〇の告白 |  お転婆山姥今日もゆく

 お転婆山姥今日もゆく

 人間未満の山姥です。
 早く人間になりたい。

「明日退院です」

と夫と子供たちに連絡をすると、一様に驚いていた。

娘は

「Tさん仕事なら迎えに行くよ」

と言ってきたが、夫は万難を排しすっ飛んで来るはずだ。

それでも、わざわざ遠方から、仕事を休んで、母の退院それだけのために来てくれるという、娘の気持ちが本当に嬉しい。

 

することもないので、ロッカーに押し込んでいたトランクを引っ張り出し、もう使わない着替えその他を仕舞い込む。ベッドに敷いていたがさばるバスタオルも入れたが、一番がさばるタオルケットは最後で明日だ。

 

夜のニュースで雪の様子を見ると、どこも大変で九州も雪が積もったそうだ。

雪に慣れているはずの日本海側の地域でさえ、除雪が間に合わずまた渋滞になり、もう何時間も進めずにいて、開通の見通しも立たないほどまだ降っている様子を映し出している。

雪国はよほどのことがないと、ずっと営みは変わらないが、ひと冬に一度きりの雪で翻弄されてしまう人たちも同じ国にいるのが不思議でならない。

私自身は護られて、めでたく退院という立場であるのが申し訳なくも思うのだった。

 

消灯前、看護師さんが血圧と体温を測りに来たが、点滴も外れ退院も決まった私はもう処置不要の存在であった。

 

「本当にお世話になりました」

「とても早い回復でしたね。良かったですね。お大事にしてください」

「ありがとうございました」

 

最後の晩は、睡魔を若干感じて途切れ途切れではあったが、やや眠れた。

 

5時には起き出し、カーテンを開けると冬の嵐はまだ続いていて、夜明け前だが白っぽく濁っている。

ニュースでは、昨日からの日本海側や、青森の酸ヶ湯の豪雪を報じていた。ホワイトアウトという言葉が繰り返し使われていた。

 

6時を過ぎると、病棟内が慌ただしくなる。夜勤の看護師さんたちの動きは変わらず、テキパキと事が進んでいるようだ。

ふと、しばらく無かった感覚がした。

術後初めての便意である。

 

これまでと何ら変わらない、快便であった。

恐る恐る色と形を見たが、それも正常で、私の体はこの短期間でかなり整ったようだ。

心底ホッとした。

あとで看護師さんにきちんと伝えようと思った。

 

「ああ、M先生にも出ましたって報告できればよかったな」

と残念に思う。

 

7時20分に、ノックの音。

今日の食事は早いなと思ったら、まさかのM先生であった。

 

「おはようございます」

「えっ! 先生、今日は県立だと・・・」

「はい、その前に来ました」

ニコニコしているが、とても寒そうである。

 

「こんな寒い日に、わざわざ、そんな・・・」

思わず絶句した。

 

「いえ、最後にお顔が見たくて来ました」

ハハハ・・・と笑っている。

 

「えー、本当に申し訳ないです。ありがとうございます」

 

腹部の創部4ケ所を触診して

「痛くないですか?」

「はい」

「こうしても?」

「はい」

「我慢していませんか?」

「いえ、全く」

「よし、大丈夫です。退院されたら、寒いですし怖がらずにシャワーではなくお風呂に浸かってくださいね。温泉なんかも大丈夫ですよ」

「ありがたいです」

「防水フィルムを貼っていますが、剥がれても大丈夫ですし、傷口を抑えているテープも同じです。絶対に水が中に入らない縫い方をしていますから」

「埋没法というのですか?」

「よくご存じですね」

「いや、あの、うちの猫の去勢の時に・・・」

とチビスケの時を思い出して言った。

「術後に一週間、エリザベスカラーを付けると、あちこちに衝突して、ご飯も食べづらそうだし、患部に届かないのに一生懸命傷口を舐めようとするのが、なんかあんまり可哀想なので」

と言うと、

「そうですねぇ」

と笑っている。私は猫並みかもしれない。

 

「リハビリの先生から聞きましたよ、体操部だったそうですね」

 

げっ…ヘラヘラ喋ったのが伝わっていたのか( ̄▽ ̄;)。

 

「えっ・・・いえ、過去の栄光にすがりつつ、逆立ちも開脚も出来なくなりました」

「リハビリの時、筋力がすごくて驚いたと言ってました」

「自分では筋力なんかわかりませんし、リハビリの先生は、普段は、後遺症やマヒなどで力が入らないお年寄りと多く接してらっしゃるからそう感じられたのでしょう」

「リハビリではなく筋トレだと、話を聞きました」

「まさか、おっかなびっくりの体たらくです」

 

先生はずっとニコニコしている。このオバハンの回復を本当に喜んでくれているのがわかる。

 

よしっ、と、私は告白した。

 

「実は・・・先生、今朝、大きい方のお通じがありました!!!」

 

の告白ではなく便💩の告白である。

 

先生は破顔し、

「それは良かった!!!。いつ報告が聞けるかと思っていましたが、いやぁ、良かったです。これで完璧です!」

「今日はお会いできないと思っていたので、看護師さんに、よくよく申し送りお願いしようと思っていました」

「直接聞けて何よりです」

「便の告白なのにですか・・・」

 

大笑いした。


 

雪と寒さの話になり、今住んでいる家は病院から近いと言うが

「裏道はスケート場と同じですから、距離関係なく危険ですよ」

「そうなんです。外科医が怪我はできませんが、こちらの皆さんはすたすた歩くんですよね、お年寄りでさえも」

「怖がって歩くと、却って変に力がかかったりして、余計危険なんです」

 

聞けばご家族も一緒にこちらに来ているというから、寒い家に帰るわけではないのだとホッとした。

 

「それにしてもこんな寒いところで、こういうご縁があって、私は本当に感謝しかありません」

「こちらの市にお世話になって医者になったもんですから。何事も経験です」

 

しばらく話が弾み、

「では、暮れにまた。退院の日にいい知らせが聞けて本当に良かったです」

 

私のウンコをこんなに喜ぶ人がいるのだ。

 

そういえば子供たちが小さいころ、お腹を壊したりして回復した後、私は子供たちの便を確認しては

「良いウンチ出たねー、良くなってきたねぇ」

と子供たちを励まし、一緒に喜び合ったものである。

私は猫から昇格しても、幼児並みの立場かもしれぬ。

 

「本当に何度も来ていただき、どれだけ心強かったか。ありがとうございました」

「お大事にしてください」

「雪道、お気を付けてください」

「ありがとうございます」

と出て行かれた。

 

(2022.12.16 朝のこと)