(1) 事案の概要
Y(司法書士)、B及び媒介業者Cの代表取締役Dは共謀の上、Bの実父であり、高度の痴呆状態にあるAが入院している病院において、Aの右手にボールペンを握らせたうえ、BがAの右手を取り、所有権登記名義人住所変更の登記申請に関する一切の件等をG司法書士に委任する旨の委任状用紙及び本件登記申請に関する一切の件等をYに委任する旨の委任状用紙の委任者欄並びに「登記原因証明情報」と題する書面の売主欄にそれぞれ「A」と勝手に署名するとともに、印鑑を無断で押印し、それら書類を偽造した。
またYらは、「本人確認情報」と題する書面中では、Aは、自己の住所・氏名・年齢・干支等について正確に回答したこと、権利取得原因及び本件土地に関する周辺情報に関するAの回答にも特段の疑うべき事情がなかったこと、その他Aが登記名義人であることに疑義を生じる事情などは存在しなかったことなど虚偽の情報を記載し、事情を知らないG司法書士らを介して、同書面を前記の委任状等の偽造書類及びその他の登記関係書類と一括して法務局に提出し、登記官に対して虚偽の本人確認情報を提供した。
(2) 判決の要旨
(ア)犯行に至る経緯・動機をみると、Yは、表沙汰にさえならなければよいなどという安易な考えから、司法書士としての職責を放棄し、共犯者からの高額な報酬の申し出にも目がくらんで本件犯行に至ったものであり、その安易かつ利欲的な動機には何ら酌むべきものを見出し得ない。
また、YがBに指示して、Aに無理やり偽造文書に署名させた手口は極めて強引かつ悪質である。
その上Yは、資格を有する専門家のみが作成権限を有し、その記載内容の真実性が厳格に要求される「本人確認情報」にまで明らかな虚偽情報を記載して、Bの企みに大きく寄与しているのであって、Yが本件において果たした役割は非常に重要なものであったと評価できる。
(イ)本件土地は、Aの意思に基づくことなく1億円で勝手に売却され、本件犯行がもたらした共犯者以外の相続人の実質的被害は計り知れないものがある。
(ウ)「「有資格者による本人確認情報提供制度」を悪用し、自己の不法な利益獲得手段としてこれを用いるに至った行為は、他の司法書士の地道な努力に対する冒涜であるだけでなく、司法書士に対する社会的信頼を基盤として設計された新しい本人確認制度の妥当性・合理性そのものを突き崩し兼ねない可能性もある。
Yのために酌むべき事情を考慮しても懲役1年2か月の実刑は免れない。 |