに、
気力で頑張ってたので吐き気もつわりと勘違いしていたのでした。
このまま行ったら50代で大病しちゃうよ、と言われ。
というか、私のその時の体、60代って言われました・・・。


それでも「体調さえ戻ればすぐにでも妊娠すると思うよ」、という
先生の言葉に希望を持って、それまでの生活を反省し、今後
生かしていこうと思いました。

この経験はかなり大変なものでしたが、そこからずいぶん
健康や体質改善に取り組むことになったので
「危機を機会とする」という言葉を胸にいろんな努力を
するようにはなりました。

正常な人なら3ヶ月~半年で回復すると言われました。
本当に半年は病人でした。
首を治してもらったことで、体が素の状態にリセットされたらしく
朝はぐったり、夕方から回復、夜が一番調子がいい、
でも調子がいいからと動き回るとまたぐったり。

という繰り返しでした。夫の朝ごはんも弁当も作れず、
布団からバイバイと見送る日々。

怠け者の権化みたいで自分が嫌で嫌でたまりませんでした。

でもどうしようもない。体が休めって言ってるんだから
素直に従えという先生と夫。

そう、素直ってすごく大切なんですよね・・・。
私は頑固で強情な性格だったので(過去形にしていいのか?(笑))
「素直になる」っていうのが本当の意味で理解出来てなかったというか
未だに課題ですが、今の状態を自然に受け止めるってことが
大切なんですよね。
以前書いたようにニュートラルな自分になるってこと。
これは私の最初から最後まで続いたレッスンでした。
多分、一生の課題かも・・・。

話は戻り、整体を受け始めて丸3ヶ月が経ち、
「今は10歳若くなって40代の体だよ。」と先生が褒めてくれた。
しかしその時私は35歳。(-_-;)

「20代の体になれば最高だね!」

って言われたけど、高齢出産ゾーンにいる皆さん。
ここ重要です!!

年齢は変えられませんが、肉体年齢は変えられます

私は他力本願的に整体で20代の体に戻せるなら戻っていただきたい
と思ってましたが、やはり総合的な努力なしにはそこには
到達できません。
このことはまた先々に詳しく書きたいと思います。

最終的は整体ではなく、自力で20代の体に持っていきました。
それは妊娠しやすい体に近づく鍵でもありました。

整体師のH先生とはすっかり疎遠になってしまいましたが、
この先生との出会いは(直接妊娠へのきっかけとはなりませんでしたが)、
独自の不妊治療を展開するにあたり、重要なものでありました。
いろんな面で私に知識をもたらし、元気を与えてくれました。

先生から学んだことをシェアしていきたいと思います。
それはまた次回の記事で。









西洋医学での治療は完全に遮断されました。
体外受精までチャレンジしてダメなら諦めもつく。
でもスタート地点にたってフライングだったから失格、みたいなそういう終わり方は
中途半端でただ自分の落ち度のせいだと言われているようで辛く感じました。
やりようのない怒りはいつしか自分自身に矛先が向いていました。

<span style="color:#FF00CB;"><strong>女性として欠陥品。
私は不良品。
すべてが私のせい。</span></strong></span>

どのくらいの回数この言葉で自分自身をなじり、傷つけたことだろう。

この時の私は、それが神様を冒涜している言葉だとも気が付きませんでした。
本当に神様にも自分に対しても恥ずかしいことです。
ですが、この言葉の呪縛で私は「もう離婚したほうがいい」とまで
精神的に追い詰められていました。
夫は若くてまわりの友達も同年代でどんどん子供が出来ていく。
子煩悩で結婚前から子供はたくさん欲しいと言っていたし、
名前もいろいろ考えていた夫。
同じ世代の若い女の子さえ奥さんにもらっていたなら、
こんな未来じゃなかったはずなのに。
それを考えると苦しくて苦しくて、逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。

「子どもが欲しくてあなたと結婚したんじゃない。」
流産した前だったか後だったか覚えてませんが、
夫がそう言ってくれたことがありました。
けれども、もうそんな言葉すら励みにならないほどの辛苦に苛まれていました。

いま振り返ると自分のことしか考えてなかったんだなと恥ずかしくなります。
相手のことを思っているようで、実はそうではなかった。
子供の出来ない自分に対峙出来ず、その現実を受け入れることが出来ず、
自分自身を愛することが出来なかった。
それが自分を追い詰めていた原因でした。

しかしその壁を乗り越えることが出来た時、
私の目の前には新しい風景が見えました。

けれども私は唯一無二の存在であり、女性として価値があり、
子どもの有無に関わらず尊い存在であり、生きる喜びがある、という地点まで
到達するのにはずいぶん時間がかかりました。

このクロミッドテストでの通院は2008年の夏のことでした。
漢方治療に入ったのは同じ年の秋。

しかし私はそれよりもずっと前に漢方治療の経験があります。
冷え症が原因じゃないかと思った私は結婚して一年経って
病院で「不妊と言えない」と言われた後、改善策として漢方薬局を訪ねます。
そこで婦宝当帰膠を勧められて何本か飲み続けました。
たしかに調子は良い感じがしました。
ですが妊娠には至りませんでした。

2005年の夏だったと思いますが、もう少し本格的な漢方薬局を
訪ねました。
私は血管が細いため、循環器が弱いと言われ
血管拡張剤に相当する漢方薬を処方されました。
これがどうも私にはダメなようで、胸が苦しくなるのです。
妊娠も血液が増量されるので、血管が通常より自然に太くなるんじゃないかなと
思います。つわりに似た症状があったのは多分このせいではないかと
推測しています。

そして今回の漢方治療。
やはり冷えを解消することを重点において処方されたせいか、
食べ物でいえば生姜や唐辛子みたいに体を温める漢方を処方されました。
最初のうちはよかったのですが、1ヶ月以上経つと下痢をするようになりました。
そしてお尻がものすごく痛いのです。
火がついたような痛みです。
それが漢方による副作用だと気がつくのにちょっと時間がかかりました。
舌に唐辛子を塗ればヒリヒリします。
そういう状態が胃腸に起きていました。
2ヵ月くらい服用したでしょうか。
もう定かではありませんが、そこらへんからまたバイオリズムが崩れ始めました。
まあ、胃腸をやられたらかなり体調に影響を及ぼします。

もちろん夫には「ほら、言っただろう(ー_ー)!!言うこと聞かないんだから。」
と痛い一言が飛んできました・・・。

ようやく夫の言葉を理解した私でした・・・。

あと3週間分くらいだったか、まだたくさんある漢方薬はそれから
結局使われることなく、しばらく未練がましく置いてましたが、
ゴミと化して処分されることになりました。

東洋医学でもダメなのか。

西洋医学がダメなら東洋医学で!と、どこまでも希望を捨てなかった私でしたが、
さすがに体が拒絶反応しているものを続けるわけにもいかず、もうこれ以上は
道がないと思いました。


そしてそれから息子を妊娠するまでの間、
二度と病院の門をくぐることはありませんでした。

しかし病院に通院している間、私は多角的に治療しようといろいろ
試したことがあります。

次回はそのことを書きたいと思います。
誰かにクレームつけられたわけではないのですけども。

一つ言って起きたいことは、私は薬や
不妊治療を否定しているわけではないということです。

それで子供を授かる人たちもいます。
私自身、西洋医学や東洋医学の力による恩恵も受けてきてます。

冒頭で申し上げたとおり、そこに至る方程式は
人それぞれで、これが正解というものはありません。

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もう記憶が曖昧なのですがクロミッドテストから
卵胞がどのくらい大きくなったか確認するために
指定された日にくるように言われたのですが、私は
その日では遅すぎるように思いました。
そして指定された日より前に排卵したのを感じました。
敏感体質なので、排卵や生理前は子宮の動きで
わかってしまうのです・・・。

結局、エコーで調べましたが卵は全然ありませんでした。
もう排卵が終わってしまっていたのです。

私は二相にきちんとわかれていて低温期、高温期も
標準、だいたい28~30日周期できちんとリズムが
ありました。

それなのに誘発剤を使った後、乱れまくって3ヶ月
メチャクチャなグラフになってしまいました。

私のバイオリズムは狂いまくって、前よりも
妊娠の可能性が遠のく状態になってしまいました。

夫の反対を押し切ってこっそり薬を飲んだ罰のように感じました。

当然夫には延々お説教されました・・・。(´;ω;`)
あんなに反対して忠告したのに、無視したこと。

散々怒られました・・・。


おそらく、グラフがきちんとしない人、排卵が
不定期な人などはそういう誘発剤を使うのも有効なの
かもしれませんが、正常なリズムの人が使えば
狂ってしまうのではないか、と思いました。
少なくとも私の場合はそうでした。

しかも、わからなかったのでもう一度テストやり直しと
言われて「ええ~!!」と思わず叫んでしまいました。
そのくらい具合が悪くなるのです。
で、胸のあたりが苦しくなると伝えると、そんな副作用は
聞いたことがないが、心臓が苦しくなるだなんて言われたら
もう薬は出せない!と言われました。
これは一番軽い薬でそれから先はもっと強い薬を使うから
なにか万が一のことがあったら保証出来ない!これ以上の
治療は無理だからあなたはタイミング療法で行くしかないと
医者に拒否されてしまったのです。

最後に
あなたは妊娠できる体だ!そこは太鼓判を押すよ!!!
なんで出来ないのかわからないなあ。おかしいなあ。

と先生は首をかしげました。

そんなこと、私が聞きたいよ。

帰りの車の中で涙がこぼれました。
家に帰ってから大声で泣きました。

心の中で叫びました。

タイミング療法でずっとやってきて出来ないから治療をお願いしたのに!
どこへ行っても絶対に妊娠出来るって言われるけど出来ないものは出来ないし!!
どこをどう治せばいいかわからない!!!

誰か教えて!!!!!

流産以来の号泣でした。


八方塞がりとはこういうことを言うんだ・・・。
ぼんやり座り込んだまま、そう思いました。

もう最後の砦もなくなった。

そう思うとまた涙が出ます。

でも泣いてしまったほうが後はスッキリします。
気持ちも切り替えやすいです。
ずっと心の奥に自分の気持ちを封じ込めてしまうと、それはそれで
また心身のバランスを崩してしまうものだと思うので。

泣きたい時は泣く!
人前では我慢しても神様と自分の前では我慢する必要はないのです。


さて、3ヵ月経った頃、甥っ子を病院に連れていってほしいと義妹に
お願いされて一緒に行きました。
そこは保険内で買える漢方薬を使っている胃腸科のクリニックでした。

待ち時間の間、義妹がついでに私も先生に相談してみたら?と
言われて状態を説明しました。

そしたらホルモンのバランスを整える漢方薬を出してくれました。

それから見事にリズムが回復したのです!
漢方薬の力にすっかり魅了されてしまいました。
それより前に使ってた本格的な漢方薬よりも飲みやすく、
これなら問題ないように感じました。
そして正常に戻ってから漢方薬で不妊治療をすることになりました。

けれども夫はここでも反対したのです。
夫は長いこと健康産業で働いている&健康オタクなので、
普通の人よりもはるかに多くの知識と情報を持っているため
何をするにもいちいち意見してきます。

こうしてちゃんと結果が出てるし、知り合いにも漢方で妊娠した
人たちがいるんだし、なにが問題なの?と不満気に言いました。

「漢方だって薬です。西洋薬と一緒なの!副作用が出るの!」

と、言いました。
確かに薬の説明の紙には副作用って欄があります。
ありますがね。自然のものなんだし西洋薬よりはやさしいでしょ。
と、今回も私は夫の警告を無視してこっそり飲み続けてしまったのです。
(前回の教訓を忘れてまったく懲りてない私なのでした・・・。)

ホント、まったく不従順な妻でした。。。
書きながら最近も似たようなことがあったことを思い出し、冷や汗出てます。
私はどうも従順さが足りないようです。
今日から悔い改めよう。。。ヽ(´Д`;)ノ


話は戻って、とにかくですね、夫の警告は見事当たってしまったのです。

続きはまた次の記事で。

私は卵管造影検査を過去2回受けました。
ホルモン数値も。
そして異常なし。

2回目の時は夫も検査しました。
そしてそれもまったく問題なし。

それでも出来ないものは出来ない。

もう体外受精しかないだろう。そう思いました。
それでとにかくまずは相談を、ということで
新宿にあるクリニックへと夫婦で行きました。
成功率が高いと評判のクリニックのせいか、
まあびっくりするほど人、人、人。
夫婦で座っている人も多く、こんなにも多くの人が同じ
悩みを抱えてるんだな。。。と痛感しました。

とりあえずまた検査からってことで排卵近くの日に
来てください、で長時間待ったにも関わらず、
話はあっさり終わってしまいました。

家に帰ってから夫は「体外受精までする必要ある?」
って私に問いかけてきました。
そしてそれは反対だということも付け加えてきました。
もちろん子供は欲しいけど、そういう方法で子供を
得ようとするということに、自分は反対だ、というのです。

今思えば、本当にそれでよかったと思えるのですが、
その時は理解できませんでした。

それで私は意を決して病院の門をくぐりました。
夫が協力してくれないなら、自分の体をどうにかするしかない、と。
子供ができないということやいろんな要因が重なったせいか
私は排卵日近くになっても卵胞があまり大きく育たないという
状態になっていました。
その時は歳を取っていっているせいだ!と決めつけてたんですが、
振り返るとかなりの精神的なストレスがあったせいだと思います。

女性はストレスで体のバランスが狂いやすくなります。
生きてる以上、ストレスフリーになることはないと思いますが
気持ちをニュートラルに持ってくることはすごく大事なんだなと
実感しています。
ポジティブでいられたらなおいいですが。

ゆいとが出来る前には自分をそういう状態に持ってこれるように
なっていたので、バランスが取れてたのかもしれません。
この話はまた後日。

それで、また新しく探した病院で相談したところ、
クロミッドテストを勧められました。
不妊治療の第一歩で、クロミッドは排卵誘発剤です。

夫はそれを知ってものすごく反対しました。
薬を使えば副作用があるからです。
それは私もわかっていましたし、普段は全然薬摂らないんですが
本当に私の精神状態は崖っぷちに立ってる感じだったので、
出来ることはなんでもしたい!と躍起になってました。
夫の前で飲めないので、こっそり飲みました。
5日間くらいの服用だったでしょうか。
二日目あたりから異変が起きました。
心臓のあたりが苦しいのです。
副用後数時間は体がだるくて立っていられないほどでした。
この感覚は実は初めてではありませんでした。
実は不妊で悩んでたときに漢方処方してもらったものを
飲んでいた時も同じようなことがあったのです。
それよりもクロミッドのほうが症状はもっとひどかったですが・・・。

でも妊娠してわかったのは、つわりの時にまったく
同じ状態になったので、ホルモンが急激に動くと私は
こういう症状が出る、ということでした。
つわりは体が自然にそういう状態になるけれど、薬は
意図的に人工的にそういう状態を作り出すものなんだなと
理解しましたが、正直怖いなと思いました。

結局最後のほうであまり私が苦しそうにしてるから
薬飲んでたことが夫にもバレてしまいましたが・・・・
とにかくそのクロミッドテストの結果とその後については
次の記事で書きたいと思います。





妊娠という答えに至る方程式は様々で、絶対にこれ、というものは
ありません。

けれども結婚して時間が経ってもその答えに至れないと、
大抵の人は病院の門をくぐるのではないでしょうか?
私もその一人でした。

私は2004年、34歳で結婚しました。夫はその時22歳。
子供を何人か欲しいなら、とにかく1年以内に妊娠しなくては、
という変な意気込みがありました。

しかし当時の私は自分の体というものや健康についての知識は
今と比べると無知そのものでした。
それで結婚直前に親知らずが腫れたのをきっかけに、妊娠してから
こんなことになったら大変だと全部抜くことにしました。
結婚してから半年以内に3本抜きました。
今考えるとアホだな・・・と失笑してしまうんですが、その時は
必死だったんです。

私は昔から薬はほとんど摂りません。
敏感体質というのもありますが、薬の副作用の怖さも経験して
いるので出来る限り摂取しないのですが、このときは鎮痛剤と
麻酔薬のオンパレードでした。

それが腎臓、肝臓にどれほどのダメージを与えるかまでは
理解していませんでした。

今振り返れば、その時の妊娠を遅らせてしまったことの
原因の1つは「薬による内蔵疲弊」というところでしょうか。

1年経っても妊娠しないので(ってそんな状態じゃ当然なんですが)、
不安になった私は婦人科に相談しに行きました。

「1年じゃ不妊とはいえない」
というのが先生の返答。

すごすごと帰りました。


2年目には体内の薬も抜けきったのかそのうち体調も回復し、ようやく
妊娠をしました。それが2006年の出来事。
結局二ヶ月目で流産したのですが、このときも二週連続全身麻酔の
手術がありました。

体の状態は振り出しに戻ってしまいました。
しかも半年は絶対に妊娠禁止。できれば1年は避けるようにとのこと。
その時、私は36歳でしたから、もう子供出来ないんじゃないかと
めまいがしそうでした。
何も出来ない。そういう閉塞感で押しつぶされそうでした。
なにより芽生えた命を失った悲しみで泣いてばかりの日々でした。

そして妊娠解禁になって1年が過ぎても出来ない。

また婦人科へ行きました。

「一度妊娠してるんだから不妊とはいえない」

どの病院にいっても同じことを言われました。

むなしく時が過ぎて、不妊治療したほうがいいのでは?と
こちらから提案しても
「一度妊娠してるんだから絶対出来る」

これも二つの病院に行って同じことを言われたので諦めました。

「妊娠したことがある。」その事実が微かな希望になるときも
あれば、単なる気休めにしか聞こえないときもあり、
また流産の深い悲しみを思い起こさせることもありました。

どこへ行ってもタイミング療法を勧められ、卵胞チェックするだけ。
検査しても夫婦に異常はなし。原因不明と言われました。

原因がわからない、というのは途方にくれてしまう。
「ここだ」というハッキリしたものがないから漠然としか改善しようがないのです。
砂漠の中で無くした落とし物を手探りと感と記憶をたどりながら探す、
そんな感覚で模索する日々が続きました。

夫は若いので、出来ない原因があるとすればそれは90%以上の確率で
私にあるとヒシヒシと感じていたので得体のしれないプレッシャーで
また押しつぶされそうな気持ちで毎日過ごしていました。

そしてある日、私は意を決してまた別な病院へと向かって行ったのでした。