今日は京都市の実地指導。入所サービスのみが対象のため、施設内のラウンドも比較的ゆっくり。

 

いっしょに施設内をゆっくりとラウンドしていると気付くことがたくさんあります。

日頃ゆっくりじっくり施設内を歩くことなんてありませんから・・・。

 

前日に掃除をしていても、天井のクモの巣を発見したり、コンセントケーブルが雑にまとめられていたり、掲示板のキズが増えていたり・・・

指摘がなくても、気になるところがたくさんあったりする。

 

いいところもたくさん。

スタッフの意識も高くなり、いつも以上に落ち着いたフロア。

潜在的な能力を最大限に発揮していることがわかる。

緊張感とは違う、心地よい空気感が施設に満ちている感じ。

 

いいところも、改善すべきことも、日常とは違った視点で気づかされるのが実地指導。

 

リハビリテーション関連では、計画書内容面で、短期集中リハビリテーションと認知症短期集中リハビリテーションとの内容の違いをわかりやすく表記するように指摘があり、今後は利用者・家族に伝わりやすい内容へ変更する予定です。

 

先日泊まったカプセルホテル。休憩室でたまたま横に座ったおじさんが話はじめた。

とても気さくな50歳後半の方だが、「もう年をとった。仕事は若いものに任せて隠居だ」と。

次々と話は続いた。

 

「大学を卒業して保険会社に就職したけど、バブル時代にとある大きな会社と合併したら、その先の社員は俺たちをいじめるんや。ろくに仕事もしないのに威張りやがって。それで仕事をやめたんだ・・・」と。

 

いよいよややこしい話になりそうで、食事をはやく済ませようとしたところ、続けておじさんは話をつづけた。

 

「仕事はいやいややってもしょうがないのよ。やりたいことをやらないとね。それで、これまで6つの事業を立ち上げたんだけどね」

 

カプセルホテルで、だらだらしてそうなおじさんは、なかなかの起業家だった。

 

「保険会社を辞めた後、板金をはじめたのよ。これまで事故が起こると保険会社はディーラーへ話を通すのよ。そうするとそこでかなり跳ねられるわけ。板金屋が直接保険会社とつながったら、双方に利益があるわけ。そこからスタートしたね。」

 

保険会社で得た知識と人脈を使って、高い中間マージンの解消すべく、課題解決をはかったわけだ。

 

「そういう仕事上、海外からの労働者とも出会うわけ。アジアの若者が日本の技術を学ぶために働きに来るわけ。ある企業と組んで、海外の労働者が働きやすいような共済組合を作ったの。月に1000円ばかりの掛け金だけど、彼らはあまり保険を使わないんだ。儲けが出ないようにするのが共済だからね、彼らが喜ぶと思う仕組みをつくるのが楽しくてね。」

 

人が喜ぶしくみをつくるのが楽しいと語り、休むことよりも働くことが趣味になっていたんだと笑っていた。

でも、仕事は若いものに任せて、これからは農業がしたいと語った。

わたしは、田舎に隠居して、悠遊自適に過ごすのだろうと考えたが、スケールが違った。

 

「タイの若者は日本人の器質と似て、とても働きものなんだ。彼らと農業をやりたくてね。例えばネギやエノキってスーパーで買ってるだろ。あの根本を畑においてたら、また勝手に生えてくるんだよ。ただで農業できるだ(笑)。すでにやってるところもあるけど、大きな施設を作るとお金がかかるだろ。アメリカではバイオエネルギーから発電する技術が、ものすごく発達してるんだ。農業しながら自家発電、そして自給自足生活。そんなことをタイの青年と一緒にできないかって考えているところで、役人とも相談してるんだよ。」

 

なんという行動力と発想力。その力はどこから湧いてくるのか不思議だった。

 

「休暇とか権利とか、そういうのもわかるけど、やらされているうちはおもしろくない。本当にやりたいと思うことがあるだろう、誰でも。それを人に伝えて行動していくだけだよ。その思いがあれば役人だって情報をくれるよ。」

 

このおじさんとの話はとても興味深く、気付けば2時間半が経過し、台風24号の雨と風が強くなっていた。

 

こんな成功おじさんが、なぜ1泊2300円のカプセルホテルに泊まるのだろう??

不思議だったが、だからこそ成功するのだろうと納得もでき、私にとって貴重な学びの機会となった。

 

成功の方法は、

やりたいと思うことを口にする。

やりたいことを実行する。

唯それだけ。

 

秘訣は、お金のことを思うと成功しがたいが、人の喜ぶ姿を思い描き仕組みを作れば成功する。

ということだった。

 

 

どんな経験からでも学び、成長はできるものだ。(気づきさえあれば・・・)

 

 

今回のテーマは「物語り」。

 

EBM(Evidence Based Medicine)と対比して表現されやすいNBM(Narrative Based Medicine)ですが、その間をつなぐことの意味を考えさせられた今回の大会。

 

表題のナラティブを「物語り」と表現した斎藤先生。

単なるストーリーとしての「物語」としてではなく、クライアントがセラピストに信頼をよせて話をする語りを意味する「物語り」。

オープニングの講演ではNBMの本質が語られた。

 

  • NBMは、あくまで療法士への信頼に基づき、クライアントが語ることに意味がある。
  • 信頼は療法士の思い込みであってはならないし、ボランティアや友人との会話レベルであれば医療とはならない。
  • 療法士の確かな技術と知識があるからこそ、クライアントは療法士を信頼し、NBMが成立する。
  • リハビリテーションは、知識・技術にもとづくオーダーメイドの医療である。

 

私たちの現場はどうだろう?

エビデンスのみを求めていないだろうか?

エビデンスの引き出し方そのものに間違いはないだろうか?

療法士の都合のよいエビデンスにばかり目をつけていないだろうか?

個人の尊重とうたいながら、本当に利用者の想いを聞き出しているのだろうか?

想いを聞いているつもりになって、核心に迫れないことはないだろうか?

ニードが重要としつつ、療法士の世界観でゴール設定をしていないだろうか?

 

やはり一番怖いことは、わかったつもりだ。

終着点なんて、きっとないのだろうし、「現時点の仮のゴール」をしっかりと見据えることが大切なのだろう。

 

常に掘り下げつつ、時間の流れや環境の変化にともなって、移りゆく利用者の気持ちに寄り添い続けること。

 

つまり、療法士の人間性や深み、とりくむ姿勢とでも言えるだろうか。

技術と人格の向上が、この業界に求められているのだと思う。

 

 

◎尊敬する人物のひとり仲村ケイ先生は、知覚と認知をつなぐ物語りとして講演された。

 

人間の発達段階である感覚⇒知覚⇒認知過程において、大人と子ども、男性と女性で起こるコミュニケーションエラーの本質についてお話いただいた。

我々大人、特に男性は頭で理解する左脳人間だ。人との関係性の中でしか自分の価値を見出しかねない生命体だ。

論理や頭脳が重宝されてきた時代は、今後AIに引き継がれることとなる。それゆえ今後は心の時代と言われている。

単なる感覚としての心ではなく、「純粋な想い」に基づく理性との統合の時代について学ぶことができた。

東洋医学にある補完的考えが、これから重要になるのだと思う。

 

 

毎回気付きがあるIAIRの大会。

 

NBMにもとづくリハビリテーションには、技術と知識が大切なことは間違いない。

個人に合わせるからといって、その場しのぎでは医療ではない。

意識や思いは言語化したとたんに、エネルギーが限定化されて劣化が生じることは否めないが、1ケースを大切にしたデータの集積こそが、これからの療法士に求められる仕事だと、この大会で課題を与えられた。

 

感謝。




実習方法は時代に合わせて変えていく必要がありますね。

 
コミュニケーションは何を伝えたかよりも、どのように相手に伝わったかが大切です。
 
と、指導しているので、
教える側も相手の理解力に合わせた指導方法が必要となります。
 
指導場面では、デイリーノートの作り方で1週間かかる場合もあります。
(内容ではなく、表紙の書き方、ファイルの種類、パンチの仕方、提出する場所と時間などなどで)
そんなの1回2回伝えたらわかるだろうなんて、もうそういう時代ではないのかもしれません。
 
実習生は決して緊張していたり、戸惑っているわけではないのです。
指導内容もその場では理解しているようにみえて、本当に理解されてなくて、それでいて困っているわけでもなくて、指導者が逆に困っていても、察することができない学生もあるのです。
 
施設で実習の手引きを作成していますが、時代に合わせて変えていこうと思います。

先日私の施設で、わずか3日ながら、在宅復帰した利用者がいる。

お盆に合わせて家に帰り、家族と共に過ごすこととなった。

 

その利用者が本日施設へ帰ってきた。

 

これまで、意思疎通が一方的で、その大半が「トイレ」だけだった。

しかし、在宅へ戻ったあとは、笑顔にあふれ、わずか3日の話を楽しそうに語っていた。

それほど家や家族というものにはインパクトがあるということだ。

 

中間施設としての老健に厳しい意見もある一方、制度改定に合わせた在宅復帰に取り組み、

たとえわずか3日間の在宅復帰の価値を、本人・家族・職員で共有できることも、地域支援を行う老健の醍醐味なのだと思う。

 

確かに、在宅復帰率とベッド回転率を稼ぐためだけのベッドコントロールや、3カ月限定入所として、アフターフォローすらしない施設があることも知っている。

 

またそういった施設にあきらめ半分で働き続け、「うちの施設は・・・」と愚痴ってばかりで、意見や提案すらしない、どうしようもないスタッフが大勢いることも知っている。

 

このような施設に嫌悪感や批判を向けたくなる気持ちもわからなくはないが、そんな4流施設と職員であっても、その地域では存在意義があり、外部からはわからないけれど、役割を果たしている施設もあるのが実際だ。

 

老健のみならず、介護業界にあるカオスを感じながらも、やはり自分の足元を見つめ、法人理念に基づく貢献を行っていくことが、現在の私の信念でもある。

 

うまくいくことなんて僅か2~3割程度だけれど、たとえ業界が心無い批判をうけようとも、

今日この日のような、かすかな希望を叶える機会があるのなら、

私たち老健セラピストは、自らの胸を張って、その役割を果たしていきたいと思う。