2020年、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて2月頃からライブなどの“現場”がなくなり、春以降、おたくと推しをつなぐ手段としてライブのネット配信が始まりました。
2021年1月現在、まだまだ推し、おたく双方にとって配信は必要な存在になりそうです。
世のおたくたち同様、わたしも配信を見続けているわけですけれども、配信時代が始まって早々に思った。
ダメだ、配信を見ると(おたくとしての)寿命が縮む…!!
そもそもですよ、「配信で満足できるならもともと家でテレビ見てるから。Mステ見てるから。どうしても生でライブ見ないと死ぬから現場行くタイプのおたくやってんの」というところ。
「そんなもんやってるほうだって一緒じゃわい、お客の前でライブがやりたいわ」というのはもちろんのこと。
でも今は配信やるしかない。配信見るしかない。
そうゆう状況で、推しが出してきてくれたものをただただありがたいと受け取ることできず、満足できない自分自身に嫌気がさすのです。
こうも毎回くされていては、嫌気がさしすぎて現場が再開した頃には何もかも嫌になって他界しているのでは!?
よし、配信は見ても見なくてもどっちでもいいことにしよう!
見ない選択をする自分を許すぞ!
そうやって推しの危機に寄り添うより、テメエの精神の健康を優先して過ごしてきました。
本当に申し訳ありません。
とか言いつつ、配信しか供給がないもんですから、いろいろと見ております。
んでもってだんだん何が寿命を縮めているのか分かってきました。
推しでもない、おたくでもない、運営ともまた少し違う第三者。
これまでは推しの姿を自分の眼球で吸収し、歌声の漂う空気を自らの耳と肺におさめ、オーラを毛穴から浸透させるために現場へ通っていました。
配信ではカメラとその周辺に携わる人々という、今までいなかった第三者を介さないと推しを摂取できなくなりました。
この第三者がどのように配信に介在するか、どこまで考えられた介在かによって延命か寿命を縮める配信になるか変わるのではないじゃろか。
振り返って考えてみると、大箱ライブがそんなに好きではないのと同じかもしれません。
日々、どこかのショッピングセンターやおなじみのライブハウスで見るライブは、乱暴に言えば見たいものを勝手に見ている状態に近い。
しかし、大箱ライブや配信は第三者によるプランがあって、こうゆう具合に見せようというものがこちらにフィットするかどうかという問題があるのです。
わたしはどちらかというと見たいものを勝手に見ていたい派。おのれの眼球と推しの間にチラつく第三者の振る舞いが気に入らないと、本来見るべきパフォーマンスに集中できず、イライラして寿命が縮んでしまうようです。
そういえば過去に大箱演出が気に入らなくて行かなくなったグループがありましたね。ももクロっていうんですけど。
さて、この第三者。配信の関わり方に関して大まかに2種類に分けられると思いました。
1、しっかり介在して演出し、映像作品として見せるライブ配信
2、なるべく介在せず、オフラインの代替手段に近いライブ配信
1の「映像作品として見せるライブ配信」
わりと母体の大きいとこがやっている印象がありますが、セット、撮影、編集(生配信ではスイッチング)が豪華だったり質が高い。だいたい画質もいい。ドローン使ったり、ステージじゃないとこ使ったりと、オフラインでライブを見るのとは違うエンターテイメントを作り出します。
円盤化するライブの撮影だとそこからは撮れんわ、みたいなとこから撮ったり、演者の撮り方が音楽映画さながらにドラマティックだったりと、見応えがありました。かっこいい。
事前に撮影したものを完璧に編集して配信したところもあり、やりたいことが見せられれば生である必要ないんだ!と驚かされました。
ドラマみたいな映像をくっつけてライブを交えた映画みたいにしたものもあっておもしろかったですね。
ライブパフォーマンスをするだけじゃない。映像という媒体ならなんでも取り入れられ、表現の可能性も広がります。
第三者のプランがしっかりあって、演出によってパフォーマンスが生きるタイプ。
2の「オフラインの代替手段に近いライブ配信」はわりと中・小規模なグループがやっている印象。
ステージ全体が映る引きの固定カメラを中心に、プラス左右に1台くらいずつ配置して生配信でスイッチングしていく。
同じ時間を共有することにこだわりを持ち、あくまで“ライブ”でできるとこまでやりたいと、強い志を発信している団体もあります。
わたしが見た中でこの方法が成功しているなと思った配信は、各カメラの画角がほぼ変わらず、スイッチングのタイミングに長めのクロスディゾルブが使われていました。
クロスディゾルブというのは、前のカットがフェードアウトするのと重なって後ろのカットがフェードインする編集効果のこと。
スイッチングのタイミングが工夫されていることもあるのでしょうが、曲中のダンスがスイッチングに邪魔されずシームレスなうえ、画面上でメンバーの位置が変わらないという利点があります。
カメラが切り替わって、あれ、推しどこ行った? とならず、永遠に推しカメラしていられるんです。
カメラワークがないに等しい分、演者が抜かれたいソロパートなどは自分でカメラの前に立つ。
視線を向けるべき観客がいない分、要所要所でのカメラ目線はあり!
撮影が入ってるオフラインライブで目の前でやられると、めっちゃイラッとするアレも配信ライブなら自分へのレスです。
視聴者が見たいものを選んでずっと見ていられるのは、オフラインの代替手段になりうると感じました。
だいたい2をベースに1を足した配信が多いんじゃないでしょうか。
その中でこの配信、失敗してるな〜と思うのは、環境を整えずに1ぽいことやろうとして、やりきれない疑惑です。
配信側の規模や設備、環境、スタッフの技量といった条件はさまざまでもろもろ。
1のような配信をやろうとしてどこまで実現できるかっていうラインがあると思うんです。
実質問題、これはすぐできないよってものがあると思うんですが、そのへんどんなジャッジくだしてんだろうなと。
例えばはスイッチング。
なんでここでこれ映した!? 推しのソロ映ってないんですけどー!? スタッフ曲知ってるー!?
これなら定点カメラにしてくれと何度神に祈ったことでしょう。
演者以外が映るのもいらん要素です。ひどい時にはカメラマン、機材、ステージの隅の荷物。
それもはやステージではないですよね。
プランがしっかりしていないのか、実行するだけの技量がないのか、どうなんでしょう。
そりゃ〜最初の頃はスタッフの方々も手探りだったと思いますよ。
けどね、この画質で金とんのかよ…ってとこも今じゃ高画質で音のズレも気にならなくなり、振りコピできるようになってきたりしてます。苦しいであろう状況で配信環境整えて質を高めている方々には感謝しかない。マジ尊敬の念。
明らかに配信がうまい団体、メキメキ腕を上げた団体と、え?今日全員初日のバイトですか?っていう時のレベルの差が激しくなってきましたので、このタイミングで書いてたりするわけです。
どうして毎回こんなに美しい生配信ができるんだろうと思っている団体があるんですが(小規模だしスタッフも若いらしい)、配信の何時間か前に配信ページ開くと必ずパスワードかけてテスト配信やってるんですよ。それも1時間とか、結構長い。手間に感謝。
いつだったか、その配信で演者がカメラスタッフを指して「この人いい画撮るんですよ、だからね、僕きょう負けたくないんです。頑張ります(ニュアンス)」と発言したことがありました。
制作サイドと演者といい関係ができていて素晴らしくないですか。その時は実際にカメラワークもパフォーマンスも良く、状況に応じた工夫も感じられて感動しました。
配信場所の環境さまざまだとは思うのですが、普通のライブの照明と映えるのが違うなあっていうのもおもしろく観察してます。明るいほうが見やすい気がします。画質荒いと頻繁に色変わる照明見づらくないですか?
音にこだわって立体音響で配信しているところもあります。ヘッドホンで聞いてねって言われるけど、いいヘッドホンがなくて申し訳ない。
そうやって考えると、そろそろ演者は制作サイドを第三者にしてちゃもったいないのかもしれません。
オンラインは見てもらえれば届くわけじゃないんだと、一生懸命発信したものがちゃんとお届けできているか、貪欲になってもらいたいのです。
それってこの先、配信がいらなくなっても絶対に血となり肉となるじゃないですか。
ここで踏ん張って成長した推しをおのれの眼球で摂取するために、寿命を縮めている場合ではない。
あと投げ銭問題ですよね。
わたしもマインドはゴリラですから、元来モノを投げるのは大好きです。
しかし投げるものが銭となれば、できれば推しの実入りになるようにしたい。
何を投げたら収益化されるか、ツイキャスは調べて読み込みました。
その収益化されるアイテムに配信ごとに違うオリジナル画像が使われてたりすると、ちょっとしたアニバーサリー感があって楽しいです。
ライブなど、配信内容によっては演者が投げ銭に反応するのが難しいことも多いですが、後日メッセージメールとか画像のプレゼントがあるところもあります。そうゆうのうれしいです。
大前提として投げ銭はこちらが勝手に投げているものではありますが、投げられるように設置したからにはお礼の一言くらいあってもいいのになあ、と思うこともしばしば。
なんの反応もなければ推しが感知していない可能性もありますから、さすがにそれは意味があるのか…となり、だんだん投げしぶります。ゴリラでも。
最後に、これは配信に限ったことではないんですが、配信だとより強く「それでいいのか!」と寿命を縮めてしまうので書き捨てておきます。
配信のチケットってギリギリでも買えるじゃないですか。オフラインと違って早く買ったら整理番号が早いとかないし、視聴者としてはもしかして何かあって見れないかもしれないのにチケット早く買うメリットない。
でも、何で読んだか聞いたか忘れたんですが、そういった事情もあって配信は売上が読めないと聞きました。
売上が読めないので予算の立て方が難しいと。売上が見込めるなら、配信の内容をもうちょっと充実できるのにできない、だから早く買ってほしい、と書いてありました。もしくは聞いたか忘れました。
これはなるほどと思い、推しが主催するものだけでもなるはやでチケット買うことにしました。
売れん…どうしよう…と、やきもきさせたくないですし。まあ、勝手にそうしているだけですけども。
そうして配信日を待っていると「チケット買ってくださ〜い」が始まるわけです。
早く買うメリットないですから、買う予定の人も買ってないんでしょうね。そりゃそうでしょうよ。
だがな、買ってんだ、もう。
買ってくださいって言う前に、楽しみにしてもう買っている人に「ありがとう」と言ったか問題ですよ。
配信に限ったことじゃなく、チケット系全般そうなんですけど、すでに買っている人より買ってない人のほうに視線がいってるのシンプルにヤバ人間だと思うんですよね。
「買ってください」より「買ってくれた人ありがとう!」って発信したほうが、やっべ!買ってねえ!ってならんですかね。わたしはなる。推しにお礼言われてないおたくになりたくないですもん。
特に配信は早く買うメリットないわけですから、一段とそうゆうとこ大事にしてほしいなあと思うわけです。
そろそろお気づきかと思いますけど、寿命が縮むと言っておいて、結構見てますね。
投げ銭もしちゃてね。投げ銭と大画面を両立するために2端末以上で再生しちゃってさ、Fire TV stick買ってテレビに出力できるものはテレビで見てます。スマホのミラーリングも使ってます。
環境バッチリか。なんなら春先にサラウンドスピーカー組み直したわ、配信のために。
テレビの操作のためにワイヤレスのキーボードとマウス買ったけど、いらなかったです。
ライブできないから配信やる、そのとおりかもしれませんが、もっと配信でできることありそうって思っちゃいます。
曲がいいから、ライブがいいから、顔がいいから、そうゆうのと同じように「ここって配信おもしろいから!」って注目される個人団体が出てきてもいいじゃないですか。
それに、絶対また生でライブが見たいから、ここで絶対脱落したくないんですよ。
配信頑張れ! 配信頑張れ! 拡散したいコンテンツになってくれ〜〜!
寿命延ばして生き延びよう〜〜!!
それでは、ツイキャスのポイントチャージしてきます。