NO TITLE 2
身体がずっと揺れている。櫂も舵も錨も持たない舟底に、独り横たわっているように心もとない。小さな光を見つけ、目を凝らす。細い指が白く柔らかい布を器用に巻き取り、新たな白い布をするするとほどいていく。指は遠く離れて小さく見えなくなったかと思うと、近くに表れてひんやりと仄白く光る。翻るたびに光を反射する布の白が眩しい。ちらちらと忙しない指の動きが目に痛い。瞳を開けていられず、思わずきつく瞼を閉じた。「やっとお目覚めか」その声で自分が目を閉じたのではなく、逆に目を開いたのかとぼんやり思う。知らない声、知らない顔。……知らない世界。瞼が重い。「よしよし、もうちっと寝てろ。何も考えず、眠れ」静かな声に身を委ね、目を瞑るとまた、身体が揺れ始める。今までとは違う、揺り籠に抱かれたような穏やかで規則正しい揺れ…眠りに誘われる。小さな小さな鼻歌が聞こえる。そうだ、もうずっとこの歌を聴きながら眠っていたと、思いながらまた眠った。次にはっきりと意識が戻った時も、その男が横にいた。包帯を持つ手がくるくると器用に動き、手当てをされているのは傷だらけの自分の腕だった。しばらく見ている内に、自分の身体がかなり傷む事に気づいた。包帯を巻かれている腕だけではない、もう一方の腕も足も背中も腹も、身体中が一斉に悲鳴を上げ始める。「うっ」男が包帯を巻き終わった腕から手を放した瞬間、痛みに思わず声が出た。男と眼が合う。「わるぃ、痛かったか」眼を細めて笑う男はまだ若く、顔のあちらこちらに治りかけの傷が残っている。身ぎれいな服装に、歯切れの良い発音。低く静かな話し声。「どれ位眠っていたかわかるか?意識が戻るのにずいぶん時間が掛かったから、一時はもうだめかと思ったぜ」まるでつい先程まで交わしていた会話の続きをするような、軽い調子。つい、と離れグラスを手に戻ってくる姿に、自分が寝台に横たわって彼を見上げている姿勢である事を知る。「どうしたのだろう…ここは…」男は大きく眉をあげると、「なんだ、覚えていないのか。まぁ、結構な傷だったから無理もないか。頭っから砂漠に突っ込んだシュトラールから、引っ張り出してやったんだよ。お蔭でこっちはいいざまだ」苦労したぜ、アンタはぐったりフランもぐったり、ヴァンの奴は事態を全く理解してやがらない…。男がぶつぶつ言いながら差しだすグラスを、受け取ろうと伸ばした腕が痛み届かない。「私はそのシュトラールとやらに乗っていたのか?」グラスを差し出しかけた男の動きが止まる。「覚えていないのか」静かに問いかけてくる男の眼を見る。何かに似ている。「ああ、この傷はその事故のせいなのか。助けてくれたのか、礼を言う」「いや、礼を言われるような仲じゃないと思うんだが…」男はぎこちなく笑い、不自然に視線を逸らすと手の中のグラスを弄んでいる。「では、我々は知り合いなのか」男の視線がゆっくりと戻って来る。「教えてくれ。君は誰だ、そして私は誰だ」男の手からグラスが落ち、寝台にゆっくりと水が染み始める。広がる水を見ながら思い出す。そうだ、男の瞳の色は昔よく見た湖の色に似ている。その湖をどこで見たのかは、思い出せない。男は何も話さない。自分で思い出せという。思い出さない事は、思い出したくない事だろ、と笑う。なんとも都合がいじゃないか。羨ましい位だぜ。「忘れたい事があるのか」尋ねると、そんな事ばっか気づくんじゃないと軽くだが頭を叩かれた。「それより早く思い出せ。俺の名前、自分の名前、歳は?生まれは?職業は?」彼の軽い口調にずいぶん助かっている。目覚めてから暫く経つうちに、漸く身体が動き始めた。今日は初めて寝台を離れ、自分が寝泊まりしているこじんまりとした家の中を案内された。男は美しいヴィエラと一緒に暮らしている事、ヴィエラも、世話をしてくれる男も、大なり小なり傷を負っている事など知った。彼らも事故機に乗り合わせていた乗客だったのだろうか。そう尋ねると、二人はまったく同じタイミングで首を振ったので、恋人同士なのだろうと踏んだが、こちらは即答された。「違うのよ。わたしたちは…そうね…同じ船の乗組員と言えばわかるかしら。お互いの命を預けはするけれど、命がけの航海に恋愛関係はご法度。それに、彼には大切な想い人がいるの」男を見ると、照れる風でもなく「そんな事を言われても…こいつが困るだけだろうが」と笑っている。「だから、貴方は遠慮せずにここで傷を癒して」そう言うヴィエラも美しく長い脚に傷を残している。「すまない」二人は一瞬顔を見合わせると、また同時に微笑みゆっくりと首を振った。( NEW )ばるちゃんが口すさんだ歌は『星影の小道:アン・サリー版』で一つよろしく。ただただ、この歌を歌わせるためにこのへぼへぼ話を書いたと言っても過言ではない。因みにわたしが歌う時は…ちあきなおみ版である。どうでもいいか、すまない。ま、よくある話なんですが、好きにさせてね。万が一位の確率でいらっしゃったらの仮定ですが…読んで下さる方にはごめんなさいです。